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九章 憎悪の矛先‐Sin‐(4)

「おっ、やっぱりな! 俺は二十三だから一歳違いじゃねぇか!」
「マジかよ! 思ってたより近ぇなぁ」
 二十三、四歳コンビは年齢の話で大いに盛り上がっていた。
「で、何が目的であたし達をここに連れてきたのか、っていう質問にはまだ答えを貰ってないんだけど?」
 だが、そこに構わず水を差すのがアシュレイである。彼女の表情には未だ強い不審が浮かんでいた。
 これにはセアドも肩を竦めてみせる。
「本当に嬢ちゃんは疑り深いなぁ。単なる親切心からだ、って言っても信じてもらえねぇんだろ?」
「ええ、悪いけどあたしは疑い深いから、全く信じられないわ」
 わざわざ『疑い深い』という個所だけ強調してみせるアシュレイは、若干根に持っているようだ。自覚こそあるのだろうが、信用していない相手にそう何度も含みを持って連呼されるのは嫌らしい。
 セアドが苦笑した。
「うーん、どうすりゃ信じてくれる?」
「さぁね。あたしはとっても疑い深いから、よく解らないわ」
 またも強調するアシュレイに、青年はお手上げだと言わんばかりのポーズを取った。それから、何事かを思い付いたようで、そうだ、と提案してくる。
「なら、とりあえずは、ここで休んでったらどうだ? さっきも言ったけど、今日は嬢ちゃん達の貸切にしてやるよ。まぁ嬢ちゃんがオレを信じるか信じないかは……どうでも良いか」
 最後の句では僅かに逡巡する様子を見せたものの、結局は言葉通りどうでも良くなったようで、セアドは頭を掻いた。それから一行に向き直ると、仕切り直すかのように片腕で建物内部を示してみせる。
「何はともあれ、今日はキミらの貸切だ。客室もこのロビーも、好きに使ってくれて良いからな」
 最早その言葉が三度目だという事には気付いていないセアドであった。
 そこはともかくとして、約一人程渋り顔のメンバーを出しながらも、彼の申し出は実にありがたかったので一行としては受ける事にした。無論、エマが皆を代表して言葉を紡ぐ。
「では、ありがたく受け取らせてもらう。貴方の好意に感謝する、セアド」


 かくして、一行はセアドの好意に甘えてフェーリエンの宿屋にしばらく滞在させてもらう事にしたのだった。
 ちなみにそう決まるや否や、スラヴィは速攻で客室を一室確保すると籠ってしまった。今も彼はその部屋を占拠したまま出てこない上、中からは謎の音が聞こえていた。
 その事に苦笑しつつ、皆もまたそれぞれロビーで思うように寛いでいる。
 それはアシュレイも同じ事で、セアドの事を警戒したままではあったが、彼女なりに休息を取ってはいるようだった。とはいっても、両腕を組んで壁に背を預けているという姿勢ではあるが。
「そういや、兄ちゃん達はこれからどうすんだ?」
 先程までは一行が使った裏口のある小部屋に入って何事か行っていたセアドだったが、カウンターに出てくると、ふと思い付いたのか誰へともなく話しかけてくる。
 この質問にはアシュレイが眉根を寄せたが、拒絶の言葉を挟んでくる事は無かった。という事は、別に知られても構わないという事なのだろう。
 セアドの問いには、彼女の思考を把握しているエマが答えた。
「とりあえずは首都に向かおうと思っている」
「けど、スラヴィの作業が終わらねぇと、例え外に出れたとしても出発できねぇよな」
 アクセルのこの発言で、自然と皆の視線が二階の端に位置する扉へと向けられる。確かに、あの様子ではスラヴィはなかなか出てきそうには思えない。
「でも、声をかけたら作業を切り上げてくれるかもしれないよ?」
「だと良いけどな」
 ターヤのフォローには、両肩を竦めてみせるアクセルであった。
 そういえば、とそこでターヤは思い立つものがあった。先刻のリュシーとの会話を思い出したのだ。
「ねぇ、セアド。〔十二星座〕関連の本とか持ってない?」

「〔十二星座〕なぁ……あぁ、そう言や何かあったかもしんねぇな」
 少しばかり考え込んだが即座に閃いたらしきセアドの言葉を耳にした瞬間、ターヤは瞳を期待に輝かせた。
「本当? ちょっと貸してもらえないかな?」
「いや、どうせ貰い物でオレはあんま読んでねぇし、良かったら嬢ちゃんにやるよ」
「! ありがとう、セアド!」
 更に顔面を綻ばせたターヤに苦笑しつつも片手を挙げて応えると、彼は件の本を探しにカウンターの奥の玄関らしき小部屋と姿を消した。
 それから数分後、一冊の本を手にして戻ってきた彼は、ターヤの許まで行くとそれを手渡した。
「ほれ」
 それは、この世界では一般的な装丁を施された、何の変哲も無い書物だった。サイズは小さすぎず大きすぎずと最適で持ちやすく、しかも軽い。その拍子には『十二の星々』と記されていた。
 受け取った本を裏返したりひっくり返したりと一通り眺めてから、ようやくターヤは表紙を捲って本を読み始めた。
 彼女の行動に苦笑いを浮かべながら、セアドは声をかける。
「けど、何で〔十二星座〕について知りたいんだ?」
 本を読む手が、止まった。ターヤは青年を見上げると口を開く。
「えっと、〔十二星座〕のことはよく知らないから、時間がある時に調べておこうと思って。……それに、気になる事もあるし」
 後半は自分だけにしか聞こえない声量での呟きだったのだが、やはりアシュレイには聞こえていたようだ。彼女の眉が僅かに動き、けれども問い質される事は無かった。
 別に疾しい事をしている訳でもないというのに、内心で安堵を覚えるターヤであった。
「つーかおまえ、あのギルドの事を全然知らないのかよ?」
 次に声をかけてきたのはアクセルだった。彼らはターヤに集中して本を読ませる気は無いのだろうか。
 彼に対してはマンスが突っ込みを入れる。
「そう言う赤は知ってるの?」
「まぁ、人並みにはな」
 真面目に答えているのか誤魔化しているのか、判断の付けにくい回答だった。
 しかしマンスは後者で解釈したらしく、アクセルよりも一歩優勢に立ったと言わんばかりの様子になる。
「なーんだ、知らないんじゃん!」
「なら、そう言うおまえはどこまで知ってるんだよ?」
「え、えっと、ぼくは……その……」
 切り返された途端、マンスは言葉に詰まって慌て始める。実に解りやすかった。
 少年の反応を見たアクセルが鼻で笑う。
「どうせ、おまえも俺と同じくらいしか知らないんだろ?」
「ち、違うし! ぼくは赤なんかよりも――」
「つー訳でアシュレイ、後は任せた」
 反論しようとするマンスは気にせず、寧ろその言葉を遮るが如くアクセルはバトンを更に詳しい方へと放り投げる。罵詈雑言に近い文句と共に背中を少年に殴られているが、現在は精神的余裕があるのか振り向く事すらしていなかった。
 その光景を若干の呆れが混じった目で眺めながらも、アシュレイはバトンを受け取る事にする。
「あたしも別にそこまで詳しいって訳じゃないから、そこは理解しといて」
 そう前置きしてから、彼女は話を始めた。
 曰く、そもそも〔十二星座〕とは、十年間前に《世界最強》の誉れを誇った、十代、二十代の人物十二人のみで構成される何でも屋のようなギルドである。けれども同じ年に起こった何らかの事件によってか、現在では実質的な解散状態にあるそうだ。
 ここまでは、ターヤがリュシーから聴いた話と殆ど同じだった。

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