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七章 天地の攻防‐revenge‐(10)

「できる訳が無い! 俺様はそこのドラゴンスレイヤーを討つ為に来たんだ! おまえこそ、なぜそいつらに肩入れする?」
 彼の問いに、少女は少しの間だけ思案げな顔になる。
「理由は申せませんが、今はまだ、あの方々に死なれては困るというだけです」
 どこまでが本心か解らない意味深な笑顔を彼に見せて、何とも裏の隠されていそうな意味深な声で、一見理解できるようで理解できない意味深な言葉を紡いだ。
 当然の如く、他の四人にも解らない。
 ブレーズは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「団長の言う通り、掴めない奴だな」
(『団長の言う通り』?)
 その部分がターヤには引っかかった。
「まあいい。俺様は、そいつを――アストライオスの仇を取るだけだ!」
 龍騎士は吼えるや、龍を降下させてくる。
「来ます」
 少女が叫ぶようにして再び書物を構えた。
 その声に素早く反応して、いつの間にかアクセルの近くまで来ていたエマが、彼とその腕に抱えられた少女を後方へと誘導する。
「逃がすか!」
 ブレーズの相棒クラウディアは、その背に向かって炎弾を放つ。
「〈盾〉」
 しかし、その攻撃は少女の防御魔術によって阻まれた。
 それは先程ターヤが使用したものと同じなのに、明らかに効力が違う。完全に炎弾を防ぎきった上、煙が張れても盾自体が消えている事も壊れている事も無かった。
「……!」
 唇を噛み締めずにはいられなかった。
「ターヤ! アクセルとアシュレイを頼む!」
 かけられた声に意識を戻せば、前方にはアシュレイを抱えたアクセルを連れたエマが居て、彼はそう言うとターヤの返事も聞かずに戦線へと走っていってしまった。
 アシュレイは完全に意識が無いらしく、対してアクセルからは生気が感じられない。
「アクセル、とりあえずアシュレイを治すから腕を退けて」
「あ、あぁ」
 まるで人形のように覇気の無い彼は言われた通りにした。
 ターヤはあえて何も言わず、気を失っているアシュレイに〈治癒〉をかける。どうやら彼女はただ気絶しているだけのようで、特に大きな外傷も無かった。その事に安堵してから、次にアクセルを見る。彼もまた目立った傷は無かった。
「アクセルはアシュレイとここに居て」
 だが現状の彼では戦闘は不可能だろうと推測し、そのように決断した。
 案の定、アクセルは表情を変えずに小さく顎を動かして肯定の意を示しただけだった。彼自身もまた、今の状態ではかえって足手纏いになる事を痛感していたのだろう。
 視界の中で繰り広げられる光景に震えたイーライを、抱き着かれたスラヴィはひたすら撫でて落ち着かせようとしていた。彼は既に今日一日で何度も〈結界〉を発動しており、今もこうして使用している。いつ維持できなくなるかは判らなかった。
(わたしが、頑張らなきゃ)
 決意も新たに、ターヤは四人を護るように直立しながら、眼前の戦闘を睨み付けた。


「『流るる清水の誘い』――」
 その頃、件の戦場では銀髪の少女が紡ぐ詠唱が響き渡る中、エマは彼女を援護するべくブレーズと武器を交錯させていた。
「ちっ!」
 時おり相手が舌打ちをするのに対して、エマは息継ぎさえ行わない。ただ淡々と、機械的な動きで相手の攻撃の勢いを利用して受け流していくだけだ。攻撃に移行する気は微塵も無かった。あくまで彼は防御の為の『盾』なのであり、攻撃の為の『剣』ではないのだから。

「おまえ、クラウと似ているな」
「『クラウ』?」
 唐突にブレーズに声をかけられて初めて、エマの意識が戦闘以外に向いた。確かめるように、けれどどこか躊躇うように、問う。
「それは、貴様の相棒の名ではないのか?」
「違う。確かにあいつの名も『クラウディア』だが、俺様の知る人間にも『クラウ』という名の奴が居る」
 その言葉にエマが微かに反応を見せた事には気付かず、ブレーズは攻撃の手は止めずに語り出していた。どうして彼に対してそのような事を話すのか、自分自身でも解らぬままに。
「彼女は無口な奴だった。俺様が何を言おうとも答えないし、返事をしようともしない」
 なぜブレーズが一応は敵である自分にそのような事を話すのか、という疑問がエマの中で生じる事は無かった。彼はただ、無言でブレーズの言葉を聞いていた。
「だが、少しずつ話してくれるようになった。自分のこと、さまざまなこと……そして、殺された弟のことを」
「!」
 エマが凍り付く。
 その一瞬を見逃さず、ブレーズは彼の槍を弾き飛ばした。
 我に返った青年は慌てて〈結界〉の方へと吹き飛んでいった槍を回収しに行こうとするが、その首筋に鋭く尖った槍の先端が突き付けられる。
「おまえは、彼女と――クラウと似ている。どういう事だ?」
 困惑したようなブレーズの問いにエマは答えなかった。代わりに、確信に近いものを持って彼を見上げる。
「まさか、貴方は『彼女』のことを――!」
「〈水流〉」
 しかし、言い終える前に青年の言葉は少女の攻撃魔術によって阻まれた。
 二人は互いに後方へと後退する。
「エマ!」
 そこにターヤが槍を持って駆け寄ってきた。目の前に彼の武器が転がってきた為、拾って届けにきたのだ。
「あ、ああ。すまない」
 武器を受け取るが、はっきりと心中で戦意が萎んでいくのが感じ取れた。闘争心が全くと言って良い程、起きない。普段も別に戦意が必要という訳ではないのだが、今はいつにも増して戦闘に気持ちが向かなかった。
 そんな彼の様子を訝しんだのか、ターヤが覗き込んでくる。
「エマ?」
 大丈夫だと返そうとして、
「!」
 龍騎士が会話の隙に二人を飛び越えて〈結界〉へと向かうのが視界に入った。
「しまっ――」
「〈突き出す岩〉」
 だが、その進行を突如として地面から突き出すように出現した縦長の岩が阻む。
「くそっ!」
 急停止したクラウディアのおかげで激突は避けられたブレーズではあったが、後退せざるを得ない。
 いつの間に移動したのか、〈結界〉の前には銀髪の少女が立ちはだかっていた。少しの急いだ様子も疲労した様子も無く、あくまでも余裕のままで。
「ちっ!」
 舌打ちせずにはいられなかった。
「貴様……どこまで邪魔をする!」
 その怒りの矛先は、少女へと。

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