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七章 天地の攻防‐revenge‐(11)

「「!」」
エマが速攻で駆けつけようとしかけて、
「なっ……!」
 しかし、振り下ろされた槍を、彼女は左手で難無く受け止めていた。上からかかる重みに押される事も無ければ、その殺力に対して僅かながらも眉を顰める事すら無い。
 それは、力無き『後衛』には決して不可能な現象であり、力ある『前衛』にのみ許された光景である筈であった。
 一行同様に驚きを隠せないブレーズとは異なり、少女は余裕の表情で受け止めた槍を指でなぞっている程だ。
 それが腹立たしく、青年は腕に押し返す力を込めた。出し惜しみなどせず、全力で。
「っ!」
 だと言うのに、まるで巨人と力比べをしているかの如く、少しも押し戻せなかった。
(こいつ……!?)
 今度こそぎょっとして見上げたブレーズに返されたのは、揶揄するような顔。
「まさか、私をただの後衛だとしか思っていらっしゃらなかったとは――貴方は『レガリア』を随分となめていらっしゃったのですね」
「っ!」
 途端に背筋を駆け巡る、寒気。危機感を感じたブレーズはクラウディアに心中で素早く指示を飛ばす。いきなり死角から攻撃をされれば、幾ら名高き『レガリア』とは言え対処は鈍る筈だ。
「どうしますか? 御帰りになられます? それとも、このまま戦いますか?」
 僅かに嘲りを含んだ笑み。それは暗に、このまま戦闘を続けてもブレーズとクラウディアに比が無いという事実を示していた。
 しかし、逆に彼は彼女を嘲る。
「それで俺様が屈するとでも思ったか! クラウディアッ!」
 勝利を確信した雄叫びと同時に龍が銀髪の少女に向けて牙を剥く。
「危ないっ!」
「!」
 ターヤの叫びに少女が右に顔を向けたその刹那、龍が彼女の右腕に喰らい付いていた。その衝撃で本はクラウディアの足元へと吹き飛び、彼女に踏みつけられた。
「……!」
 そこで初めて、少女が僅かに表情を歪める。
 対してブレーズは先程までとは打って変わり、余裕のある勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「動くな。動けば、クラウディアがその腕を食い千切る」
 彼がそう言えば、牽制するかのように龍が顎に力を込める。
 それによって腕を絞める力が強まり、僅か刃が腕に食い込んで少女は更に眉根を寄せた。
「形勢逆転だな」
 少女は何も言わず、眉根を寄せてブレーズを見上げるだけだった。
「ど、どうしよう……!」
 それを後方で見ていたターヤは慌てる。
 エマは何とも言えない複雑な表情で槍を握り締めていたが、何かに気付いたような顔になると、後方を――呆然と座り込むアクセルを振り返って見た。
「そうだ。俺様の要求は、その男を殺す事だけだ!」
 誰かがそうするのを待っていたかのようにブレーズが声を荒らげる。
「槍使い」
「!」
 弾かれたようにエマがブレーズに顔を向けた。
「今すぐ奴を殺せ。でなければ、レガリアを殺す」
 彼がそう言いながら少女に槍を突き付ければ、彼女が小さく反応を示した。

 付き合いの長い仲間の青年か、それとも見知らぬ少女か。ある意味では何とも安易な選択を迫られたエマはどうすれば良いのか解らず、ただ戸惑いながら姿勢を変えずに突っ立っていた。
 それが言葉だけの選択であるならば、彼は即座に青年を選んでいた事だろう。
 けれど、これは紛れもない生命を掛けた選択だ。幾ら『レガリア』と呼ばれる少女が他人であるとはいえ、自分達の窮地を救ってくれた事には変わりない。そうでなくとも、無関係の彼女をここで見殺しにするなどもっての外だった。
「エマ……」
 ターヤはおろおろとその様子を後方から見ているしかできない。そんな自分がひどく情けなくて唇を噛むが、それで状況が激変する訳でもないのだと、また悔しくなった。
(わたしに、もっと力があれば……!)
「それでしたら、私を殺してしてください」
「!」
 唐突な了承に視線を動かせば、龍に右腕を噛み千切られる寸前と言っても過言では無い状況に置かれているであろう少女が、無機質な瞳で少年を捉えていた。そこに、感情と呼び表せる色は無い。
「構わないでください、エイメさん。私には生への執着も未練もございませんので」
 淡々と言葉を繋げていく『レガリア』に槍使いは絶句する。幾ら彼女自身から承諾を得たとは言え、そのような条件が呑める筈も無かった。
 少女の言葉にターヤは杖を握り締め、アクセルの表情は下げられている為に読み取ることができない。
(どうする……!?)
 自らが今まで生きてきた十九年間の中で、最上位に位置するくらい酷く動揺しているという事実にも気付けない程、現在のエマは余裕など持ち合わせていなかった。
「どうする? 槍使い。まあ、どちらを選んだとしても最終的にはその男を殺すが」
「「!」」
 その言葉に今度こそ皆の表情が固まる。
「なら、俺を殺してくれ」
 後方から聞こえてきた弱々しい声に皆が視線を動かせば、アシュレイを抱えたアクセルが諦めたような表情でブレーズを見ていた。
「アクセルッ、戯言は止せ!」
 一呼吸置いてからエマが叫ぶも、彼の表情は少しも変わらなかった。寧ろ、次第に決意の色を増していくだけだ。
「俺だって、死にたくはねぇよ!」
「ならば!」
 再びエマが制止の声を上げようとするが、アクセルは全てを言わせない。
「けど、俺がアストライオスをこの手で殺したのは事実だ。ブレーズに恨まれて殺されても仕方無ぇんだよ」
 彼の声に含まれていたのは大きすぎる自暴自棄と諦めと、強すぎる後悔と罪悪感だった。
「それに、俺のせいで他の奴が傷付くのは、もっと耐えられねぇんだ」
「……っ!」
 その言葉と表情にエマが反論を失う。
 茫然自失の彼とアシュレイを離れた場所に寝かせたアクセルとを見て、反射的にターヤは口元を押さえていた。
「そんな……!」
「良い覚悟だ」
 ブレーズが複雑そうな表情で呟いて、エマは最後の逃げ場を無くした。彼の意思に反し、両足がゆっくりと動き始める。
「エマ!?」
 驚きの声がターヤから上がるが、既にエマの耳にはいっさいの音が入ってこなくなっていた。たった一つ、自分の足音だけが時針のように一定の音を刻んでいるだけで。
 しかしその音は、アクセルへの処刑宣告に他ならなかった。

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