The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
八章 《召喚士》‐espri‐(14)
『《鉄精霊》!』
突然、一行目がけて突進していた『何か』へと、上空から無数の針が降り注いだ。
「「!」」
この唐突な攻撃が一行を襲う事は無かったが、思わずターヤは詠唱を中断して身を竦ませてしまい、エマは皆を護るべく盾をその方向へと構えたのだった。
針による攻撃はすぐに収まり、一行もまた身構えを解いて視線を動かす。
そこでは『何か』と思しき存在が針に囲まれて倒れ伏していた。それは、全身の皮膚が鋼鉄でできたアルマジロだった。おそらく丸まって球状になり、先程のように高速で回転する事で攻撃を行っていたのだろう。そしてアルマジロの全身は、淡い銀色の光で覆われていた。
「! あの子、人工精霊だ!」
マンスが驚きの声を上げる。
「だが、それならば最初にモナトが気付いていたのではないか?」
エマが怪訝そうな表情になれば、白猫が縮こまった。
『ご、ごめんなさい。モナトは、できそこないですから……』
「あ、いや、そのようなつもりで言った訳では――」
「そうだよ! 自分をそういうふうに言っちゃだめ、っていっつも言ってるよね? モナトはぼくとの約束を破るの?」
慌てて弁解しようとしたエマに同意したマンスは、両頬を膨らませてモナトを叱る。
『い、いえ! そんな事は――』
『目を覚ませ、《鉄精霊》!』
モナトの言葉を遮るようにして周囲一帯に響き渡った声に、皆は聞き覚えがあった。マンスとモナトとスラヴィはつい先程、そして四人は以前エンペサル橋付近にて。
「この声って――」
「《鋼精霊》、そいつには何を言っても無駄っすよ」
またしても発言の途中で割り込んできたのは、一行では誰一人として聞いた事の無い声だった。
皆が一斉に振り向いた方向に居たのは、一人の男性だった。死んだ魚のような目付き、ズボンのポケットに突っ込まれた両手、若干斜めに傾けられている首――どうにも意欲が感じられない風体である。
「誰!?」
すかさずアシュレイが警戒態勢へと移行した。
けれども男性は彼女に気付いていないのか気にも留めていないのか、地に倒れ伏したアルマジロに視線を向けた。彼と謎の人工精霊の間はそこそこ開いているのだが、男性の方に近寄る気は無いようだ。
「あーあ、やられちゃうなんてだらしないっすね。まぁ〔暴君〕のトップに一泡吹かせられたんで上出来っすけど」
次に彼が見たのは、木の幹に激突したまま動かなくなった〔暴君〕の《女王陛下》並びに《執事》と《女王の足》だった。どうやらその全員が気絶しているらしい。謎の人工精霊の攻撃は、それ程強力だったという事だ。
加えて、アルマジロの姿をした人工精霊を操っていたのは、どうやら言動からしてこの男性ようだ。一気に闖入者に対する一行の警戒心が強まった。特にマンスに至っては、両眼に剣呑な光を宿し始めている。
そこで男性の視線が、地面から上空へと動いた。
「いいかげん降りてきたらどうっすか、《鋼精霊》?」
彼の言葉に応えるように、上空――無数の針が降り注いできた方角から何かが降下してくる。
その姿に、ターヤ、アシュレイ、エマ、アクセルの四人は見覚えがあった。
「あの時の!」
「やっぱり《鋼精霊》だったのね」
そしてマンスはといえば、眼前に現れたもう一人の人工精霊にすっかりと目を奪われていた。無意識のうちにモナトを抱き締める両腕に力が籠る。
「《鋼精霊》……」
驚く一行をよそに、ハリネズミは男性を睨み付けた。
『貴様は……《精霊使い》か』
「そう呼ばれてるっすね」
飄々とした様子であっさりと肯定した《精霊使い》の男性に、一行もまた彼に対する敵意と用心を確かなものにしたのだった。
一方、ハリネズミはいっそう男性に対する憎悪を増したようだ。
『ならば、貴様は殺す!』
「はぁ。まぁ、やれるもんならやってみろってところっすね」
そう言うや否や、男性は左腕を振る。そこに付けられているブレスレットが、揺れた。
瞬間、今まで倒れ伏して微動だにもしなくなっていた謎の人工精霊が強い光に包まれたかと思いきや、それが収まると同時ゆっくりと起き上がって男性の頭上に浮かんだのだった。
「「!」」
これには《鋼精霊》だけでなく、一行もまた驚きを隠せない。
しかもアルマジロの表情からは明らかな疲労の色が見て取れた。それは男性も気付いているだろうに、彼はあくまでも人工精霊を無理矢理使役する《精霊使い》としての行動を選んだのだ。
『貴様……!』
「俺はあんたを連れ戻すようリーダーから言われてるんすよ。そういう訳で、手荒な真似も辞さないっすから」
怒り狂った《鋼精霊》は憎き標的へと牙を剥き、《精霊使い》もまた謎の人工精霊に相手取らせるべく左手を振ろうとする。
「待ってよ」
だが、今にも戦闘勃発かと思われた二人の間に、割って入る者が居た。
「マンス!」
アシュレイが名を呼ぶが、彼は一行を振り向こうとはしなかった。その瞳は男性だけを捉えている。腕の中にも傍らにも、モナトの姿は無かった。
「おにーちゃんは、《精霊使い》なんだね」
「そうっすけど、そういうあんたは?」
突如として横槍を入れてきた第三者に《精霊使い》は僅かながらに表情を動かした。
だが、少年は男性の問いには答えない。
「今すぐその子を解放して。人工精霊だって精霊なんだ。人間の勝手な都合でむりやり従わせちゃいけないんだよ!」
「人に質問しといて自分は答えないと思えば、いっちょ前に説教っすか」
「あたりまえだよ。ぼくは、精霊をないがしろにする奴が大っ嫌いなんだ!」
そこで叫びと共に感情を顕にしてしまうところは実に年齢相応で、けれど正当な理由から怒れて相手に意見できるところは実に成熟していた。
その言葉に《鋼精霊》が反応を示す。
しかし男性は少年の視線を真正面から受け止めると、眼を細めた。
「あんた、気に入らねぇっすよ」
急変した様子の《精霊使い》が手首を軽く振った瞬間、謎の人工精霊は身体を丸めてボール状になり、マンス目がけて突進した。高速で対象へと一直線に向かっていく。
「! マンス――」
「逃げろ!」
「その大好きな精霊に殺られろ」
一行が咄嗟に少年を助けようとする光景を否定するかのように、男性はどこまでも冷えた声で宣告する。その瞳の奥には強い憎悪が宿っているようだった。
豪速球は少年を襲い、
「!」
しかし、彼に掠り傷の一つすら負わせる事無く、まるで〈反射鏡〉を使われたかのように攻撃時の勢いを保ったまま弾かれる。そのまま青年の背後まで押し戻され、攻撃形体もまた解かれた。
何事かと皆の視線が集中した先に居たのは、全身を炎に取り巻かれた少年の姿だった。