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八章 《召喚士》‐espri‐(13)

「それはこっちの台詞よ、《女王陛下》。この前みたいに大勢の伴も付けないで、こんな所で何してる訳?」
 警戒心の籠った眼で見据えてくるアシュレイへとヌアークが返したのは、挑発的でどこか嘲笑うような笑みだった。
「あら、あたくしが出かける理由くらい、あなたには予想が付く筈よ?」
「それもそうね。大方《違法仲介人》か《精霊使い》でも追ってきたんでしょ?」
 呆れたように彼女は一息吐くと、確信に等しい予想を口にする。
 案の定、やはりと言うべきか、ヌアークは笑みを浮かべるとゆっくりと両の掌を叩き合わせたのだった。何度も何度も、拍手をするかの如く。
「ええ、正解よ、《暴走豹》」
 まるでペットを褒めるかのようなその言い草に、アシュレイは思いきり眉を顰めた。
 無論、彼女の後ろではアクセルやエマもまた眉根を寄せている。
 しかし彼らが纏う雰囲気を主人にとっての不穏なものだと察知したのか、エフレムがいつでもヌアークを庇える位置へとさりげなく音も立てずに移動した。その手には背後で組まれているので見えないが、おそらくは既に何かしら武器になる物を用意している事だろう。
 両者の間に一触即発の空気が漂う。
「エフレム」
「はい、ヌアーク様」
 だがヌアークが呼びかければ、執事の青年は音も無く元の場所に納まったのだった。
 これにはアシュレイが思いきり訝しげな顔をしない筈も無かった。
「どういうつもりよ、《女王陛下》?」
「今あなた達と争ったところで、あたくしに利益なんて無いもの。ただそれだけよ」
 当然だと言いたげに笑むヌアークだが、そこには何かしらの含みがあるような気がしてならないアシュレイだった。この一筋縄ではいかない相手と、彼女は何度も心理戦を繰り広げてきたのだから。
 故に、今この場で思い当たる理由が一つ。
「あんた、またあたし達に手伝わせる気?」
「ええ、またまた正解よ」
 はぐらかすかとも思ったが、あっさりと相手は本心を認めた。
 途端に顔を顰めたのはアシュレイだけでなく、アクセルとエマとターヤと、以前彼女に利用される形となってしまった事のある四人だった。
 特にターヤは、その時の原因が自分である事を自覚している為、今度は何もするまいと心に決める。とはいっても彼女にできたのは、ヌアークの視界に入らぬようアクセルの後ろに隠れる事だけだったのだが。
 実質的に盾にされたアクセルは憮然とした表情になるも、墓穴を掘られるよりはましだと考えたのか、彼女に文句を言おうとはしなかった。
 対してヌアークはそんな少女の様子を面白そうに笑うも、今回は彼女を使う気は最初から無かったので一瞥するだけに終わらせる。視線はすぐにアシュレイへと戻った。
「どうかしら? 今度はちゃんと小細工無しで問うわ」
「お断りよ」
 間を置く事すらせず、きっぱりとアシュレイは断る。
 事情を知らないマンスはモナトを抱きかかえたまま、眼前で起こる光景をはらはらと見守っていた。
 スラヴィは相変わらずの無関心だ。
「あら、それは残念ね」
 全くもって残念ではなさそうなヌアークにアシュレイは言い返そうとして、
「ちょっと良いか?」
 二人の間にアクセルの声が割って入っていた。
 少しずつ蓄積されていた鬱憤の矛先をアシュレイは反射的に彼に向けそうになるも、その声色に気付いて直前で呑み込んだ。
「あら、何かしら?」
 逆にヌアークは知りながらも知らない振りをする。

 外見上は幼女とはいえ、その残虐な中身を目にした事のあるアクセルは彼女を睨み付けた。
「さっきフェーリエンの近くに雷属性の魔術を落としたのはおまえだろ?」
 その言葉に一行は驚きを示す。エマはおおよそ察しが付いていたようだが、意外な事にアシュレイはターヤやマンスと同じような顔をしていた。
「ええ、そうだけど。それがどうしたの?」
 最早隠そうとすらしなかったヌアークを見るアクセルの目が益々細まり、次第に剣呑な光を宿していく。それはエマとアシュレイですら、一瞬背筋を駆け抜ける冷たさを感じるような眼だった。
 再びエフレムが主人の敵と相対するように進み出るが、今度はヌアークも彼を止めようとはしなかった。
 またしても、あわや戦闘勃発か、という時だった。
「「!」」
 突如として、木々を薙ぎ倒す勢いで何かが真横から〔暴君〕主従目がけて飛来したのだ。
 咄嗟にエフレムがそちら側に回ってヌアークの盾になる。
「っ……!」
 だが、その勢いと重さは人一人で支える分には無理があった為、青年はそのまま高速回転する『何か』に押されるがままにして後方へと吹き飛ばされたのだった。
「エフレム!」
 その時ヌアークが上げたのは、アシュレイですら耳にした事の無い本心からの悲鳴。
「このっ――」
 彼女はすぐに標的を見定めると高速詠唱を開始。未だ回転し続けたままの『何か』が戻ってくる前に詠唱を完成させると、それへと向かって腕を伸ばし掌を向ける。
「〈岩の塔〉!」
 瞬間、目にも留まらぬ速さで突き出した岩が『何か』を襲撃する。スピードもタイミングも威力も申し分ないそれは、ヌアークの本気が垣間見える上級攻撃魔術だった。
 誰もが、本人でさえもが、これで決まったと思っていた。
 だが、その『何か』は〈岩の塔〉と真正面から衝突したと思いきや、難無くそれを砕いていた。しかも元々のスピードを失わせた様子すら窺えない。
「なっ……!」
 余裕を崩され驚きの声を上げたヌアークは、瞬く間に従者同様『何か』に吹き飛ばされた。
「ヌアーク!」
 アシュレイが叫ぶと同時、彼女の足となっていたズラトロクが『何か』へと向かって角を突き出して突進していく。主人を攻撃された事に対する報復行動のようだ。
 だが、それすらも『何か』の前では無意味だった。ヌアークを木の幹に叩き付けて戻ってきた『何か』は、白シャモアすら惜し返し、先の二人同様に戦闘不能にしてしまう。
 その間、僅か数分。〔君臨する女神〕の《女王陛下》の実力を目にした事の無いマンスですら、唖然としてしまう程に短時間での決着だった。ましてや、彼女達の実力を知っているアシュレイ達には信じられないくらい。
 かの『何か』は依然として高速回転を続けており、次の標的を一向に定めたようだ。
「! 『巨大な鏡よ』――」
「皆は下がれ!」
 それに気付いたターヤは慌てて詠唱を開始し、エマは不可視の盾を展開すると皆の前へと飛び出る。
 しかし、その行為があまり意味をなさないであろう事は誰もが知っていた。あの《女王陛下》ですら阻めなかった攻撃を真正面から受け止めたところで、持ち堪えられるとは本人達も思っていなかった。
(でも、やるしかない!)
 木々を薙ぎ倒す程の高速攻撃から逃げきれるとは、ターヤですらとうてい思えなかった。ならば、真っ向から立ち向かうしかないと腹を括る。
「!」
 その時、モナトが過敏に反応した。
 あらぬ方向を振り向いた白猫にマンスは何事かとそちらに首を向けて、

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​ロックタワー

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