The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
七章 天地の攻防‐revenge‐(5)
やはり、こういう時に相手にかけられそうな言葉が、何一つとしてターヤには思い浮かばなかった。どうしようかと何気無くスラヴィを振り向いて、
「あれ?」
彼が居ない事を知る。どこに行ったんだろうと更に視線を動かして、
「あぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
その声で我に返ったのか、アクセルが眉を顰めて彼女と同じ方向を見る。
「いきなりどうしたってんだ――あぁ!?」
二人の視線の先、《守護龍》の初期位置である空間の奥の方では、いつの間にかスラヴィが〈星水晶〉の探索を開始していた。二人の協力は得られないと知り、一人で捜す事にしたのだろう。
慌てて彼を止めようと飛び出しかけて、
「――二人共! 無事か!?」
突如として聞こえてきた声に振り向かざるを余儀なくされた。
だが声の主を知った瞬間、ターヤの表情が輝く。
「エマ! アシュレイ!」
「その様子だと、無事みたいね」
エマの後ろから現れたアシュレイが、どこか安堵したように一息吐く。
「おまえら、どうやってここまで来たんだ? 中には闇魔が蔓延ってただろ?」
驚いたように問うたアクセルに、エマが僅かに視線を逸らした。
逆に、ターヤとアシュレイは不思議そうな様子だ。
「でも、この空間に来るまでわたしとアクセルは一度も遭遇しなかったよね」
「あたしとエマ様も遭遇したのは最初の方だけよ。それに、なぜか気が付けば居なくなってたし」
「ターヤの場合は俺が居たからだ。どうも闇魔に嫌われてるらしくてな」
ターヤの疑問にはアクセルが答えた。
その答えに皆が驚きを顕にする。かの闇魔を近寄らせないような体質とは、いったいどういう事なのだろうか。
「それが本当なら、あんたは本当に何者なのよ?」
不審な眼になったアシュレイに、アクセルは頭を掻く。
「相変わらず疑い深い奴だな。けど、俺はおまえらの方が気になるっての。俺と同じ体質でもなさそうだってのに、殆ど遭遇しなかったとかどういう事だよ?」
答えるべきか否かエマは逡巡して、
「――『ねぇねぇ、お話終わった?』――とある少年の言葉」
いきなり割り込んできた声に、結果的に助けられた。
そして二人は、ようやくそこで自分達以外に別の存在が居た事に気付く。
「誰!?」
逸早く反応したアシュレイが振り返れば、そこにはこの空間を構成している物質と似たような物体を腕に抱えたスラヴィが立っていた。
彼に気付いたターヤとアクセルは、あ、となる。
二人の反応から知っているのかと推測したアシュレイは、彼らへと問う。
「こいつ、誰?」
「あ、えっと――」
「『《鍛冶場の名工》スラヴィ・ラセター』――とある人々の言葉」
ターヤが紹介するよりも早く、本人が名乗っていた。
「「「は?」」
そしてその名前と口調を耳にした瞬間、エマとアシュレイの声が見事に重なった。
「フ~ロくんっ!」
背後からかけられた陽気な声に、青年は思わず振り返ってしまった。そして、すぐさま後悔する。
そこに立っていたのは一人の女性だった。ボブカットのように綺麗に切り揃えられた山吹色の髪に、くりくりした同色の瞳。彼女は年齢で区別するならば女性だが、その精神は大人びた少女と称しても過言ではなかった。
反射的に、嫌そうな表情で彼女の名を呼ぶ。
「アスロウム」
「だめだめ! ちゃんと『セレス』って呼んでくれなきゃ!」
しかし、彼の表情に全く気付いていないのであろうセレステは、頬を膨らまして訂正してきただけだった。
その子供っぽさ全快の仕草に、フローランは内心で頭を抱える。本当に、眼前のこいつこと《爆弾魔》セレステ・アスロウムの扱いにだけはとことん困る。まだ、あの《道化師》ディオニシオ・オッフェンバックの方が、いろいろな意味でましかもしれないと言うものだ。あくまでも、かもしれないの領域ではあるが。
彼女と話すと疲れるであろう事は目に見えていたので、フローランは踵を返そうとした。
「あ、待て!」
「っ!」
だが、背後から思いきり飛び付かれた。勢いが付加されて地味に痛い。
「アスロウム?」
「だって、フロくんが止まってくれないからだよ~」
格段に低くなった声と眼に睨み付けられても、やはり彼女の様子と態度に変化は無かった。寧ろ、その不満そうに膨らんだ頬に軽く苛立つ。こいつはどこまで鈍いんだと思いつつ、自分が譲歩する事にした。
「解ったよ。ただし、ファーストネームで呼ぶのは構わないから、その愛称で呼ぶのは止めてくれないかな?」
すると、返ってくるのは呆れ顔だった。
「ほんと、君ってエディちゃん以外にはその愛称で呼ばれたがらないよね」
「僕のことをその名で呼んで良いのはエディだけだから。あと、彼女のことを『エディ』と呼んで良いのも僕だけ」
「ま、別に君の呼称は何でも良いんだけど。でも、それくらいは良いじゃん。君は『フローランくん』なんだから、あの子ぐらいエディちゃんと呼ばせてよ!」
ぷぅ、と彼女はまるで風船の如く、両側の桃色がかったふにふに餅肌の頬を膨らませた。
(二十代のいい歳こいた成人がする仕草じゃないな、これ)
「はぁ、エディに訊いてみれば?」
どうせ許容されないんだろうけど、と心中で付け足しながら一応は了承しておく。
そうすれば、彼女は「おぉ」と拳で掌を叩いた。
「じゃ、エディちゃんを探しに行きましょ! んで、肝心のエディちゃんは? どこ?」
するりと腰から腕が消えたかと思えば、今度は右腕に軽い重みが伸しかかってくる。
「アスロウム」
「セレス」
「セレステ」
「セ・レ・ス」
「……セレス」
「宜しい」
うんうん、と何度も首を縦に振るセレステは、完全に自己満足である。
かなり上機嫌な様子の彼女に強引に押し切られてしまったフローランは、誰に対してなのかも解らないばつの悪い表情を浮かべて引き摺られて行くがままだった。
その異色の光景に、廊下で擦れ違う誰もが目を点にする。
それを横目で見るフローランとしては、彼ら全員の表情が鬱陶しくて鬱陶しくて仕方が無いので殺ってやろうかとも考えたのだが、やはり止めておく事にした。あろうことかギルド内で不祥事を起こせば、自身の属する派閥が一気に不利な状況下に置かれる事が目に見えているからだ。
その代わりとばかりに、溜め息を一つ。