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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(6)

「うそっ……!?」
「くそっ……!」
 ターヤの手は掴んだまま、アクセルもまた彼女と共に眼前の闇へと引き寄せられる。
「――アクセル!」
「――ターヤ!」
 そこでようやく追いついたエマとアシュレイは、即座に急いで二人へと手を伸ばすが、どちらともあと少しというところで届かない。
 それを最後に、少女の視界は閉じられていった。


 元々ここアウスグウェルター採掘所は、惑星随一の生産量を誇る鉱物資源の宝庫[プレスューズ鉱山]から採掘された鉱物を外部へと運搬する為の坑道だった。開通してからはヘルメットを被った多数の作業員に利用され、人の居ない時など殆ど無いのではとさえ言われていた程だ。
 しかし、そんな場所も、現在ではモンスターの巣窟と化していた。その理由は未だにようとして知れず、人々も既にこの場を捨て去って近付こうとはしない。
 だからこそ、今は自分達の力でこの窮地を脱するしかないのだとアクセルは思っていた。
「おい、起きろよ、ターヤ!」
 何とか腕の中に引き寄せた少女へと、彼は怒声を向ける。大剣は掴める事にはできるだろうが、それ一つだけでは落下する状況を打開する要素にはなり得ない。
 だが、唯一の策を持つ彼女はといえば、気を失ったのか彼の腕の中で両目を閉じている。先程から何度も呼びかけているのだが、微動だにもしないどころか、全く反応が無い状態なのであった。
(くっそ……どうしたら良いんだよ!)
 内心にて悪態を吐いたところで何が起こる訳でも変わる訳でもないが、吐かずには居られなかった。
(リチャードの奴、何でこういう時に来ないんだよ!)
 姿を見せる気配も無い謎の青年に対しても怒りが湧く。このままでは自分諸共ターヤが見るも無残なありさまになってしまうというのに、彼女を気にかけているらしき彼はいっこうに現れないのだ。それは理不尽な憤りも生じるというもの。
 とにかく、現時点でのアクセルは焦りと怒りがごちゃ混ぜになった心理状態であった。
(とにかく、最悪俺は良いとしても、こいつに大怪我は負わせられねぇ!)
 元より戦闘に特化した前衛《職業》であり、常日頃から鍛えているアクセルは常人よりも身体の構造が丈夫になっている。致命傷さえ負わなければ、例え重症であろうとも時間と自己治癒力、あるいは〈治癒魔術〉が傷を再生させることだろう。
 だが、ターヤは違う。後衛《職業》というのは幾ら攻撃魔術専門であろうと、詠唱中などは誰かに護ってもらう事が前提となっているからだ。故に、そこまで身体を鍛える必要も無い為、どうしても前衛や中衛向き《職業》と比べれば、身体の忍耐力も自己治癒力も低くなってしまうのだ。
 だからこそ、アクセルは彼女に小さな傷は仕方が無いとしても、大怪我だけは負ってほしくなかった。下手をすると死んでしまいかねないからだ。
(つっても、この高さだと、俺も重傷じゃ済まねぇかもな)
 できる範囲で下方へと動かした首に、視線を連動させる。
 かなりの速度で落下しているというのに、未だに闇の底は見えなかった。いったい、どこまで続いているというのか。
(仕方無ぇ、やっぱり武器で何とかするしか――)
「――ここは?」
 唐突にかけられた声に、アクセルは思考を停止させた。見れば、ターヤが静かに瞼を押し上げている。少しだけ安堵を覚えた。
「ようやく、お目覚めかよ! とっとと〈空中浮遊〉を――」
 風圧で発しにくくなっている言葉を紡ぐ途中で、アクセルは言葉を失った。急に風圧が強まって口を開けなくなった訳でもなく、突然それ以外の何事かのトラブルに見舞われた訳でもない。
 ただ、完全に開かれたターヤの瞳に色が灯っていなかっただけだ。

 このどこか虚ろな目を、以前にもアクセルは見た事があった。同じだ、自分達を障害物としてしか認識していなかった、あのインへニエロラ研究所跡の時と。
「……!」
 言葉にできない焦燥が、彼の全身を駆け巡った。
「落下中……。だから〈空中浮遊〉が必要?」
 だが彼女は気付いているのかいないのか、驚いたように状況を把握してから、確認するかのようにアクセルと目を合わせた。そこには以前には無かった意思と感情が窺える。今の瞳ならば信じても大丈夫なのではないか、と内心で誰かが叫んだ気がした。
 無意識のうちに、頷く。
「ああ」
「解った。〈空中浮遊〉」
 彼女が片手を伸ばした瞬間、ぴたり、と二人はその場で停止する。まるでそこに足場があるかのように安定感があり、逆さまに落ちていた筈の身体も正方向を向いていた。何においても今までの不安定さとは真逆で、リチャードに手伝われている時のようだと錯覚してしまう。
 驚嘆するアクセルの横で、少女は首だけで上方を見上げた。光が零れ落ちる穴は遥か遠く、豆粒以下の点としてしか見えない。
「上がるのは難しそうだから、このまま下まで降りる」
 彼女が淡々と告げると、ゆっくりと二人は下降し始めた。
 いつの間にか彼女の右手はアクセルの背中に回っており、現在の態度や魔術の精度も含めて、目の前の人物は本当にあの『ターヤ』なのかと疑問に感じてしまう。なぜか別人のように思えてならず、彼は彼女に声をかける事ができなかった。
 そうして二人は、無事に地面に足を付けた。滞空時間は実際それ程長くはないのだろうが、アクセルには長時間に感じられて仕方が無かった。未だ彼女とは密着したままなのだが、どうにも思うように振る舞えなかった。
 すると、彼女の方から離れてくれて、彼は内心で安堵の息を吐く。
(息が詰まるかと思ったぜ)
 誤魔化すように頭を掻く。どうも今の『ターヤ』は雰囲気も口調も言動も――その瞳も、苦手だ。
「アクセル」
 そう思った直後に振り向かれて、思わずアクセルは内心跳び上がりそうになった。それでも面にはなるべく出さず、平静を装う。
「な、何だよ?」
「ここはモンスターと彼らの巣窟。気を付けて」
 言うや否や、彼女は糸の切れた人形のようにほぼ直立体制のまま前方へと倒れていく。
「おい!」
 慌てて手を伸ばして受け止める。覗き込んだ顔は、安らかな寝顔になっていた。思わず溜め息が零れたのは言うまでもない。
「何がどうなってんだよ、ったく」


『――×××』
『×××。どうしたの?』
『別に。ただオマエを捜してただけだよ』
『わたしに何か用?』
『いーや、単にオレがオマエと一緒に居てぇだけだ』
『どうして?』
『いや、どぉしてって言われてもなぁ……』
『? どうして目を逸らすの?』

 夢を、見た。映像は不鮮明で朧気だというのに、声だけはやたらとはっきり脳内に響いてくる不思議な夢。ただし、どうしても個々の人名らしき個所だけは聞き取れない、やけに現実味を帯びた夢。

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