The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
九章 憎悪の矛先‐Sin‐(1)
アンチョーの林からは遠く離れた、けれどもそこが視界に入るくらいの場所で、その男性こと《精霊使い》は珍しく眉根を寄せていた。
彼は逃げ出した人工精霊を追っていった先で、まさか《召喚士》に遭遇するとは思わなかったのだ。しかもその《召喚士》が四精霊が一角《火精霊》と契約した、年端もいかない少年とは想像すらしなかった。
少年のことを思い出せば、連動した内心で黒い感情が渦巻く。
瞬間、ズボンのポケット内で通信機が連絡通知を示すブザーを鳴らした。まるで彼の心情を見計らって止めようとしているかのような、実に良いタイミングだった。
それに少しばかり宥められたような感覚を覚えながら、男性はポケットから通信用の魔道具を取り出した。
「うっす」
『経過はどうだい、ギド』
通話の主は『リーダー』と呼ばれる人物であった。
そう言えば定期報告が面倒だったので放置したままだったとそこで思いだし、ギドと呼ばれた《精霊使い》は口を開く。
「アンチョーの林で《鋼精霊》を誘き出したんすけど、思わぬ邪魔が入って取り逃がしたっす」
『思わぬ邪魔? 〔暴君〕……ではないという事だな?』
起こった事を一部分でも隠さずにそのまま話せば、通信機の向こうでリーダーは動揺したようだった。返ってくる声にはそれが顕著に表れている。
「〔暴君〕には《鉄精霊》で一泡吹かせてやったんすけど、割り込んできた《召喚士》が《火精霊》を召喚したっす」
ギドもまた当時を思い返しながら、更に説明を付け加えた。口調も声色も相変わらず淡白だったが、彼をよく知る者ならば、そこから強い憎悪と敵意と殺意が、そしてそれが膨らんでいく様子が感じ取れた事だろう。
故にリーダーは少し考える間を置いてから、再び言葉を発する。
『そうか。それならば、おまえにとっては絶好の機会という訳だな、ギド』
「うっす、リーダー。あの《召喚士》は、俺が消すっす」
意図せずともその言葉には力が籠っていた。
それに気付いていたからこそ、リーダーは確信を得たような声を寄こしてくる。
『解った。この件はおまえに一任しよう。良い報告を待っている』
その言葉を合図に、通信は切れた。
それでもギドは魔道具を手にしたままだ。その内心では、再びどす黒い感情が止まる事無く溢れ出始めていた。
(ガキだろうと何だろうと『召喚士』に容赦はしないっす)
通信機を握り締める手に、自然と力が籠った。
一方、一行はといえば、アンチョーの林から《精霊使い》と《鋼精霊》が去った後も、先の一件があった為その場に留まっていた。今フェーリエンに戻る事は、特にマンスにとって非常に危険だと考えたからだ。
それからすぐにヌアークとエフレムが気絶から回復したと思いきや、ひたすら一行に問うて先程までに起こった出来事と現状を確認した後、主にヌアークが相手にしてやられた事に憤慨した様子を見せつつ、この場から《精霊使い》が消えたのならばもう用は無いとばかりに去っていったのだ。まさしく嵐のような二人だった。
かくして最後までその場に残ったのは、一行だけになった訳である。
そうしてようやく一行は、これからどうするか、という議題に入る事となった。のだが、先の一件によりフェーリエンに戻る事は難しく、また現在地から出るにしてもフェーリエンが近いので人目についてしまうかもしれない、との懸案もあって動けなくなっているのが現状だった。
「八方塞がり、と言うべきなのかしら」
樹の幹に背を預けた体勢で、アシュレイが息を吐く。
「そうだな。今のところはフェーリエンが落ち着くのを待つのが最善だろう」
「けど、それじゃあ時間の無駄じゃね?」
エマの言葉にはアクセルが反論してみせる。しかしそうは言うものの、彼もまた打開策までは至れていないのだった。
それを知っているからこそエマは何も返さない。
彼らの会話を小耳に挟みながら、ターヤもまた自分なりに考えてみていた。だが、やはりエマの提案する方法以上に良さそうな考えは一つも浮かばない。
(でも、アクセルの言う通り、ここで待ってるだけってのもなぁ)
うーん、と考え込んだところで、ふと視界にマンスとモナト並びにスラヴィの姿が入った。前者は先程の《精霊使い》と謎の人工精霊、そして《鋼精霊》について思案しているのではないかと予想できた。
だが、後者がよく解らない。スラヴィは少し離れた場所で皆に背を向けて何事かを行っているようだった。
(スラヴィ、何してるんだろ?)
好奇心から彼の手元を覗き込みに行こうと、少女の足がそちらへと動き出す。
「そう言えば、ターヤは俺らと一緒に居るところは暴徒共には見られてねぇよな?」
寸前、そこでふとアクセルが何事かを思い出したかのようにターヤへと視線を向けてきたので、彼女は停止を余儀なくされた。いったい何の話かと首を動かして彼らを見る。
「確かにそうね。雷が落ちた後はあいつらも混乱してたから、あたし達の事はすっかり忘れてたみたいだし、彼女と合流したのもその後だったし」
この発言にはアシュレイも同意した。
ここまでくれば、ターヤにも何となくアクセルの意図している内容が理解できる。
「もしかして、わたしにフェーリエンの様子を見に行かせようとしてるの?」
「お、察しが良いな」
どうか杞憂でありますように、という心中での願いは無残にも打ち砕かれた。
「つー訳でターヤ、ちょっくらお使いに行ってきてくれねぇか?」
その事に気付いているのかいないのか、アクセルは軽いノリで彼女へと頼みごとをする。
対して、ターヤは即答できなかった。確かにフェーリエンの人々に顔を見られても大丈夫なのが自分しか居ない事は重々承知しているのだが、それでも先程の暴徒達を思い返してしまうと恐怖を覚えてしまうのだ。激情に駆られた人間は集団化するとかくも恐ろしいのだと、実感してしまったから。
彼女の表情から心情を読み取ったエマが、アクセルへと鋭い視線を寄こす。
「アクセル、本人の意思を尊重すべきではないのか?」
「それもそうなんだけどよ、このままってのも良くないだろ? ここはターヤに頑張ってもらうしかないんじゃね?」
どちらの意見も正論であった。故に、二言目は発せられずに主張だけが拮抗する。
話題の当事者にして中心人物でもあるターヤはといえば、自分を置いてけぼり気味にしている二人に物申したい気分ではあったが、何を言えば良いのかすらも脳内では整理できていなかったので、結局は口を噤むしかない。
だが、眼前の二人はいつまで経っても次を口にせず、互いに対峙しているだけだ。
これに焦れたアシュレイはその間に割って入ろうとし、
「うん。わたし、行ってみるよ」
思わぬ方向から飛ばされた声に意識を奪われる事となった。
振り向けば、ターヤがガッツポーズをするかのように胸の前で両手を握り締めており、自らそれを見下ろしている。よし、という呟きまで聞こえてきた。
予想外の展開に、エマが両目を瞬かせた。
逆に、アクセルはそうこなくっちゃと言わんばかりの顔になる。
「おっ、頼めるんだな、ターヤ」