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九章 憎悪の矛先‐Sin‐(5)

 続けて曰く、彼らのギルド名は異世界の天体に由来しているらしく、加えてそれにちなんだ異名が全員に付けられているとの事だった。牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座、というように十二個あるそうだ。だが現在では、その上部に対応するメンバーそれぞれの現状が付け加えられているとの事だった。例えばギルドリーダーであった《水瓶座》ならば『迷走の水瓶座』というように。
 そこで初めてターヤは異世界が存在する事を知ったが、それは今は大して重要ではないようで、あっさりと流されてしまう。
 更に続けて曰く、なぜ彼らが《世界最強》と称されていたのかと言えば、とある一人の規格外な人物を有していたからというのもあるそうだが、彼らの絆がどこのギルドよりも強固だったからに他ならないそうだ。彼らはメンバーを互いに『家族』として認識し、誰か一人に何かあればギルド自体が動いていたらしい。ちなみに全員が一つになる前は、逆に《世界最弱》として嘲笑われていたとの事だった。
「……とまぁ、あたしが知ってるのはこのくらいね。ちなみに、今あんたが持ってる『十二の星々』っていう本は、実際彼らに関わった事のある人々の話を纏めた物だそうだがら、信憑性は高い方だと思うわよ?」
 アシュレイの説明が終わっても、ターヤは何も言えそうになかった。彼女はただただ驚くばかりである。
(わたしと似ているっていう『ルツィーナ』さんは、そこのメンバーだったんだよね……)
 にわかには信じられず、思わず本の頁を捲って彼女の名前を探していた。
「ん、そろそろ、外に出ても大丈夫そうだな」
 そこで、カーテンの隙間から窓の外を覗いて確認したセアドが一行を振り返った。
 彼の言葉に、椅子に腰を下ろしていた面子が立ち上がる。
「本当に何度もすまない。重ね重ね、礼を言わせてくれ」
 今度も皆を代表してエマが頭を下げれば、セアドは苦笑した。
「おいおい、そっちの兄ちゃんはさっきといい、バカみてぇに礼儀正しいな」
 これに対してはアシュレイの鋭い視線が槍の如く飛ばされるが、やはりセアドには通用しなかった。
 別に貶している訳ではないと頭では理解しているので、彼女もそれ以上は何もしない。
「別に良いんだよ、オレが好きでやってることなんだ」
「だが、恩義には恩義で返さなくてはならない」
「まぁ、そりゃそうかもしれないんだけどよぉ」
 梃子でも動かなさそうなエマに嘆息し、セアドは困ったように頭を引っ掻いた。どうすればこの生真面目な少年を納得させることができるのかと考えて、そこでふと名案を思い付く。素早く彼らを見回した。
「そう言や、兄ちゃん達はさっきこれから首都に行くって言ってたよな?」
「あ、ああ。その予定なのだが……」
 いきなり何を訊くのかと、エマは目を若干丸くしていた。
 しかし疑問符を浮かべている一行の反応など気にも止めず、返答を聞いてセアドは満足そうに頷きながら手を叩く。
「そりゃぁ良い! そんなに恩を返したいってんなら、一つオレの頼みを訊いてくんねぇか?」
「それは構わないどころか、ありがたく受けさせてもらうつもりだが――」
「そうと決まりゃあ、オレはちょっくらあいつらの様子でも見て来るぜ。んじゃ、兄ちゃん達はあの坊主を呼んどけよー」
 彼の意図に僅かながらも気付き始めたエマが追求するよりも早く、セアドは有無を言わさぬ笑みを浮かべると一気に捲くし立て、瞬く間に裏口の外へと消えていったのだった。
 その早業に、ロビーに残された六人はしばらく呆然としていたが、すぐにエマへと視線を集める。
「どうなってんだ?」
「おそらくは、じきに解るだろう」
 アクセルの疑問に答えたエマは、予測の域ではあるにしても、少々の呆れと諦めを声に滲ませていた。


 とある場所――リンクシャンヌ山脈のいずこかにて。

 暗色系で構成された貴婦人の如き洋服を纏った少女が、一人そこを歩いていた。一見すると場違いにも思える彼女はしかし、道中モンスターに襲われながらも一度も足を止める事もそちらを見る事も無く、ただ左手に持っている魔導書を一振りするだけで事足りていた。
 故に、次第にモンスター達は彼女を警戒して遠巻きに眺めるだけになる。
 しかし彼らの存在は視界に入っていないのか、少女は先程までと何ら変わらぬ様子で歩み続けていた。先刻のモンスターの相手は、まるで反射だけで行われていたと証明せんばかりである。
 そのようにして何事かの目的を持っているのかいないのかすら判断しかねる様子で進んでいた少女だったが、ふと何かに目を奪われたらしく唐突に足を止めた。
「これは……」
 そこで初めて、少女が声を口の端から零す。その視線は身体同様、ある一点に釘付けとなっていた。
 それは地から生えている、何の変哲も無いように思える鉱石だった。しかしよく目を凝らしてみれば、全体的に人間における病人のように鉱物としての輝きは見受けられず、表面には薄く縦横無尽にひびが入っている事が解る。素人の目からすれば何か駄目な鉱物ぐらいにしか思わなかっただろうが、知る者が見れば『死にかけている鉱物』だという事が一目で判断できる様相であった。
 少女はスカートが地面に付くのも気にせずにしゃがみ込むと、衣擦れの音すらも立てずに手を伸ばす。そうして、ゆっくりと掌が吸い付いていくかのようにその表面に触れた。
「《鉱精霊ミネラーリ》が人の手に落ちた影響、ですか。じわじわと現れているようですね」
 二言目に発されたのは、心配と焦燥と冷静さとが入り混じった、実に矛盾した声。
 それ以上は一言も口にする事は無く、少女は立ち上がると、即座に踵を返してどこへともなく消え去っていく。
 その後、この鉱石が全体にひびが回りきって粉々に砕けてしまった事を知る者は、殆ど居なかった。


「こっちだ、こっちこっち」
 あの後、戻ってきたセアドに手招きされるようにして、一行は宿屋の裏口から外へと出ていた。無論、念の為に警戒は継続しながら。
 前を歩く宿屋の経営主はこれまでで最も至福そうな表情を浮かべており、それ故にエマを除く一行は厄介事を押し付けられるのではないかと内心では危惧している。
 ちなみに客室に引き籠って何事かを行っていたスラヴィだったが、彼は扉をノックして声をかければ、あっさりと応じた。返答の後に室内から聞こえてきた謎の音には、僅かながらに不安を感じた面々ではあったが。
 とにもかくにも、特に問題も無く準備ができた一行を引き連れたセアドは、宿屋のすぐ裏手に位置する林の前で足を止めて彼らを振り返った。
「ここはアグハの林。で、さっきキミらが居たアンチョーの林の隣だ」
 そう言われてみれば、確かに隣には先程まで居たアンチョーの林が見えていた。
 一行の反応に満足したらしく、またセアドは上機嫌な様子で林の中へと足を踏み入れる。
 彼の行動にマンスが驚いた。
「え? 林の中に入るの?」
「それ以外どこに行くって言うんだ?」
「それはそうだけど……」
 そう言われてしまってはマンスに反論はできない。
 しかしなぜわざわざダンジョンの中に入るのか、という点についてはターヤも内心で同意だった。先程のアンチョーの林ではモンスターは現れなかったが、こちらのアグハの林でも同様だとは言い切れないだろう。
「とりあえずは黙ってついてこいよ。そうすりゃぁ、オレの言いてぇことも解るんだからな。ま、嫌だったら断れば良いんだしよ」
 再び歩み始めたセアドの背中を皆は追う。彼が何を考えているのかは、つまるところ誰にも完璧には予想できていなかった。

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