top of page

八章 《召喚士》‐espri‐(4)

「ああ、それね。その、あたしは採掘所で《暴れん坊》に吹き飛ばされて、しばらく気絶してたでしょ? 幾らあいつの一撃一撃が重いからって、それを言い訳にして見なかった事にはしたくなかったのよ。だから、ずっとあいつのような相手と渡り合うにはどうすれば良いのか、って考えてたのよ」
 若干言いにくそうに視線を外しながら答えるアシュレイ。
 だから、彼女はトランキロラからフェーリエンに向かう道中、エマに積極的に話しかけようともせず、話を振られても無言だったのか、とターヤは合点がいった。彼女は自らの戦闘技術の向上に対して、非常に積極的なのだろう。
 だが、彼女の言葉を聞いたアクセルが意地の悪い顔になっていた。いつの間にか一行のところまで戻ってきていたようだ。
「へぇ、アシュレイは結構ターヤにデレたみてぇだなぁ。俺が訊いたら絶対に答えねぇ事も、ターヤ相手には言えるようになったってか?」
「う、煩いわね!」
 すかさずアシュレイの鉄拳が飛ぶが、彼はそれを難無くかわした。からかいの意が込められた笑みは、未だその顔の上だ。
 軽く避けられてしまったアシュレイはと言えば、むっすりとした顔で彼を睨み付けようとして、その腕の先に居る少女に視線が移った。彼女もまた、同じような表情をしていた。
 途端に、何も言えなくなる。
 別に、先程だってアジャーニに任せておけば良かったのだ。自分の意思を汲み取ってくれる彼ならば、少女を悪いようにはしない。事情を訊いて、少しだけ注意して、すぐに帰すだけだろう。
 それなのに彼に任せなかったのは、やはりあの子を思い出すから。
(ディオンヌ……)
 誰よりも大事だった、大切で可愛い妹のことを、思い出してしまうから。眼前の少女が、あの子と重なって見えてしまうから。
(最期に見たあの子とは、この子は年齢も違うっていうのにね)
 内心で自身を嘲笑う。いったいいつまで、自分は今はもう居ない人の影を追い続けているというのか。
「……ばかね」
 自然と零れ落ちた呟きに、え? と少女が見上げてくるよりも早く、手が伸びていた。そのまま帽子を被った頭を撫でる。髪の感触は感じられなかったが、それでも少しだけ心が救われた気がした。
 一方、少女はといえば相手の突然の行動に戸惑っているようだった。
「おねーちゃん?」
 思わず怒っていた事も忘れて、首を傾げてしまう。
「さっきは、気に障るような事を言って、ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」
 静かに落ち着いた様子でアシュレイは謝罪する。彼女のそんな行動と様子を、珍しい、と感じたのは決してターヤだけではなかっただろう。そもそも、いつもの彼女ならば少女が怒ったところで左程も気にせず、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな目付きになる筈だ。だが、今回の彼女は少女の怒りに明らかに動揺していたのだ。
 似たような思考状態だったのか、アクセルと目が合った。
「ううん! ぼくも、一方的に言って逃げ出して、ごめんなさい」
 少年は外野の様子には気付いていないようで、少し考える間を置いた後、ぺこりと頭を下げたのだった。そして、笑う。
「それから、助けてくれてありがとう、おねーちゃん」
 瞬間、アシュレイの表情が動いた。
「いいえ、どういたしまして」
 頬を柔らかく綻ばせたそれは、実に自然で優しい笑顔だった。
 それを見たアクセルが固まる。少女を掴んでいた腕はとっくに離れていた。
 その横で、やはり珍しいと感じながらもターヤは、エマと互いに顔を見合わせて微かに笑い合った。

「『何とも珍しいものを見たものだな、ふむ』――とある男性の言葉」
「なっ、何言ってんのよ!」
 そこにスラヴィが彼女に届く大きさの声で言うものだから、アシュレイは素早くこちらを振り向いてたちまち顔を真っ赤にしてしまう。彼の言う『珍しいもの』の意味に気付いているからこその反応だ。
 しかし、その光景を見て少女がおかしそうに笑えば、そんな彼女につられてしまったのか、アシュレイもまた仕方ないとでも言うかのように微笑したのだった。
 まさに皆が珍しいと感じた通り、アシュレイは少女の一挙一動に振り回されているようだ。
「アシュレイ、本当にどうしたんだろ?」
「気になるのなら、訊いてみたらどうだ? あいつもターヤになら話しそうだろ?」
 やはり解らずに不思議そうな顔で首を傾げれば、声がかけられた。視線を動かせば、予想通りアクセルである。何事か答える前に、彼は少女の方を向いて話しかけてしまう。
「ところでおまえ、ここに住んでるって訳でも無いだろ?」
「うん、あたりまえだよ!」
 彼に向き直った少女は、えっへん、という効果音が似合いそうな顔で答えた。
「なら、何でこんな所に居るんだよ?」
「それは勿論、旅をしてるからだよ!」
 両手を握り締めて元気良く答えた少女に対してアクセルが驚愕を示す。無論、二人の話を聞く形となっていたターヤも。
「って事は、おまえも《旅人》なのか!?」
「《旅人》? う~ん、そんなところになるのかな?」
 更に問われた方の彼女はといえば、微妙そうな顔だった。即座に肯定もできないが、否定もできないという様子で、眉間にしわを寄せて唸っている。
 その答えに心底驚いたような反応をとるアクセル。
「今はおまえみてぇなチビでもなれんのかよ」
「むっ! ぼくはチビじゃな~い!」
 わざとらしく呆れ顔を浮かべたアクセルの言葉には少女が頬を膨らませるも、子供相手に大人気無い彼は彼女の反撃を鼻で笑った。
「どう見たってチビだろーが。それとも何だ? お子様か?」
「失礼なっ! ぼくは十二歳だもんっ」
 少女は眼前の無礼者に対して反撃すべく、ばたばたと忙しなく両手を振り回す。しかし頭に手を乗せられて背伸びを止められている為、その腕は相手に全く持って届かなかった。
「う~!」
 頬を膨らませて抗議する少女だが、今はアクセルの方が優勢である。
「はっ、やっぱりチビじゃねーか」
「違うもん! ぼくは十二歳~!」
「何をやっているんだ貴様は」
 完全に呆れた時のエマの声が聞こえてきて、当事者達どころかターヤの視線もまたそちらに動く。見れば、彼はアクセルの手首を掴んで少女の頭から除けてやっていた。
 ようやく頭上からの戒めより逃れた少女は、エマを盾にするかのように背後に隠れると、アクセルへと向かって思いきり舌を突き出す。
 今がチャンスなのかもしれない、とその時ターヤは漠然と思ったのだった。
「アシュレイ?」
「何?」
 返ってきた声からは、普段通りであるとしか感じられなかった。
 だが、答えてくれなければそれで良いとも思いながら、ターヤは恐る恐るといった様子で本題に入る。視線はこっそり窺うかのように、アシュレイではなく少女へと向けて。
「えっと、その……あの子に、誰かを重ねたの?」
 それは、理由の無い直感的な確信だった。明確な根拠も証拠も無い、ただの感性だった。
 けれども、見てしまったからにはそうだとしか思えなかったのだ。あの、懐かしそうで泣き出しそうで嬉しそうで申し訳無さそうな表情を、目にしてしまったからには。

ページ下部
bottom of page