The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
七章 天地の攻防‐revenge‐(8)
「そうよ。で、〔騎士団〕があたし達に何の用?」
苛立たしげにアシュレイは腕を組んだ。相手が〔騎士団〕の一員だとあってか、彼女は不機嫌な態度を隠そうとはしていない。
すると相手は眉根を寄せた。務めて平静にしようとしている事が窺える様子で、彼は淡々と絞り出すような声で告げた。
「父上の――《守護龍》アストライオスの仇を取りに来た」
「「……!」」
その言葉に、アクセルとターヤは愕然とした。
明らかに動揺を見せた二人を目にした途端、青年の顔色が一変する。
「そうか……貴様らか!」
言うや否や、龍ごと青年は二人へと向けて突進してきた。
「下がれ、ターヤ!」
突き飛ばすようにして彼女を下がらせると、アクセルは抜刀した大剣で真正面から龍の口を受け止めた。しかし相手は空中から降りてきた分勢いが付いており、踏ん張っても足が後方へと押されていく。
「くっ……!」
「アクセル!」
何とかしなければ、とターヤはブローチから杖を引っ張り出した。
その光景を目にした青年が、驚きを顕にして目を見張る。
「! 貴様……まさか《エスペリオ》か!?」
「え――?」
詠唱をしようと構えた彼女だったが、彼の言葉に声が止まる。
彼もまた、心底驚愕したかの如く彼女を食い入るように見つめていた。
「――っの野郎!」
青年の感情に連動してか龍の力もまた弱まったところを狙って、アクセルは思いきり大剣を振り払った。
後退を余儀無くされた青年はといえば、ターヤについてはいったん置いておく事にし、龍を一度上空へと戻らせると、再びアクセルを睨み付ける。
と、そこで龍が一鳴きした。
「何だと!?」
龍の鳴き声は一行には理解できぬものだったが、青年には聞き取れるようで、その面にはまた別の驚きが浮かび上がる。そして彼の視線が、今度は二人ではなくアクセルただ一人だけに向けられたのだった。
反射的に身構える二人の周りには、エマとアシュレイも駆け寄ってきていた。スラヴィはイーライを庇うようにして更に後方へと下がっている。
だが、青年の怒りに燃える眼には、アクセルしか映っていなかった。
「そうか貴様が……! 貴様だけは、確実に殺す!」
それと同時に龍が咆哮した。
龍騎士は斜めに背負った槍を引き抜くと、それを手の中で何度か回転させてから強く握り締める。
「俺様の名はブレーズ・ディフリング! 《守護龍》アストライオスが子! 俺様達の父親を手にかけた事を地獄の果てで後悔しろ、ドラゴンスレイヤー!」
そして、事情を知らぬ二人がその異名に驚く暇も与えず、空中から襲いかかってきた。
「!」
その矛先は勿論――アクセル。
激昂した龍騎士の言動は怨恨と憎悪と殺意とで構成されており、その対象となった青年は最早武器を構える事もできそうになかった。後悔と罪悪感とが全身を支配して、動く気すら起こさない程に硬直させてしまう。
咄嗟にターヤは彼の前に躍り出て杖を構えた。詠唱のことは頭から吹き飛んでいた。
「アクセル下がって! 〈盾〉!」
瞬間、ブレーズが突き出した槍は彼女の盾と衝突し、腕から全身に痺れるような振動が伝わってきた。
それでも相手が盾の強固さに顔を顰めたのを見て、ターヤの緊張は解けて余裕が生じる。
(そうだ、わたしの防御魔術は龍の攻撃さえ防いだもの。だから、この人の攻撃も通さない筈――)
「クラウディアッ!」
龍騎士が叫んだ瞬間だった。
彼の騎乗している龍が応えるようにして雄叫びを上げたのだ。
そして、再びブレーズが攻撃を繰り出した時、
「きゃっ!」
意図も簡単に、まるで飴細工を壊すかのようにターヤの防御魔術は粉々に砕かれてしまっていた。その反動を受けて彼女は後方へと吹き飛ばされる。
「ターヤ!?」
ぎょっとしたアクセルが振り返り、
「後ろよ!」
「――!」
アシュレイの叫びに顔を戻せば、槍がまっすぐに自分を狙っていた。今度こそ本能から反射的に抜刀する。
「〈反射鏡〉!」
地べたに這い蹲った姿勢から、ターヤは必死になって防御魔術を発動させた。
「無駄だ!」
しかし、またしても、あっさりと、普通の硝子を素手で砕き割るかのようにして、それさえも無効化されてしまった。一瞬の事だった。
何事も無かったかのように、龍騎士は軌道のままに武器を振り下ろす。
「ぐっ!」
甲高い金属特有の音を立てて、大剣の刃と槍の先端が衝突した。
地面を削り取りながらアクセルの両足が後ろに下がる。これでも先程と同様に踏ん張ってはいるのだが、いかんせん相手は上空から下方へと体重をかけてきている為、彼の方が分が悪すぎた。
「――っ!?」
突然、ブレーズの腕に痺れが奔る。
見れば〔軍〕の《暴走豹》が自分の腕ではなく、その腕が持つ槍に対して目にも止まらぬ高速の突きを放っていた。そのせいで武器の先端が力を無くして下がり始める。
相手にできた隙を見逃さず、アクセルは渾身の力で槍を弾き返すと、それと同時に素早く後方へと下がった。イーライを護るべくスラヴィが構築していた〈結界〉の中に、一時的に非難させてもらう。
アシュレイもそれを確認してから引き返し、ターヤを助け起こしたエマも彼女と共にその内部へと下がってくる。
とりあえずしばらくは大丈夫だろうと結論付けてから、アシュレイはアクセルを見た。
「どういう事なの?」
「あいつが、ブレーズが……言ってた通りだ」
だが、アクセルは彼女と目を合わせようともしない。
そのどこか自棄になったような態度に、アシュレイが大きく眉根を寄せた。片腕で彼の胸倉を掴み上げる。至極気に入らないと、その眼が堂々と語っていた。
それでも尚、アクセルの態度は変わらない。
「幾ら大義名分を掲げて言い訳しようと、結局、俺のした事は『殺人』だったんだよ」
呟くようなその言葉に、エマが両目を細めた。
どうしたものかと落ち着かない様子でターヤはアクセルとアシュレイを交互に見る。
その間にも、ブレーズとクラウディアは〈結界〉を攻撃していた。徐々に維持が難しくなってきたのか、スラヴィが僅かに表情を動かす。
「ふざけないでよ」
それまでアクセルの胸倉を掴み上げるだけで何も言わなかったアシュレイが、唐突に言葉を零した。
虚ろになりかけた瞳でアクセルは何気無く彼女を見上げて、
「――ふざけんなって言ってのよ、この木瓜茄子!」
突如として烈火の如く怒号を放ってきた彼女に、思わず両目を白黒させたのだった。
傍観者であるターヤとイーライもまた、目を点にしている。