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九章 憎悪の矛先‐Sin‐(7)

 マンスは精霊も人工精霊も愛しているが故に、彼らを道具扱いする《精霊使い》が許せない。その為、龍と友好関係を築いていながらも彼ら同様に『~使い』と呼ばれてしまう《龍の友》達にもまた同調しているのだ。
 ターヤには伝わった事を表情で確認すると、次にマンスが服の裾を引っ張ったのは、他ならぬアシュレイであった。
「アシュラのおねーちゃんも。ね?」
「そうね、解ったわ。これからは気を付けるから」
 その強い眼差しを受けて、唯我独尊という言葉が似合う筈のアシュレイは、しかしゆっくりと頷いたのだった。
 これにはアクセルとセアドが両目を瞬かせた。
 やはり、アシュレイはマンスに対してはどうにも弱いようだ。また妹と重ね合わせてしまっているのだろうか、とターヤは内心で思う。
「それにしても、やっぱり坊ちゃんには解っちまうか。流石は《召喚士》だな」
「え? 何でわかったの?」
 感心してみせたセアドには、逆にマンスの方が驚く。
「そりゃ、こいつらが坊ちゃんの周りから精霊の気配を感じるって言うからな」
 それが原因でフェーリエンを表立って歩けないんだな、とは声にも言葉にもせず内心だけに収めておく。そこはセアドが大人たる所以だった。
 彼の心中に気付く筈も無く、マンスは更なる憧憬を持って双子龍を見上げる。
「そんな事まで解っちゃうんだ」
 そんな少年はさておき、ようやくセアドは本題へと戻るのだった。
「で、どうすんだ? こいつらの散歩がてら首都に行くか、諦めて歩いてくか、どっちか決めてくれねぇか? まぁオレとしてはどっちでも良いんだけどな」
「いや、できれば頼みたいのだが」
 別に断る理由も無い、とエマは承諾する。寧ろ、フェーリエンの人々に見つかる事も、ラ・モール湿原を通る事も無く首都まで行けるのは、個人的にはありがたかったのだ。
 無論、ターヤ達も否定する理由も無かったので、後方で肯定の意を示して頷いていた。
 一行の様子にセアドは満足そうに破願する。
「快く引き受けてくれるとはなぁ」
「やはり恩義には恩義で報いなければならないからな」
「兄ちゃんはもうちっと頭柔らかくしないか?」
 途端にセアドは表情を引きつらせるも、エマは静かに首を振るだけだ。
「申し訳無いが、性格とはなかなか変えられないものだ」
「まぁ良いか」
 すぐ諦めたように頭を掻くと、気を取り直して龍と契約した青年は口を開いた。
「どうせ引き受けてくれたんだしな。こいつらも喜んで――」
『その思考は否定しよう』
「!」
 唐突に割り込んできた声に皆の表情が引き締まる。しかもそれは人工精霊と同様にフィルターを通して聞いているかのようで、明らかに人外のものだと断定できた。
「おいおい、いきなりどうしたんだよテレル」
 皆の予想通り、セアドが左方のズメイを見上げて困ったような声をかける。どうやら彼が弟のテレルらしい。
 その声に龍の片割れは自身の相棒たる人間を見下ろし、そして次に今の今まで一言も発していなかった赤い青年に視線を移した。
 彼は龍が現れた時から一度たりとも解かれない警戒の眼差しを兄弟に向け、その手は背中に背負われた大剣の柄へと今にも伸びそうだ。ある種の緊張感を含んでいる姿は、まるで崖っぷちに立っているかのようだった。
(! ……アクセル)
 未だ尚、そこから動けぬ彼の雰囲気に思わずターヤは名を呼びそうになるが、寸でのところで呑み込んだ。

「こりゃどういう状況だよ」
 状況の見えない中、セアドが若干の呆れを含ませた声を紡ぐ。
 それは当事者一人と事情を知る二人を除く一行も同様だ。
『簡単、彼の者は龍殺し』
「!」
 しかし兄のカレルが静かな答えを発せば、瞬く間に青年の表情は凍りついた。
 元より事実を知っていた一行は黙り、そして当事者たる三人のうち二人は思わず目を背けそうになる。逆に、初めて耳にしたマンスは驚きで目を見開き、口元を両手で覆っていた。
「それは、本当なんだな?」
 射抜くようなセアドの視線をアクセルは怯む事無く真正面から受け止めて、けれど声だけは小さく肯定した。
「あぁ、間違いねぇよ」
「てめぇ、自分が何したか解ってんのか?」
 少しずつ青年の周囲を漂う空気が変化を始めているのにターヤは気付いた。先程までは柔らかで友好的な雰囲気を纏っていたものが、しかし今は肌に痛い敵意を前面に押し出したものと化している。
 一瞬にして仇敵が如く認識した相手から視線を外さず、セアドは相棒へと詳細を求める。
「おい、テレル。誰が殺られた」
『彼の古き民、アストライオス。我らが長老にして至宝〈星水晶〉の現守護者でもあった』
 途端にセアドは哀しそうに眉を顰め、物思いに耽る顔となる。
「あぁ、あのジィサンか。つー事は、クラウディアの嬢ちゃんと契約者は――」
『無論、敵討ち』
 カレルの言葉にセアドは頭を引っ掻いた。それが彼の癖らしい。
「既に気付いてやがったか……ん?」
 だが、すぐに腑に落ちない点を見つけたらしく兄弟を見上げた。
「なら、なんであの《龍殺し》は生きてんだよ。あの熱血坊主なら、四肢がもげても地の果てまで追うだろうが」
『介入、《レガリア》』
「! レガリア、だと……!?」
 瞬間、セアドの表情は今度こそ完全に驚愕で染め上げられる。
 とうてい訊く事は出来なかったが、彼がそのような表情になる理由がターヤには理解できなかった。以前アウスグウェルター採掘所の前で襲いかかってきたブレーズも似たような反応を取っていたが、あの『レガリア』と呼ばれる少女はいったい何者なのだろうか。これ程までに名を轟かせ、畏怖される対象である彼女は。
「あの女、どんだけ世界に介入すりゃ気が済むんだよ」
 眉根を寄せながら吐き捨てると、再びセアドはアクセルを睨み付けた。
「けど、その前にまずはテメェだ。同胞の恨み、ここで晴らしてやる!」
「ま、待って!」
 堪らずターヤは声を上げていた。
「邪魔すんな、嬢ちゃん。こいつはオレらの――」
「違うのっ!」
 遮る為に上げた声は、思いの外その場に響き渡っていた。皆の視線を集中させられて少女は竦むが、それでも負けないようにと両脚に力を込めた。
「アクセルが、ブレーズのお父さんを殺した時……その場に、わたしも居たの。戦闘の間、ずっとアクセルを支援してた……」
 徐々に声を窄ませながらも言い終えた時には、先程は友好的に向けられていた視線が酷く冷たいものに変わっている事に気付く。それでもこれはわたしの咎だから、と小さく呟いて少ターヤは面を上げた。逃げずにしっかりと向き合おうとする。
 そんな少女をも鋭い眼光で捉えて口を開こうとしたセアドを、再び遮る声があった。
「『でも、それなら僕も同罪じゃないか、って思うんだ』――とある少年の言葉」
 次いで淡々と言葉を紡いだのは頭にバンダナを巻いた少年であり、ここまで来てマンスはそれが真実だとようやく認識したようだった。
「スラヴィのおにーちゃんまで……。って事は、本当に、赤が《守護龍》を殺したの……?」
 それでもまだ完全には信じられないらしく、嘘だと言ってほしいという色をした瞳が向けられる。

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