The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
七章 天地の攻防‐revenge‐(7)
「そう言えば、二人は知らなかったよね」
これぐらいならば良いかな、と思いながら言葉を紡ぐ。これは本当ならば、彼自身の問題なのだけれど。それでも、彼女達にならば知る権利があると思ったから。
故にフローラン・ヴェルヌは、告げる。
「ブレーズなら、数分前からちょっと遠出してるよ」
その時の彼の形相を思い起こしながら。
「相棒と一緒に――」
その矛先が向かう相手に同情しながら。
「親の仇を討ちにね」
あの後、下方へと落ちてから二人が来るまでの経緯を、主にアクセルがなるべく詳しく説明しながら、一行はアウスグウェルター採掘所を出るべく、エマとアシュレイが使った道を戻っていた。ただし《守護龍》を殺める結果になってしまった事と、謎の闖入者については省いたが。
それにしてもエマは大剣〈龍殺し〉を目にした事でスラヴィが《鍛冶場の名工》である事を信じてくれたのだが、アシュレイを理解させるのには骨が折れた。何せ彼女は疑い深く人間不信な面がある為、皆が何と言おうともなかなか信用してはくれなかったのだから。結局はエマの説得により納得はしたものの、どう見ても渋々という様子であった。
エマもエマで《守護龍》の姿が見当たらない事が気になっているらしく、そちらを誤魔化すのにも随分と苦労した。
それらを思い返してみると、肩の重みが増えた気がしてくるターヤであった。
(大変だったなぁ)
そうしみじみと感じていたところで、前方の薄暗さの中に明るさが見えてくる。
「あ」
「お、出口だな」
考えとアクセルの声とが重なった。
先導役も兼ねて先頭を歩いていたエマとアシュレイが外に出ていき、ターヤも二人に続こうとする。
「スラヴィ、ちょっと良いか」
が、アクセルの声が耳に届いて足が止まる。振り返れば、青年が少年に向き直っていた。
「採掘所全体に〈結界〉を張ってもらえねぇか?」
次いで聞こえた言葉には、ターヤの方が目を丸くした。
「アストライオスは、もう居ねぇ。一時的にでも、ここを封鎖して誰も経ち入らせたくねぇんだ。あいつが護ろうとしたものを、護りてぇんだよ。大変だとは思うけど……頼む、スラヴィ」
しっかりと腰から上半身を折って頭を下げたアクセルを、ターヤはどうしてか直視できなかった。無意識のうちに、腹部の辺りで両手を握り合わせる。
スラヴィは自分よりも低くなってしまった青年を見下ろした。
「『了解』――とある男性の言葉」
そしてそう応えるや否や、掌を上方へと向ける。
瞬間、アウスグウェルター採掘所全域を〈結界〉が覆い尽くした。
折っていた腰を元に戻すと、アクセルはスラヴィへと笑みを向けた。くしゃくしゃになった、今にも泣き出せそうな悲しげな笑顔だった。
「ありがとう」
少年は何も言わず、立ち尽くすターヤの横をも通りすぎて、洞窟の外へと出ていく。
しんと一気に静まり返った洞窟の入り口内には、アクセルとターヤだけが残された。
「アクセル」
ゆっくりと、口を開く。今度は躊躇わなかった。
「行こう、みんなが待ってるよ」
その言葉に、アクセルが彼女を――光が差し込む入り口の方を見た。
「ああ、そうだな」
頷いて、彼女の後を追って外に出る。
採掘所の外では、嬉しそうな様子のイーライがスラヴィに抱き付いていた。彼の身を護っていた〈結界〉は既に解除されているようだ。背後を振り向けば、洞窟の入り口には薄い膜のようなものが揺らいで見えた。
「何をしてた訳?」
首を元に戻せば、訝しげな表情をしたアシュレイが彼を見ていた。おそらくすぐに洞窟から出てこなかった理由か、あるいは採掘所全体に張られた〈結界〉についてか。
答えるべきかどうか、アクセルが悩んだ時だった。
「!」
誰よりも早く、エマが反応を示す。
「何の音?」
「何かが近づいてきてやがるみてぇだな」
続いて警戒態勢を取ったアシュレイとアクセルも、彼と同じ方向を振り向いた。
それは、空。
彼ら同様に青空へと視線を向けて、ぶるりとターヤは身震いした。別に三人のように接近して来る『何か』を五感で感知できている訳でもないのに、なぜか背筋が寒くなったのだ。
「何か、来るの?」
「『確証は無いよ。でも、その可能性も捨てきれないから』――とある少年の言葉」
彼女に応えながら、同じものを感じているのか身を震わせているイーライを落ち着かせるべく、スラヴィは彼の頭に手を乗せた。
その瞬間。
「「!」」
凄まじい音を立てて風が吹き荒れ、それにより撒き散らされた砂埃が目に入りそうになった為、全員が一瞬の内に視界を失う。
「龍!?」
そして再び見上げた天空には、巨大な影が居た。
がっしりとした巨体に、陽光を反射して鈍く輝く鋼の鱗、流れるように後方に先端が向いている尾、小さな手とそこに付属する鍵爪――最強の魔物たる、龍。
そしてその背には、見慣れたデザインの服に身を包んだ一人の青年が跨っていた。彼は鋭い眼付きで一行を見下ろしている。
「〔月夜騎士団〕!」
アシュレイが苦々しげに叫んだ声が耳に届いた。
「――貴様ら、そこに直れ! 俺様が灸を据えてやる!」
蒼色の龍騎士は開口一番、殆ど怒鳴り声に近い大声でそう叫んだのだった。
その言葉に込められた怒りに、アクセルは反応する。どこか彼の面影が見受けられる龍を目にしてから、彼の内心では嫌な予感が渦巻いていた。
一説によれば、龍は家族と感覚を共有しているという。
まさか、という思いが次第に強まっていく。
「いきなり現れたかと思えば何の用よ、《暴れん坊》?」
その事など知らないアシュレイは、一行の先頭に進み出ると警戒心も剥き出しに問う。
「《暴れん坊》?」
聞いた事の無い単語を耳にしたターヤは、普段のようにエマに問おうとした。
だが、彼の両目は極限まで大きく見開かれ、龍の背に乗った人物をこれでもかという程凝視している。周囲の音など耳には入っていないようだった。
「エマ?」
訝しげに彼を見たところで、ターヤに答えが返ってくる事は無かった。
一方、そこで初めて《暴れん坊》と呼ばれた青年はアシュレイに気付いたようだった。
「貴様は、《暴走豹》か」