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八章 《召喚士》‐espri‐(6)

「……で、結局のとこ、カノジョとはどぉなんでぇ、ウィラードォ?」
「で、ですから、そのメイジェルさんとはそんな関係ではなくて……」
「とぉか言って、この前も会ってたそうじゃねぇかい」
「……! なっ、ななな何で知って……!」
「よぉやく認めたねぃ?」
 中の会話はこの二人の発言が主らしく、後は背景としての野次やら口笛やら声やらが飛び交っている。とにかく、そのような感じだ。
 それを聞いた二人は呆れるが、ちなみに聴き耳を立てている彼らの様子自体も傍から見れば変な人々としてしか映らない光景である。本人達は至って真面目なのだが。
「あいつら、本当に我慢できないんだな」
「どうせ、レオンが来るまで待てなくてウィラードをからかい始めたんでしょうね」
 呆れたように二度目の溜め息を付いたレオンに、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな表情をしたファニーが応えた。
 そのまま二人は会話を聴いていたが、小さな呼吸音でレオンが立ち上がる。
「そろそろウィラードが発作を起こしかねないな」
「そうね、ど派手にお邪魔しましょうか」
 頷いてファニーも腰を持ち上げた。それから試すように青年へと手を差し出す。
「そうだな。では行こうか、お嬢さん?」
「ちゃんとエスコートしてよね、盗賊さん?」
 それから二人は顔を見合わせて、扉を開け放った。
 とは言っても大した力を込めていた訳でもない上に形だけの行為だったのだが、室内の人々からしてみれば蹴破ったように見えたのであろう。現に、何人かが二人を目にして硬直してしまっているのだから。
「待たせたな、シーカ」
「連れてきたわよ、シーカ」
 それを誇張するかのように二人もまた僅かな怒りを隠した笑みを作り上げ、わざとらしく最後にある男性の名を付け加える。
 すかさず反応を見せたのは、中央付近に居る二人の人物だった。
「レッ、レオン!?」
「ファニー、伝言を伝えてくれたんだ。……ごほっ」
 ただし、片方はきまりが悪そうな表情に驚きを混ぜ合わせて、もう片方は安堵したような笑みを浮かべながら断続的に咳を零して。
 後者の方へとファニーは半分ふざけて胸を張って見せる。
「あたりまえでしょ? あたしを誰だと思ってる訳?」
「〔屋形船〕の《詐欺師》ファニーかな? ……けほっ」
「《詐欺師》は余計よ」
 屈託なく笑った青年に少女は拗ねるようにして頬を膨らまし、すぐに眉根を寄せた。
「あと、苦しいなら無理に喋らないで」
「ごめんね……ごほっごほっ」
 申し訳無さそうに青年が謝っている、一方で。
「それで、シーカ」
「う、うっす!」
 彼らとは逆にレオンに視線を向けられた前者の方はと言えば、青年の方に回していた腕を離して気を付けの姿勢を取っていた。その頬には流れ落ちる冷や汗が窺える。
 とうとう発作を起こして蹲ってしまった青年と彼の背中をさする少女を一瞥して、レオンは眼前の男性と目を合わせた。
「俺は前にも言ったよな、ウィラードは身体が弱いからあまり無理をさせるなと」

「す、すいやせん」
「おまえって奴は……。その度に謝るくらいなら最初からするな」
 素直に詫びた男性に少々辟易しつつ、レオンは再び件の青年達が居る方へと視線を戻す。 
 そこでは、いつの間に来ていたのか場にそぐわない服装を纏った一人の少女が、発作を起こしている青年を包み込むようにして抱き締めていた。その手が、優しく背を撫でている。
(素直に羨ましいと思えるな)
 両者共に下心が無い事は理解していても、どうしても一人の男として小さな嫉妬と羨望を覚えずにはいられなかった。
 しばらくすると少女は青年から静かに離れ、音を立てずに壁際へと移動する。
 それと引き換え、青年はまるで何事も無かったかのように立ち上がって彼女へと小さく会釈した。彼女の治癒魔術によって発作は収まったようだ。
 彼女はそれに微笑みで返すと、レオンの方へと目を向ける。
「さて、それで俺と彼女を呼んだからには重要な用件があるんだろ?」
 真剣みを帯びている《首領》の顔に戻ったレオンが、その少女――《情報屋》を顎で示して問えば、シーカとウィラードは顔を見合わせて頷いた。
 シーカがちらりと彼女に目をやる。
「《情報屋》の嬢ちゃんが面白いもんを仕入れて来たそうなんす」
「なるほど?」
 視線を向ければ少女は笑ったままだった。
「それで、レオ……いや《首領》に伝えようと思ったつう訳なんすよ」
「止めろ。俺は《首領》って呼ばれるのがあまり好きじゃないんだ」
 そう言えばシーカは少しだけ安心したよう顔付きになり、場の空気が少しだけ和らいだ気がした。
 その光景に満足げに笑うと、
「それじゃあ、その情報について詳しく話してもらおうか、お嬢さん?」
 そう言って少女を横目で見ながら、義賊ギルド〔盗賊達の屋形船〕ギルドリーダー《首領》ことレオンス・エスコフィエは、端整な表に笑みを浮かべたのだった。


「うん、ぼくは男性だよ?」
 皆の表情に気付いていないのか、少女――ではなく少年マンスールは誇らしげに胸を張って言う。
 その止めとも言える一言で、今度こそ完全にスラヴィを除く四人は硬直した。
 だが、やはり相手がそのような状態になる理由が理解できないらしいマンスは、可愛らしく小首を傾げているだけだ。
「嘘、女性だと思ってた」
 しかし、ターヤがぽつりと呟いたその一言で、気が付いたらしく顔色を一変させる。
「あーっ! まさか、ぼくのこと女だと思ってたの!?」
「えっ……あ、うん」
 彼の気迫に負けてターヤは思わず頷いてしまう。その対応が悪かった。
 途端にマンスは彼女の上着の裾を掴んできたかと思いきや、腹いせとばかりにぐいぐいと引っ張ってきた。そのまま強く主張するように、大声で叫び始めた。
「ぼーくーはーしょーうーねーんー!」
「わ、解ったから引っ張らないで……!」
 慌てて謝れば手は離されて、ほっと胸を撫で下ろす。あのまま引っ張られていたら、きっと裾が伸びきってしまっていた事だろう。
「おねーちゃん、いい?」
 そんな彼女へと、少年は思いきり伸ばした指を突き付けたのだった。もう片方の手は腰に当てられている。
 思わず一歩後退しかけたターヤであった。

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フラウリーノ

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