The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
八章 《召喚士》‐espri‐(1)
「――てめぇのせいだぞ!」
「「!」」
突如として周囲一帯に響き渡った怒号に、一行は反射的にその方向を振り向いていた。
「何だ、喧嘩か?」
「なら、仲裁に行った方が良いかもしれないわね」
アクセルの予測に概ね肯定の意を示すと、アシュレイは率先して声が聞こえてきた方へと向かって速足で歩いていく。その決断と行動の速さは、軍人ならではなのだろう。
彼女の後に続いたのはアクセルもだった。おそらく彼の場合は野次馬根性だ。
「私達も行ってみよう」
エマに促され、ターヤとスラヴィもまた二人の後を追う。
周囲では、人々もまた声が飛んできた方向へと小走りに向かっていた。
「――そのペットのせいだって言ってんだ!」
近付くにつれ、段々と騒ぎの中心が見えてきた。
「オレの商品を台無しにしやがって!」
野次馬達が作り上げた輪の中に割り込み、すみませんと言いながら押し分けて最前列に等しい場所まで辿り着けば、その騒動が鮮明に伺えた。
輪の中心に居るのは、露店の前に立つ店主らしき厳つい男性と、珍しい服を身に着けた十代前半と思しき小柄な少女だった。彼女の足元では、淡い光に包まれているように見えない事も無い白猫が脅えたように寄り添っている。
先程までに聞こえてきていた叫び声は、どうやら男性のもののようだ。
「おい、聞いてんのか!」
「聞いて、ます」
ようやく少女が口を開いた。それはとてもか細い声で、すっかり男性の怒鳴り声に萎縮してしまっている事が解る。
「なら、どうしてくれんだよ、えぇ!?」
「ごめんなさい」
少女は素直に頭を下げる。
しかし男性は更に声を荒らげただけだった。
「ごめんなさい、だぁ? こちとら商売なんだよ!」
その大声に、白猫が全身の毛を逆立てて少女の後ろに隠れた。
それを見て男性はあからさまに舌打ちをする。
「だいたい、てめぇがそのモンスターを連れてこなきゃ、こんな事にはなんなかったんだよ。化けもんなんかペットにしてるからだ」
「!」
その言葉に、何を言われても頭を下げ続けていた少女が弾かれたように顔を上げた。
「それ、本音?」
「あぁ?」
「それは本音なの、って訊いてるの!」
先程までの殊勝さとは打って変わった少女の様子に、男性は少々たじろぐ。
「な、何だよ、いきなり」
「この子はペットじゃない! れっきとした精霊だ!」
「「!」」
途端に周囲に奔る、衝撃の波。
「あの猫も、精霊なんだ」
その言葉に、ターヤは依然エンペサル橋付近で目撃した《鋼精霊》を思い出す。かの白猫は、どこかあの人工精霊と共通する部分が有るように思えた。ただし、その個所がどこなのかまでは解らなかったが。
驚愕を顕にしたのは男性も同じ事だった。
「精霊だと? てめぇ、まさか背信一族のもんか!?」
「「!」」
またしても周囲の野次馬がざわつき、少女が気付いたように顔色を変える。
しかし、今度の単語はターヤの理解が及ぶ範囲には存在していなかった。彼女は隣に立つエマを見上げるが、彼もそれどころではないらしく彼女を見向きもしない。
「ち、ちが――」
「うるせぇ!」
弁解しようとした少女の言葉はしかし、男性の怒声によって掻き消されてしまう。
「だいたい、それが精霊であるかどうかも定かじゃねぇんだ。この嘘吐きめ!」
「違うってば! この子はれっきとした――」
「黙れ!」
またしても少女の発言を怒鳴り声で遮ると、男性は苛立ちを発散しようとするかのように自らの手で髪を掻き回した。
「くそっ、容姿に騙されるところだったぜ。とにかく、てめぇは〔軍〕に突き出してやるからな!」
「「!」」
その言葉にターヤは口元を押さえて、エマは身を乗り出そうとする。
アシュレイは、腕を組んで事の成り行きを見守っていた。
「ちょっと待ちやがれぇ!」
しかし、それよりも先に飛び出した人物が居た。
「アクセル!」
驚くターヤだったが、彼はそちらは気にせず、群衆の輪から飛び出してずかずかと中央の二人に歩み寄った。
思わぬ闖入者に男性は不機嫌を隠さない。
「何だ、てめぇ」
「ん? 俺か? 俺は……って、俺の名前はどうでも良いんだよ。とにかく落ち着けよ」
問われたので思わず答えかけてしまうが、今はそれどころではないと我に返り、内心で自分自身をも落ち着かせながら、男性に声をかける。
「あぁ? 部外者が口出してんじゃねぇよ」
「だからって、勝手に決め付けて〔軍〕に引き渡すのは止めろよ。その子が可哀相じゃねーか」
いつに無く格好の良いアクセルには、ターヤもエマでさえもが唖然とした。
「なら、てめぇはオレが悪いって言いてぇのかよ? 一部始終を最初から見てたのかよ?」
「あ、いや、それは、だなぁ」
途端にアクセルは慌て出し、最終的には人差し指で頬を引っ掻き出した。やはり最初から事態を把握していない点を突かれると、速攻で威勢の良さは崩れ落ちてしまったようだ。
ちょっぴり呆れた二人ではあったが、自分達も同様に事情を知らない為、彼のように割って入る事はできなかった。
男性は、ほら見ろと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「見てねぇんならとっとと消えろ」
追い払うように手を振って再び少女に向き直ると、その腕を乱暴に掴み上げる。
「痛っ!」
「とっとと来い!」
その痛みに少女が顔を歪ませて悲鳴を上げるが、自分のことで頭が埋まっている男性は全く気付かない。寧ろ、動こうとしない彼女を掴む手に力を込めて催促する。
「あの人……!」
「年端もいかぬ少女に何という仕打ちを……!」
とうとう我慢の限界が来たターヤとエマは飛び出そうとしたが、それは背後から肩を掴まれて制止された。止められた事に憤慨して二人が振り向くと同時、その間を一つの影が通り抜ける。
「え――」
ターヤの口から言葉にならなかった声が零れ落ちた。
その間にも、人影はブーツの音を立てずに無音で目的の方向へと歩いていく。
周囲の人々も新たな介入者に――その服装に、再び揺らめいた。ざわめきが強まる。
それにより、アクセルもまた彼女に気付く。
「アシュレイ?」
彼の声には答えず、軍服を纏った少女は先程から全く持って変化の無い事務的な表情で、しかし足だけは流れるようにして騒ぎの中心まで近付いていく。