The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
六章 聖地護る者‐Craftsman‐(8)
「アクセルとエマって、何で一緒に旅をしてるの?」
予想もしていなかった質問に、一瞬面食らう。
「ああ……それな。まぁ、最初は利害の一致だったんだよ」
「利害の一致?」
ターヤもまた、予想外の回答に目を瞬かせていた。元々アクセルとエマは『相棒』だと主にアクセル一人が自称する割には、日常においても戦闘においても彼がエマから説教や小言を向けられている印象が強い。あれでは『相棒』ではなく『保護者とその子ども』である。だからこそ、彼の言う『利害の一致』という単語が、どうしてもそのイメージとはかけ離れてしまうのだ。
更に興味が湧いたような目で見てくる彼女から、アクセルは誤魔化すように視線を逸らす。
「まぁな。あんま詳しくは言えねぇんだけど」
その一言で予防線を張られた気がして、何だかこれ以上は訊いてはならない雰囲気だとターヤは感じた。反射的に紡ごうとした言葉を呑み込んでしまう。
アクセルも続ける言葉を持たないのか、二人の会話はそこで途切れた。
(何か、空気を悪くしちゃった)
先程の不注意による落下といい今の雰囲気の悪化といい、自分は悪い方向にしか物事を動かしていない気がする。
と、そこで生じた疑問が一つ。
「……アクセル」
「何だよ?」
いきなり神妙な顔付きになったターヤに何事かとちょっとだけ緊張しつつ、悟られないように表情は変えないアクセルである。
「わたし達って、どうやって助かったの?」
はっきりと覚えている訳ではないが、自分達が落ちた場所は底が見えない程暗く深かったとターヤは記憶している。アクセルが何らかの対処を行ったと考えられるかもしれないが、それならば多少なりとも怪我は負う筈なので、現在これ程までに元気そうにしていられる彼ではないだろう。そして現時点でのターヤには〈空中浮遊〉で人二人分の重量は支えられるだけの力量は無く、それ以外に有効と思える魔術も習得してはいない。また、どちらにしても彼女は気絶していたのだ。
ならば、いったいどのようにしてあの状況を乗り切ったというのか。
ところがターヤが投げかけた質問に、寧ろアクセルは心底驚いたようだった。
「おまえ、やっぱり覚えてねぇのかよ」
「? どういう事?」
訳が解らずに尋ねた瞬間だった。
「――!」
「!?」
突如として、大地を揺るがすような咆哮が空間全体に響き渡ったのだ。
「何これっ……!?」
驚き体勢を崩しかけてアクセルにしがみ付いてしまうターヤだったが、彼はバランスを崩すどころか彼女に気付いてすらいないようだった。その両目が、大きく見開かれる。
揺れが収まったので離れたターヤは、どうしたのかと彼を見上げた。
「……やべぇな」
しかし、冷や汗の流れる顔となってそう呟くや否や、彼は走り出してしまう。
「あ、待って!」
先程と同じだと既視感を覚えながらも、ターヤもまた慌てて彼の後を追って駆け出したのだった。
「――アクセル!」
「――ターヤ!」
エマとアシュレイが反射的に屈んで二人へと伸ばした手は、けれどもあと少しというところで届かない。
その間にも、彼らの姿は瞬く間に闇黒の中へと呑み込まれていった。
「……!」
端正な顔を歪ませて、エマは悔しさを表した。だが、すぐに一息吐くと、いつまでもこうしては居られないと思い、立ち上がる。
そうすれば、アシュレイもまた腰を上げ、再び穴へと視線を落とした。
「降りてみますか?」
「いや、最悪の場合はあの男がターヤに助力するだろう」
暗にリチャードが二人を助けるだろうと結論付けて、エマは首を横に振った。
「私達は、他に下に降りられる道を探そう」
「はい、解りました」
こくりと彼女は頷く。その表情には僅かな躊躇いの色が伺えた。
驚いた、とエマは感じる。彼女は随分とあの二人に心を許し始めているらしい――いや、実際は『二人』ではなく『彼女』にと言うべきか。そこから派生して『彼』にも似たような態度を取り始めたのだろうと推察する。
「エマ様?」
顔を覗き込まれて、我に返る。
「あ、いや、すまない。行こうか」
「はい」
今度見受けられたのは、決意の色だった。
かくして二人は進み始めたのだったが、いかんせん現在の空間だけでも道がごまんと四方八方へと向かって伸びている。この中から目的の道を探し当てるのは容易ではなかった。
「これは苦労しそうだな」
「そうですね。ここから下層までもかなり距離があるようですし、降りるのは難しいかもしれません。それに――」
薙ぎ払うようにして振り払われたアシュレイの剣が、モンスターを真っ二つにする。
「これ程モンスターが出てくるというのも厄介ですね」
流石にモンスターの巣窟というべきか、出現する数は外よりも多かった。中にはレベルの高い個体も居り、彼らに邪魔されてなかなか進めないという理由も有ったのだ。
彼女と背中合わせになるようにして槍を振るいながら、エマは同意する。
「そうだな。しかも、どうやら闇魔も交じっているようだ」
鋭く動かされる視線が、幾つかのモンスターを捉えた。彼らは皆どこか異様で独特な雰囲気を持っている上、以前アクセルが闇魔だと言ったモンスターに通ずるところがある。それは、全身を覆う漆黒の色が証明していた。
アシュレイが眉根を寄せる。
「私もエマ様も光属性の攻撃は持ち合わせていませんし、本当に厄介ですね」
「ああ。どうもここは闇魔の巣窟もであるようだな」
エマの言う通り、視界の端では新たな闇魔がその姿を現していた。影が起き上がるようにして出現する彼らは、着々と数を増やしている。このままではいずれ、二人を覆い尽くす事は簡単に推測できた。
それならば、今すぐにでも突破する方が寧ろ得策だ、とエマは思う。あるいは、アクセルにターヤを任せて自分達は外まで引くべきだろう。闇魔に対して有効な手段を持たない自分達は、逆に足手纏いにすらなりかねない。
「アシュレイ、ここは一旦引いた方が――」
「いいや、ここはあたしに任せておくべきだな」
その言葉遣いに、弾かれるようにしてエマは彼女を振り向く。嫌な、予感がした。
そして、そこに居たのは彼が危惧した通り『アシュレイ』ではなかった。いや、身体は彼女のものだ。ただし、その主導権を握っている人格が違う。それは決して本人ならばしないであろう、侮蔑と軽蔑と嘲笑に塗れた狂気の貌。
彼女は嗤って、片手を軽く振る。
刹那、二人を取り囲んでいた闇魔が一瞬にして吹き飛んだ。他のモンスターをも巻き込んだその攻撃は、最初から彼ら以外この場には誰も居なかったかのように、跡形も無く一掃していた。