The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
八章 《召喚士》‐espri‐(5)
アシュレイは両目を見開いて驚きを表していたが、徐々に瞼を元に戻し、視線を逸らしたのだった。
「本当に、あんたって変なところで鋭いのね」
そして観念したように話し出す。
「ええ、その通りよ。あたしは、あの子を……妹と、重ねてるの」
過去形ではなく、現在形だった。
「だから、どうしてもあの子の言動一つ一つに動揺しちゃうのよ。馬鹿みたいね、あの子と妹は別人っていうのに」
自嘲を浮かべたアシュレイに、ターヤはかけられる適切な言葉が思い浮かばなかった。何と返せば良いのか、少しも思い付かなかった。
それを知ってか、相手は苦笑する。
「別にあんたが気にする事じゃないわよ。それより、まずはその子から事情を訊かないといけなかったわね。あたしは〔軍〕のアシュレイ・スタントンよ。貴女、名前は?」
アシュレイが思い出したように問えば、少女もまた気付いたように彼らを見た。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったかも」
うん、と一回頷いて、少女は改まる。
「えっと、こんにちは、白いおねーちゃんと、青いおにーちゃんと、茶色いおねーちゃんと、黄色のおにーちゃんと……赤いの」
「俺だけ何で『赤いの』なんだよ!」
アクセルの時だけ渋々と言った顔で言った少女に彼が突っ込みを入れるが、それはなぜか事前に図ったようにして皆に無視される。憮然としない顔になるアクセルであった。
そんな事は気にせず、少女は前方の五人へと握手を求めるかのように右手を差し出して、にっこりと笑う。
「ぼくはマンスール・カスタって言います。良かったらマンス、って呼んで欲しいな」
「な……」
「え……」
「は……」
瞬間、エマ、アシュレイ、アクセルの声が見事に重なった。
「『あらあら、予想外ねぇ』――とある女性の言葉」
そしてただ一人、スラヴィだけは相変わらずの無表情だ。しかし、言葉の内容は三人同様に驚きを表しているようだった。
ターヤ同様、なぜ三人が硬直しているのか理解できないと言うかのように首を傾げた少女ことマンスールに向かって、一同を代表したアシュレイは思わず震えてしまった声で言葉を紡ぐ。
「貴女、男性だったの?」
「レオン、居るの?」
「ん? 誰だ?」
自身を呼ぶ声に反応して顔を上げた青年は、ほぼ開け放たれた扉の向こう側からひょっこりと顔だけを覗かせている少女を見て苦笑した。
「どうしたんだ、フアナ。遠慮せずに入ってこい」
「べ、別に遠慮なんかしてないわよ。それから何度も言ってるけど、その名で呼ばないでってば」
「悪かったよ、ファニー」
むっすりと頬を膨らまして抗議する少女に対して、青年は再び苦笑しながら謝罪する。
その言葉に、少女ことファニーは満足げに笑みを浮かべた。それで宜しい、と言わんばかりである。
「それで、何の用だ?」
「シーカの奴が呼んでたわ。何でも、大事な話があるとか無いとかで」
「そうか」
急に苦笑いを止めて真剣な顔付きになった青年につられ、事情は知らないものの少女も姿勢を正す。この二人の間で事前に何か重大な取り決めでもあったのだろうか、と思考を巡らせながら。
「あいつはどこに居る?」
「談話室で待ってる、って。それが伝言」
「解った。行こうか」
「はい」
納得したように頷いてから、青年は少女に同行を促した。
彼女も上司の命となれば断る理由など持ち合わせてもいないので、しっかりと首を縦に振って着いていく。
(それにしても、伝言を頼んできた時のあいつはやけに真剣だったわよね)
歩きながら先の出来事を回想してみれば、確かに彼は普段からは想像もできないくらい真面目な表情をしていたように見受けられた。わざわざ別の者に伝言を頼まず、自分で伝えに行けば良いものを、という考えに至れなくなるくらいには、彼を知るファニーにとっても珍しいと感じられる様子だったのである。
(って事は、かなり重大な話って事でしょ……)
首を捻る事一回。ふと思い当たる予想が生じた。
(まさか、あいつらが動き出したの?)
ファニーの思考がほぼ正解まで到達したのは、目的地且つ指定地である談話室前まで辿り着いた時だった。
「!」
気が付けば談話室は目の前で、思わずしゃっくりが込み上げてくる。
「着いたな。どうかしたのか?」
「え……う、ううんっ。何でも、ないわ」
明らかに何でもあるような様子のファニーを敢えては追及せず、レオンは「そうか」と一言だけ応えると眼前の扉を開けようと手をかけて、なぜかそのまま手前へと引かずに耳を近付けた。それはまさしく盗聴の姿勢に他ならず。
「レ、レオン?」
「静かにしてくれ、ファニー」
唐突な彼の行動に少女は呆気に取られるが、制されて口を噤んだ。あれほど真剣だったのはこの為なのか、と唖然とした表情でファニーが自答し始めた時だった。
「やっぱりな」
ふぅ、とレオンが呆れたような息を吐き出したのだ。
更に訳が解らなくなった少女は慌てる。
「え? な、何?」
「扉に耳を当ててみれば解るよ」
しかし、告げられた言葉は突拍子も無いもので。つまりは。盗聴しろと言っているようなものだった。
「えっと」
この場合どうすれば良いのか解らず立ち尽くしたままの少女の腕を掴むと、青年は瞬く間に彼女を引き寄せていた。
「きゃっ」
そのまま彼女が衝撃を受けないように配慮しつつ、しかしその耳はしっかりと扉に付けさせると言う暴挙に出る。そして、自らも彼女の隣で同様の姿勢を取った。
少女からしてみれば青年の顔が間近にある為、一気にその頬が熱を帯びていく。
「え、え、え――」
「静かに。聴覚に集中してみろ」
最早何が何だかさっぱりと理解できなかったが、それでも彼の言葉に従ってしまうのが乙女心と言う訳で。扉に押し付けた左耳に全神経を集中させれば、いかに防音対策の施されている扉とは言え、内部の者達が大声で話しているのも加えて、彼らの会話は殆ど丸聞こえの状態に等しかった。