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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(5)

 イーライは尚も続ける。
「それでね、この『けっかい』のなかならあんぜんだから、じぶんがもどってくるまでここにいろって、そこのどーくつのなかにはいってっちゃったの」
 少年が指差した事で、再び洞窟に皆の視線が集中した後、話題は彼の言う『けっかい』へと移る。
「それにしても、まさか防御魔術ではなく〈結界〉だなんて……その『おにーちゃん』という人は、なかなかの腕前なのかもしれませんね」
「そうだな。人一人を覆う程度とはいえ、どうやら敵意のある者とそうでない者とを選別できる上、長時間発動していられるようなのだから」
 アシュレイの呟きにエマの同意の色を見せた。
 そしてターヤは、初めて目にする〈結界〉に強く興味を惹かれていた。
 結界。それは防御魔術の一種のようで、実際よく混同される上に似ているのだが、厳密には異なる術式だ。魔術を発動する際にはイメージと対象設定と詠唱が必要とされるのに対し、〈結界〉に要るのはイメージと対象設定だけだ。ただし、単にイメージして対象を定めれば良いという訳ではなく、詠唱の代わりに素質が必須となるのである。故に〈結界〉は魔術以上に使い手を選ぶとされている。
 少なくとも、現時点のターヤには使用不可能だった。
(アシュレイとエマの言う通り、その『おにーちゃん』って人は凄い人なのかも)
「ガキ一人残して洞窟探検かよ。何考えてんだよ、そいつ」
「ちがうよ! おにーちゃんはだいじなしごとがあるんだもん!」
 一方、頭を掻いたアクセルには、イーライから怒りの訂正が飛んだ。その両頬はふっくらと膨れ上がり、両腕は抗議するかのように突き出されている。
 だが、アクセルは馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりの顔のままだ。
「こんな所で何の『仕事』だよ? だいたい、そいつについても〈結界〉を扱えるって事以外にはよく解らねぇのによ」
 図星を突く言葉でイーライは答えに窮したようで、先程までの勢いを減速してしまう。
「えっとね、おにーちゃんは……えっと、なんだっけ……?」
 うーん、と胸部で腕を組んで首を傾げながら、思い出そうと奮闘する少年の姿に、思わず内心で「頑張って!」てエールを送ってしまうターヤである。
「えっと……あ、あす……なんとかをさがしにいくんだ、っていってたんだけど……」
 その甲斐があったのかまでは解らないが、少年はその『おにーちゃん』が採掘所で行おうとしている仕事について思い出す事ができた。しかし、その探し物の名称までは呼び起こせなかったようだ。
 案の定、アクセルは解るかとばかりの呆れ顔になっている。
「あす何とかってなんだよ、あす何とかって」
 子どもにも容赦の無いアクセルには、言わずもがなエマとアシュレイが冷たい視線を送っていた。
 無論、彼はイーライにも反論された。
「うー……それをいま、おもいだそうとしてるの!」
 先程よりも更に膨れながら、イーライは考え込む。
「えーっと……あ、あす、あす……あぁ!」
「な、何だよ?」
 唐突な大声に驚いてしまったアクセルは、それを隠し通そうと平静を装う。
 けれどイーライはそんな事には構わず、思い出したと言わんばかりのすっきりとした表情をしていた。
「あすとらいあ! おにーちゃんがさがしにいくっていってたもの!」
 彼が口にした単語で、瞬く間にアクセルの顔色が一変した。
「アストライア、だと!?」
 相手の変化には気付かず、イーライは頷く。
「うん、そーいってたよ。それが、どーしてもひつよーなんだって」
「〈星水晶〉、最高のレア度数を誇る最高級鉱物資源か。という事は、かの『おにーちゃん』という人物は商人、あるいは職人という事になるな」
 他にも《違法仲介人》という密売系の選択肢も考えられたのだが、彼を尊敬しているイーライの手前、エマはそちらを口にしようとは思わなかった。視線が、何事かを知っているらしきアクセルを捉える。
 だが、彼はその気配にも気付いていないようで、何事かを思案しているようにも見えた。

「――あぁくそっ!」
 いきなり叫ぶや否、アクセルは主にエマとアシュレイに視線を向ける。
「おまえら、そのガキを頼むぜ!」
 そう言うと、彼は速攻で洞窟へと向かって走っていった。
「え……アクセル!?」
 何が何だか解らず、反射的にターヤは彼の後を追っていた。他を見る余裕など無かった。
 すぐには状況が理解できずに間を置いてしまった二人もまた、彼らの後を追おうとして、
「――!?」
 アシュレイの動きが、止まった。彼女は片手で強く胸元を掴み、苦しげに冷や汗を垂らしながらも、原因が解らないといった表情をしている。服を握り締める手には、徐々に力が籠っていく。
 彼女に気付いて、エマの足もまた止まる。
「――!」
 そして、彼女の様子が意図するところに気付いて両目を見開いた。
 そちらには気付かず、アシュレイはまるで服を引きちぎらんとするかのように強く握り締めていた。
「な、に……これ……!?」
 一方、ダンジョン外にて仲間に起こった異変など知る由も無い二人は、ひたすらに進む。青年は奥へ奥へと走っていき、少女はその後を追う形で。流石に相手の方が体格においても身体能力においても高い為、既に間隔は大きく開いていたが。
「待っ、て……! アクセル……!」
 それでも、ターヤは必死になって彼を追いかけていた。息はとっくのとうに上がっている。
 前方の青年は止まらない。その背中は時間に比例して小さくなっていく。
(これじゃあ、絶対に追いつけない……!)
 一度足を止めて呼吸を整え直すべきか、とも思う。
(エマとアシュレイも、来てないみたいだし……)
 軽く後方を確認した限りでは、誰も居ないようだ。
 そう思っていると、突然暗さが明るさへと変わる。いつの間にかターヤは一本道から開けた空間に出ていたのだ。そこは相変わらずの道幅ではあるものの、途中から枝分かれをして迷路のようにもなっており、更には周囲の壁や天井などの至る所から水晶が生えている場所でもあった。
(きれい……)
 彼女は現在の目的も忘れて、思わず周囲の幻想的な光景に見入ってしまう。それに伴い、ぐんと走る速度も落ちていた。
 それが、またも自身の命取りになりかけるとも知らずに。
「――っ!?」
 突然、足ががくんと下がった。何事かと動いた目の先にあったのは、地面を踏み外す足と、その先に広がる真っ黒な空間で。他の事に目を奪われていたせいで、丁度細くなっていた道を踏み外したのだ、と気付くのはすぐだった。
「っ!」
 声にならない悲鳴を上げて、彼女はまたも落ちていく。
「っ……!?」
 筈が、その手を掴む手があった。
「ったく、何やってんだよ、おまえは」
「アクセル!」
 驚きが表情を占領する。間一髪で彼女を宙吊り状態とはいえ落下から救ったのは、もっと先まで進んでいると予想されていたアクセルだった。彼は呆れ顔を浮かべている。
「本当におまえってよく落ちてるよな。そういう呪いでもかけられてるのか?」
 一転、からかうような笑みを向けられるも、ターヤは返す言葉も無い。図星すぎてひたすら恥ずかしかった。
 彼女のそんな様子に、アクセルは仕方が無いという顔をした。
「そのままじっとしてろよ」
 今持ち上げてやるからな、と続ける前に、身体が傾く。
「は?」
 きょとんとした彼の視界に入ったのは、二人分の体重がかかったからか、呆気無く崩れる足元と、その流れに呑まれて暗闇へと向かう自身の右足だった。次いで身体に左足と、最終的には全身がターヤ同様に下方へと吸い込まれるようにして落下していく。

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アストライア

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