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七章 天地の攻防‐revenge‐(4)

「それは、まだ御話しできません。時が満ちてはいませんから――」
 だが、やはり答えてはもらえなかった。アクセルが突っ込んでくれるかと少しだけ期待したのだが、生憎と彼も言葉の真意と意味を理解して知る為の作業に没頭しているらしく、口を挟んで来る事は無い。
 ただし、全く理解に及ばない二人とは違い、スラヴィだけは彼女との意思疎通が図れていたようだったが。
「申し訳ございません、何も御伝えできずに」
 少女は下げていた頭を上げると、どこか躊躇うようにして続きを紡ぐ。ターヤにしか届かないくらいに、小さな声だった。
「もし、貴女が自身について知りたいと思われるのでしたら、エディット・アズナブールさんを訪ねてください」
「え? エディット、を?」
 一瞬、聞き間違いかと思った。彼女ならば、エンペサルでの状況から、自分達が彼らと遭遇すれば瞬間的に戦闘が勃発しそうだという事くらいは把握していそうに思えたというのに。
 しかし、ターヤの思いとは裏腹に少女は頷いた。
「はい。正真正銘〔月夜騎士団〕に属するエディット・アズナブールさんです」
 同姓同名の別人であれば良いと思っていたのに、返ってきたのはあくまでもターヤにとっては迷い、困惑するだけの答え。
 そこに畳みかけるようにして、少女は更に声で促してきた。
「もしも彼女に話を訊いてみようと思われるのでしたら、『世界樹の街』について御尋ねください。ただ、最悪の場合は貴女の生命の保証ができない事だけを御忠告しておきますが」
 二句目にぎょっとしたターヤだったが、少女は唐突に表情を笑みへと変えて、
「それでは、皆様の欲する『答え』が『道』へと繋がらん事を――」
 今度こそ誰の目の前でも立ち止まらずに、そのまま彼女は歩を進めていく。体重を感じさせない羽のような軽い足取りで。銀髪を靡かせた美少女は、結晶に覆われた空間の中から去って行った。
 残された三人は何も言えず、そして何もできない。
 いつの間にか、剣は光を喪っていた。


「何だったんだよ、あの女」
 彼女の気配が消え去ったのを確認してから、アクセルは呆然とした様子で誰かに向かって尋ねた。決して近くに居る二人に回答を求めた訳でも無かったのだが、律儀にもターヤは口を開いてくれる。
「解らない……けど、決して悪い人ではないと思うよ」
「おまえって奴は本当に……」
 どうしてそうやって見も知らぬ他人を信じられるんだ、と呆れたように溜め息を付く。
「まぁ、敵意を持ってなかったから別に構わねぇけどよぉ。それにしても、何であいつは俺の名前を知ってたんだ?」
 図書館では単にアクセルの方が彼女を見かけただけで、名乗った覚えは全く無い。
 だが、そうとは知らないターヤは目を瞬かせてきた。
「知り合いじゃないの?」
「違ぇよ。エンペサルの図書館であいつを見かけただけだ」
 少々苛立ちながら言えば、怪訝そうな顔をされた。
「本当に、それだけ?」
「おまえは何を疑ってんだよ!」
 全く持って普段通り、騒がしくも他愛も無い事で口喧嘩をする。たったそれだけの事なのに、ターヤは内心で酷く安心している自分を見つけてしまった。これは自覚しているよりも相当堪えているようだ。
 だからと言って、犯してしまった事態から逃れられる訳でもないのだが。

「――『手伝ってよ、お願いだから!』――とある女性の言葉」
 突然かけられた声に驚けば、スラヴィが場所は移動しないまま、そこから二人の様子を見つめていた。
 彼の意図するところが解らずにターヤは訊く。
「手伝うって、何を?」
「『ボクはちゃぁーんと、やったんだからね!』――とある少女の言葉」
「答えになってねぇよ」
 呆れたように呟くアクセルに、声には出さなかったがターヤも同意する。スラヴィの言葉はその殆どに遠回し且つ回りくどい表現が用いられており、更には主語や目的語が抜けている事も多い為、即座に彼の意図を理解し辛いのだ。
 けれども、次の句で二人は彼の言いたい内容を察する事となる。
「『勿論、発掘者のすることと言えば一つしかないでしょ?』――とある女性の言葉」
 この発言で、二人は顔を見合わせた。そして再びスラヴィを見る。
「もしかして、〈星水晶〉の発掘を手伝えって事?」
「『当たりだよ~』――とある青年の言葉」
 やはりか、ともう一度二人は視線を交わらせた後、アクセルが口を開く。
「けどよ、幾ら、あいつはもう居ないからって、それは盗賊のやる事だろ? それに、あいつが〈星水晶〉を護ってた理由は聞いただろ?」
 呆れたように、咎めるように、窘めるように、スラヴィを思い止まらせようとした。その裏側で自責の念が強く渦巻いていた事にターヤは気付いていたが、何も言えなかった。
 止められた少年はといえば、首を振るだけだ。
「『でもでも! 報酬をくれるって言ってたもん!』――とある少女の言葉」
「けど、実際に闇魔を倒したのはさっきの奴だろ? それに、俺はまだ――」
 言いかけて、
「!」
 いきなりアクセルが周囲に視線を走らせ始めた。驚愕に染まった顔は、視線がさまざまな方向を向く度に更に驚きの色を増していく。
 彼の唐突な行動をターヤは理解できなかった。
「どうしたの?」
「間違い無ぇ! 採掘所の中に居た闇魔の気配が、どんどん消えていってやがる!」
 返ってきた答えは、ターヤをも愕然させた。
「え? ど、どういう事なの?」
 そうは言われても、アクセルにも理由は解らない。あれだけ採掘所の至る所に蔓延っていた闇魔を――しかも少なくとも中級が何体も居るというのに、これ程さくさくと退治できるなど、本業である彼にもそれ程容易な事ではない。
 ではなぜ、と考えて。
「……!」
 答えは即座に導き出された。
「あいつか! さっきの奴が帰る道すがら闇魔を退治していってるんだな」
 それ以外に至れる可能性は思い浮かばなかった。
「さっきの奴って、あの女の人?」
「どう考えてもあいつしか居ないだろ」
 呆れたように肯定してから、途端に視線を僅かに落とす。
「ターヤも見ただろ? あいつが、一振りで闇魔の大群を消滅させたところを」
 悔しそうに、アクセルは続く言葉を吐き出した。
 どのような理由があるのかは知らないが、彼は特定の属性攻撃を使えずとも闇魔に対して有効な手を持っている。その事実は、彼の中では誇るべき事なのだろう。
 だが、先程闇魔の大群に襲われた時はなす術も無かった。
 それだというのに、突如として現れた見知らぬ相手に簡単にその大群は一掃されてしまった為、今まで保ってきたプライドにひびが入ると同時、どうしようもなく自らのへの悔しさに打ち震えているのだ。

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