top of page

八章 《召喚士》‐espri‐(12)

 彼女のその行動に驚いたのは、何もアクセルだけではなかった。払いのけた本人であるアシュレイ自身もまた、何が起こったのか解らないというような面持ちになっている。今し方の動作は本能的なものだったとでも言うかのように。
「アシュレイ」
 その手を、静かにエマが掴む。今度は払われる事は無かった。
「落ち着いて、ゆっくりと深呼吸をするんだ」
 言われた通りに少女は行動する。大きく息を吸って、そのまま吐いて、次いでゆっくりと長く息を吐き出す。そして普段通りの面貌に戻ると、申し訳無さそうに頭を下げたのだった。
「すみません、エマ様。落ち着きました。……アクセルも、悪かったわね」
 続いて、アクセルに対しても同様に謝罪する。
 未だ内心では燻る不鮮明な感情は押し込んで、彼は気にしていない事を表意すべく後頭部を掻いた。どうにも視線は合わせられず、下方へと落ちた。
「いや、俺もいきなりだったから……その、悪かったな」
 アシュレイは、それ以上は何も言わなかった。
 何となく一行全体に気まずい空気が漂い始める。
「ねぇ! アシュラのおねーちゃん!」
 しかし、それはマンスによってあっさりと打破された。
 驚いて視線を動かしたアシュレイを真摯な顔で見上げながら、少年は彼女へと懇願する。
「さっき言いかけたことなんだけど、ぼくと一緒に精霊を助けてほしいんだ!」
「精霊を?」
「うん。人工精霊の事は、知ってるよね?」
 どこか遠慮がちな声だったが、アシュレイが頷けば話は続けられた。
「あの子たちはみんな、勝手に造られて、むりやり働かされてる……ぼくは、それが許せないんだ。だから、あの子たちを助けたくてモナトと旅をしてるんだけど……」
 そこで一旦声は切れた。言いにくそうに口元は動くだけで音を発さず、視線は腕の中のモナトに向けられては揺れる。
 一行は一行で、少年が旅する理由を知って驚嘆していた。元々精霊を連れているところからして普通の少年ではないと思っていたが、まさかそのような理由があったとは。よほど彼は精霊を愛しているのだろう。
「モナトも、人工精霊なんだ。だから、どうしても放っておくなくて」
 再び、少年の口から言葉が零れ出た。
 またも皆が驚きを顕にする中、エマだけはやはりと言わんばかりの顔だった。
「やはりな。通りで《月精霊》という精霊は聞いた事が無いと思ったんだ」
「? 精霊ってどんな人が居るって決まってるの?」
 以前教わった事しか精霊という種族については知らないターヤが問えば、エマが解説してくれた。
 曰く、現存する精霊は〈元素〉によって決まっているそうだ。その為《精霊王》あるいは《精霊女王》、そして《火精霊》《水精霊》《風精霊》《土精霊》《光精霊》《闇精霊》《影精霊》《時精霊》《雷精霊》《草精霊》《鉱精霊》《音精霊》《星精霊》《幻精霊》《力精霊》と、総勢十六名のみしか存在しえない種族なのである。
 だが、現在では人工精霊という異例の存在が人の手により造り出されてしまった。彼らは既存の〈元素〉から新たな〈元素〉を抽出する事になるとも限らない危険な存在であり、出自故に一人では自身を保てず《精霊使い》に利用されるしか生き延びる術が無いという、実に皮肉な存在である。
「モナトが人工精霊という事は、貴方が〈マナ〉を供給しているのだな?」
「うん。そうしないと、モナトは居なくなっちゃうから……」
 まるで今すぐにでも白猫が目の前から消えてしまうと言わんばかりに、マンスはモナトを抱き締める両腕に力を込めたのだった。

 そんな彼の様子に申し訳ないと思いつつも、エマは再度問う。
「それから、もう一つだけ訊いても良いだろうか。モナトが貴方のことを『オベロン様』と呼ぶのはなぜだ? 私の記憶が正しければ『オベロン』とは《精霊王》のことだろう?」
「え?」
 そうとは知らなかった人々が驚く様子を背景に、予想通りマンスは言いにくそうにエマから視線を逸らしてモナトを見た。
 白猫もまた少年を見つめ返すが、意を決したように一行を振り向く。
『オベロン様が、モナトの恩人だからです。それに、モナトはこの方に次代の《精霊王》になってほしいんです!』
 白猫が提示した答えは、一行はおろかエマですらも理解までは至れない代物だった。
「? それはいったい、どういう――」
『!』
 だが、全てを訊き終える前に、再び白猫が過敏に反応する。
『オベロン様! モナトと同じ気配を二つ感じます!』
「! 人工精霊が二人も居るの!?」
「「!」」
 マンスはモナトの言葉に驚きを示したが、スラヴィを除く一行は寧ろ彼の言葉の方に反応していた。
 ただでさえ数の少ない人工精霊が近くに二人も居るという事は、片方は《精霊使い》に無理矢理使役されている人工精霊と考えるのが妥当であり、もう片方は行方を晦ましたままと思われる《鋼精霊》の可能性が高いからだ。
「エマ!」
「ああ、マンスの話を聴いた時点で既に行かない理由は無くなったからな」
 アクセルとエマは互いに顔を見合わせて頷き合う。
「マンス」
 そして、走り出そうとしていた少年の隣には軍人が並んだ。思わず彼が彼女を見上げれば、頼もしい笑みが返される。
「先程のお願いだけど聴くわ。あたしは軍人だから、貴方みたいな困ってる人は放っておけないもの」
「! ありがとおねーちゃん!」
 彼女の言葉を聞いて、少年が嬉しそうに表情を変えた。
 彼の笑顔に心の底から微笑むと、すぐに真剣な表情へと切り替わった少女は確認するように問う。
「《月精霊》はこの林の奥から人工精霊の気配を感じると言ったのね?」
「うん! そうだよね、モナト!」
『は、はい! この奥から、二人分……モナトと同じ気配を感じます!』
「そうと解れば行くしかないわね」
 誰へともなく、主に自分に対してそう告げると、アシュレイは先陣をきって眼前の林――[アンチョーの林]へと足を踏み入れていった。
 彼女の後にはモナトを抱えたマンス、ターヤ、スラヴィ、エマ、そして若干肩を竦めて仕方が無いとでも言わんばかりの顔をしたアクセルが続いたのだった。


「〔暴君〕……!」
 ダンジョン[アンチョーの林]の奥へと進んだ一行が目にしたのは、予想外の人物――〔君臨する女神〕の《女王陛下》ヌアークとその執事エフレムであった。
「やっぱりか」
 アシュレイが名を呼んだ後ろでアクセルが苦々しげに呟いた。
 彼女らに気付いたヌアークが、楽しそうに笑う。
「あら、誰かと思えば〔軍〕の《暴走豹》じゃないの」

ページ下部
bottom of page