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八章 《召喚士》‐espri‐(11)

「!」
 彼の一言で我に返ったエマもまた周囲へと目を走らせるが、やはりどこにも彼女の姿は見付けられなかった。
「……駄目だ、居ない」
「「!」」
 エマの言葉にはアシュレイとマンスも反応する。
「嘘だろ!?」
「事実だ。先の雷で吹き飛ばされたのか、あるいは――」
 悲鳴にも似た叫びを上げたアクセルをエマが制そうとした、その時。
「――〈全体治癒〉!」
 倒れ伏す人々全員を囲むようにして、魔法陣が展開される。
 またも攻撃魔術かと先程の事態から判断した人々は咄嗟に自衛の体勢を取るが、予想に反していつまで経っても衝撃の類が訪れる事は無かった。不思議に思った彼らは恐る恐る視線を動かして、
「あ……」
 そこに、内部へと癒しの光を注ぐ円陣を目にする。淡く美しい優しさの光は、円の中で呻いていた人々を瞬く間に治していった。
「これって……!」
 それが治癒魔術だと解った瞬間、声の聞こえてきた方へとアシュレイが首を向ける。
 彼女につられてそちらを見たアクセルが、破願した。
「ターヤ!」
 視線の先――マンスとスラヴィに近い林とは別の林の傍には、見慣れた白い少女が杖を構えて立っていた。彼女は全体的に土で薄汚れてはいたが、目だった外傷は無いようだ。
 既に地面に足を付けていたマンスも含めて、一行はそちらへと集う。ここならばクレーターからは離れている為、簡単には見付からないだろうと踏んでの事だ。
「何だ、無事なら早くそう言えよ!」
 辿り着いて早々、嬉しそうにばしばしと背中を叩いてくるアクセルに困りつつも、心配をかけた事は自覚しているので文句は言えないターヤである。
「ご、ごめん。わたしも何が起こったのか解ってなくて……」
「けど、さっきのは上級治癒魔術だろ? いつもなら使えねぇのに、さっきはちゃんとあいつらを治せてたんだ、やっぱりおまえの火事場の馬鹿力は凄いよな」
 確信は持てなかったものの、アクセルが言うように自身が雷により負傷した人々を救えるだけ救ったのは事実なので、ほぼ反射的にターヤは頷いていた。
「う、うん。気が付いたらここに移動してて、離れた所に倒れてる人達が見えたから、慌てて治癒魔術を詠唱したの。本当は、先にみんなのところに戻った方が良かったとは思うんだけど……」
「いや、確かに私達は肝が冷えたが、結果的にそれで負傷者を救えたのだから問題は無い。彼らだけは、既に手遅れだったようだが」
 エマが目だけを向けた方向を、皆もまた注視する。
 そこはつい先程まで治癒魔術が発動していた中心部分であり、幾つかの焼死体が転がっている場所でもあった。今は治療された人々が無事だった人々の手を借りて次々と立ち上がりながら、それを遠巻きに眺めている。
「さっきの雷はあいつらを狙ったんだな」
「それで、近くに居た人達が巻き込まれちゃったんだね」
 アクセルとターヤの言葉にエマは頷く。
「おそらく二人の言う通りだろう。彼らだけに的確に狙いを定め、死者と負傷者を完全に区切っているところからしても、犯人は相当魔術の使い手として長けているようだ」
「でも、いったい誰が……」
「いや、多分これは……」
 口元に手を当てて俯いたターヤだったが、アクセルは思い当たる節があるようだった。その言葉で皆の視線が彼に集中するが、当の本人は確信までは至っていないようで黙って考え込んでいる。

 と、そこでマンスが弾かれたように後方を振り返った。
 まさか暴徒がこちらに気付いたのかと、皆もまた反射的に彼と同じ方面を見る。
「モナト?」
 だが、そこに居たのは先程消えた筈の白猫だった。身体のサイズは元に戻っている。
 いつの間に、とターヤは不思議そうな顔でモナトを眺めていたが、それに気付いた白猫は素早くマンスの足の後ろに隠れてしまった。
 途端に残念そうに眉尻を下げたターヤはさておき、マンスは白猫を抱き上げる。
「モナト、どうしたの?」
『オベロン様……』
 彼が問いかければ、白猫は躊躇いつつも口を開く。
 それを耳にした皆が驚きを顕にし、そしてアクセルもまた僅かに驚嘆した。
「へぇ、精霊ってのはみんな人語を喋れるんだな」
「うん、精霊はすっごく賢いんだよ! だから悪い心で近付くと駄目だけど、純粋に仲良くなりたいって思えば、みんなちゃんと応えてくれるんだ!」
 無邪気な笑顔で答えたマンスだったが、彼の言葉に一行は唖然とするしかない。
 確かに精霊は人の心を見抜くと謂われているが、善良な人間ならば誰でも喚び出せる訳でも、ましてや会える確率が上がる訳でもない。あくまで精霊は《召喚士》系職業の中でも素質があって自身が好んだ者とだけしか契約を結ばないのだ。
 だが、マンスの顔は嘘を言っているようには到底思えなかった。という事は《月精霊モナト》を連れているところから考えても、彼は素質も十分に有しているという事なのかもしれない。彼が精霊を大切にしている事は、とうに誰の目にも明らかだったので、心の方は言うまでもなかった。
「マンス、貴方は――」
『オベロン様!』
 何事かをエマが言いかけたところで、モナトが慌てたようにマンスを呼んだ。
「! もしかして精霊!?」
 白猫の言葉に少年は過剰な反応を示す。
 そういえば白猫は何事かを話そうとしていたと一行も思い出し、そちらに意識を集中した。
 総勢六人もの視線を向けられる事となったモナトは若干怯えたようだったが、重大な話があるようで、すぐに表情を正して抱きかかえられている姿勢からマンスを見上げたのだった。
『は、はい! この林の奥に、モナトと同じ気配を感じるんです』
「あのおじさんたちからは精霊の気配が感じられなかったし、さっきモナトが感じたのはこっちだったんだね」
『は、はい! すみません、オベロン様』
 マンスの言に大きく頷いてから、しゅん、という擬音が似合う様子でモナトは項垂れる。
 そんな白猫の頭を少年は優しく撫でた。
「ぼくだって間違っちゃったんだから気にしないでよ、モナト」
『はい、オベロン様』
 笑いかける彼を見上げる白猫の瞳に映った色に、アクセルは思わず両目を何度も瞬かせたのだった。見間違いかと目を凝らして再び確かめようとして、そこでようやく雷が落ちてからアシュレイが一言も発していない事に気付き、振り返る。
 彼女は、どこか顔色が悪かった。
「アシュレイ? どうしたんだ?」
「っ!」
 怪訝な顔で問いかければ、彼女の両肩が跳ねた。
 益々アクセルには訳が解らない。そもそも、なぜあのアシュレイがまるで何かを恐れているかのような、怯えているかのような表情をしているのか。その理由すらも察せなかった。
「おい――」
 手を伸ばしたのは無意識下の行動だった。
「っ……!」
 そして彼女に触れる寸前で振り払われる。

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ガンツハイロウ

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