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七章 天地の攻防‐revenge‐(9)

「何よその態度は! あんたはどこの悲劇の主人公よ! 見てるこっちが苛々してくんのよふざけんな!」
 更に顔を近付けてきたかと思いきや、言いたい放題のアシュレイである。
 思わずアクセルは反論しかけて、
「あんたが理由も無しに《守護龍》を殺すような奴じゃない事は、あたし達がよく知ってるわ」
 突然柔らかくなった彼女の表情に、言葉を失った。
「でも、あいつの怒りも全うだから。まずはあいつを宥めて、話を聞かせないといけないでしょ?」
 だから立ち上がりなさいと、手を差し出してくる。
 差し伸べられたその手を、呆然とした表情でアクセルは見ていたが、やがて顔を引き締めると頷いた。そしてその手を取って立ち上がる。
「そうだな」
 そうして再び武器を構えると、二人は〈結界〉を横から飛び出し、ブレーズへと向かっていった。
 エマは、動かない。
 アクセルが少し立ち直ったようで良かったと感じた反面、ターヤにはターヤで気にかかっている事があった。故にエマの異変には気付かず、ぎゅっと杖を両手で握り締める。
(利かなかった。わたしの防御魔術が、あの人には全く利かなかった。あの時の闇魔の攻撃はものともしなかったのに、どうして――)
「――アシュレイ、アクセル!」
 エマの叫び声で、沈んでいた意識が戻る。支援するのをすっかり忘れていた事に気付き、慌てて杖を構えながら顔を上げて、目を見開いた。
 前方では、ブレーズに吹き飛ばされたアシュレイがアクセルを巻き添えにして採掘所の岩壁に衝突し、二人は折り重なるようにして倒れ込んでいた。意識が朦朧としているらしい彼らに向かって、龍騎士の槍が迫る。
「止めろ!」
 慌ててエマが走り出すが、焦燥からか足が上手く動かせず更にはアシュレイ程のスピードも無い為、間に合いそうにない。
「駄目……!」
 何もできる筈が無いのに、ターヤは手を伸ばす。
 頭を抑えながらも何とか起き上がったアクセルに槍が突き刺さる。
「――〈灼熱の盾〉」
 直前で、炎の壁がその間に出現して攻撃を遮っていた。
「ちっ!」
 至近距離で感じる灼熱を受けて、ブレーズは弾かれるようにして後退する。そして相棒と共に突然の闖入者をかなりの形相で睨み付けて、次の瞬間には蒼白な表情になった。
 後方に下がってイーライを背に隠して護っていたスラヴィも、アシュレイを庇おうとして抱き締めていたアクセルも、二人を助けようとしていたエマも、ただ空しく手を伸ばすだけだったターヤも。その場に居る全員が、彼女から視線を外せなかった。
「本来ならば、自業自得なのでしょう」
 その沈黙の中でただ一人、銀髪の少女は口を開いていた。
「ですが、貴女方を死なせる訳には参りません。その為でしたら、私は貴女方に加勢させていただきましょう」
 その右手に、厚めの書物を持ちながら。静かに、しかし気を抜けば圧倒されてしまうような眼で周囲一帯を見据えながら。
 黒を纏った少女は、そこに立っていた。
「『レガリア』……!」
 ブレーズが彼女を見ながら震える声で呟いた言葉は、全員がはっきりと聞き取っていた。
 驚愕の顔でエマが少女を見る。
 けれども、他の五人にはさっぱり意味が解らなかった。
「なぜ、おまえがここに?」
「貴方とは初対面かと思いますが? それに、私は『レガリア』などと言う名前では決してございません」
 完全に血の気の引いたブレーズとは対照的に、銀髪の少女はまるで他人事のよう。

「けれど、貴方の御名前は存じ上げておりますよ? 二大ギルドが片翼〔月夜騎士団〕クレッソン派所属の《暴れん坊》ことブレーズ・ディフリングさん?」
 所属ギルドから異名に名前まですらすらと告げられた龍騎士は、思わず動揺を見せる。
 それに対し、彼女は薄く笑んでいた。
「どうやら貴方は私のことを御存知のようですし、ここは引いていただけませんか?」
 軽く傾けられた首に、しかし一度は生唾を呑み込みながらもブレーズは屈しなかった。
「っ、敵前逃亡など騎士の恥だ! そのような行為ができるか!」
「そうですか、それは残念です」
 瞳は閉じられて眉は下がっていたが、対して残念でなさそうな声で彼女は言う。寧ろ、僅かながらにこの状況を楽しんでいるようにも思えた。左手が、書物の上を緩やかに滑る。
 その余裕すぎる態度に圧されながらも、ブレーズは再び槍を持つ手に力を込める。
「俺様は仇を取りたいだけだ! これはクラウディアの望みでもある!」
「クラウディア? あぁ、彼女の名ですね」
 訝しげな顔からすぐに納得の表情へと移り、少女は今度こそ本心から眉を落とした。
「《守護龍》アストライオスの残し仔ですか」
「「!」」
 アクセルの顔から一気に色が失われる。
 それはターヤとイーライとエマも例外ではなく、意識の無いアシュレイと無感情なスラヴィだけが何の反応も見せなかった。
「おまえが認めるという事は、やはりそいつが犯人だったんだな」
 鋭い視線をアクセルから自身の掌へと移し、ブレーズは拳を握り締める。
「ああ、そうだ。親に捨てられた俺様を育ててくれた、俺様とクラウディアの父親だった……!」
 その言葉に、ターヤの胸がずきりと痛んだ。自分は記憶喪失だから家族について何も覚えてもいない上、家族が居るかどうかさえも分からないというのに。どうして、これ程にも心が痛むのだろうか。
 そこで、金属音が響き渡った。
 現実に意識を引き戻して首を動かせば、アクセルが茫然と座り込んだまま柄から手を離していた。所有者の手を離れた大剣は、そのまま地面で数回音をたてて跳ねてから、遂には動きを止めて沈黙する。
 それまで一言も口を挟まなかったスラヴィが呟く。
「『魔物は人間よりも強いからね。餌としてしか見てないんだよ』――とある少女の言葉」
「違う!」
 即座にブレーズは否定した。
「父上は――アストライオスは、俺様のことを本当の子供のように可愛がってくれた! 決して他の人間に対するような態度を取られた事など無い!」
「龍が、人を育てた?」
「嘘ではありません」
 アクセルの呟きに答えたのは銀髪の少女だった。
「ディフリングさんは生来『龍と心を通じ合わられる素質』を有しておりまして、そこを買われて〔月夜騎士団〕に入団されたそうですから」
 彼女の素性はこの場の誰も知らないというのに、どうしてかその言葉は真実として皆の中に浸透してきた。
 しかしまさか、多種族を見下す傾向にある筈の龍が人間を育てるとは。最初にブレーズがアストライオスの息子だと名乗った時にも内心驚愕したが、事実だと解ってからは更に驚きが増した。
「そこまで知っているとは、流石は『レガリア』だな」
 ブレーズもまた舌を捲く。
 対して、銀髪の少女は表面上だけは笑っていた。その呼称は気に入らないとでも言うかのように。
「ですから、私の名は『レガリア』では御座いませんと申した筈です。それよりも、即急に御帰りいただけませんか? 私にも予定というものがございますし」

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