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八章 《召喚士》‐espri‐(10)

「わっ、わわっ……!」
 空中曲芸など体験した事も無いマンスはと言えば、スラヴィが回転したり跳躍したりする度に情けない声を上げるしかできない。
 アクセルもアクセルで暴徒の大半の矛先を自分に向けさせている上、そのせいで一対多を体現する事となってしまった為、そちらを確認する余裕が無かった。
 しかしスラヴィの身軽さならば問題は無いだろうと踏んでいたし、すぐに援軍が訪れる事を知っていので特に気にも留めない。自分から攻撃は行わず、相手の攻撃をいなして無力化する事だけに務めていた。
「あぁぁぁぁ!」
 予想通り、突如として自身を取り囲む暴徒の一部が見事なまでに宙へと吹き飛んだ。
「何だ!?」
「どうした!?」
「何が起きたんだよ!」
 それに気付いた人々が驚きの声を上げる中、アクセルは彼らを待たずにその手に握られている武器だけを狙って大剣を振るい続けていく。確実に相手の武器を弾き飛ばすか壊すかして、次々と彼らの攻撃を沈黙させていた。
「ぐあっ!」
「ひ、卑怯だぞ!?」
「卑怯、なぁ」
 顔を顰めながら痺れた手を押さえる一人が叫んだ言葉に、アクセルは溜め息を吐いた時に様な呆れ顔を浮かべたのだった。
「なら、おまえらがあいつを追いかけんのも卑怯じゃねぇのか?」
「何を言うか! あれは背信者だぞ!? 貴様こそ、人間の敵に肩入れするなどと!」
「あー、へいへい」
 相変わらず説教じみた言葉が嫌いなアクセルは聞く耳さえ持たない。今にも耳を小指でほじり出しそうなくらいには無関心である。
 彼の態度に憤りを感じた男性は激情に任せて殴りかかろうとし、アクセルはそれを意地の悪い笑みと共に迎え撃とうとしたが、
「――ふざけてんじゃないわよっ!」
 真横から飛んできた高速の足蹴りによって彼は綺麗な曲線を描いて吹き飛んだかと思いきや、人混みから離れた草が生い茂る場所に落下したのだった。幸い柔らかい草の上に背中から落下した為か、重傷も致命傷をも負ってはいないようだ。
「おまっ――アシュレイ!?」
 そちらの確認した直後に獲物を横取りされた事を抗議せんと彼は噛み付くようにして振り向くも、かの人物を視界で認識した瞬間に思わず苦情を口にする事を忘れてしまった。
 なぜなら、相手は紛れも無いアシュレイ・スタントンであり、彼女の瞳は獲物を蹂躙する猫科の猛獣が如き鋭い光を湛えていたからである。
 それを目にした周囲の人々も本能で危険だと感じたのか、次々と動きを止める。
「背信者? 人間の敵? そんなの、あんた達の勝手な基準でしょ?」
「ぐ、〔軍〕の人間が俺達に敵対するのか!」
「それと今の状況に何の関係がある訳?」
 群衆の一人が勇気を振り絞って叫んだ言葉を、けれどアシュレイはばっさりと切り捨てた。
 これにはアクセルとマンスでさえも絶句する。
「アシュレイ!」
 そこにエマが登場するが、彼女の耳には彼の声すら届かないようだった。
「やはり駄目か……!」
「おいエマ、いったい何がどうなってんだよ?」
 悔しそうに顔を歪めたエマにアクセルは声を飛ばすが、エマはアシュレイから目を離さない。
「今のアシュレイは暴走しかけている。あれでは――!」

「『あれでは』何だよ!」
 だが、エマは次の問いには答えず、視線を動かさぬままに唇を噛み締めただけだった。現在その視界には、アシュレイただ一人しか映っていない。
「ちっ」
 それでアクセルは小さく舌打ちすると、スラヴィとマンスの位置を確認すべく視線を走らせた。
 幸か不幸か、殆どの群集の意識は怒りを顕にするアシュレイに注がれており、今は疑惑の《召喚士》のことなど頭からすっかりと抜け落ちているようだった。その状況を利用したのか、マンスを米俵の如く担いだスラヴィは林の方へと移動していた。
 あそこならば隠れられるだろう、と安堵したのも束の間。
「げっ」
 途端に口の端が釣り上がって軽く痙攣し始める。
 見れば、明らかに非戦闘員のターヤが何を思ったのか杖を握り締めながら、こちらに向かって走ってきていたのだ。今のところ彼女の存在を感知している者は居ないようだが、気付かれて標的にでもされたら彼女は一溜まりも無い。
(あのバカ……!)
 驚きで自分の心臓を止める気か、と慌ててアクセルがそちらに向かおうとした瞬間の事だった。
「「!」」
 突如として、群集の一角に雷が落ちたのだ。
「なっ……!」
 その凄まじい轟音と気配に、皆の意識が当然のように逸れる。
 雷が落ちたと思しき場所には大きなクレーターが形成されており、そこに人影は一つたりとも無かった。消し飛んだのか、或いは。
「……!」
 その光景に言いようの無い怒りが溢れ出てきそうになるのをアクセルは感じた。幾らマンスを差別していた人々とはいえ、命を奪うなどとまでは考えられなかったからだ。
「酷いな」
 眼前に広がる光景を目にしながら、眉を顰めたエマが呟く。
 雷は広範囲に落ちたようで、フェーリエンに密接する広場の一角に現れたクレーターは何平方メートルにも広がっていた。かの範囲内では、その場に居たのであろう人々が揃って倒れ伏してはいたが、幸い重症や致命傷を負った者は居ないようだった。
 そして、その円の中心には、マンスにより〈精霊壺〉を所有している事を指摘された男性達の姿もあった。彼らだけは身体中から煙を上げながら黒ずんだ状態で横たわっており、既に息は無いようだ。
 幾ら死者がたった数人とはいえ、これ程に悲惨な光景を目の当たりにするのは初めてらしく、マンスの表情は蒼白そのものだった。
 だが、これが自然の雷でない事は誰の目にも明らかだった。明らかに『違法者』である男性達だけを狙った、意図的な攻撃魔術である。
「いったい、誰がこのような事を――?」
 エマのその言葉に答えられる者が、この場に居る筈もなかった。
 雷撃を免れた人々もまた眼前に広がる光景に呆然としている。そこに先刻までの凶暴さは微塵も感じられず、彼らの面に浮かんでいるのは驚愕と恐怖と戦慄だけだ。
「――くそっ、誰だ!? こんな事しやがったのはどこのどいつだよ!?」
 感情を抑える事は叶わず、とうとう我慢の切れた口が動く。そのままアクセルは必死になって周囲を見回すも、不審な人物は一つも見当たらなかった。
 アシュレイはいっさいの色を失った顔のまま、微動だにもしない。
 そこで、ふとアクセルは気が付いた。
「! ターヤ! どこだ!?」
 先程までは見えていた彼女の姿が、今はどこにも見当たらない事に。

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