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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(4)

「女装癖は直ったのかい?」
 負けじと二の句を紡いでくる女性は、どこか楽しげだった。
「一応は」
 だからこそ、青年も彼女に付き合って、今知りたい事とは何の脈絡の無い会話を続ける。
 ツィスカもそれを痛感しているからこそ止めようとはしない。
 そこで何となく会話が途切れて、けれどツィスカは再開しようとも思わなかった。あれだけ再会できた事を喜んでいた筈の感情は、いつの間にかどこへともなく消え失せていた。
 現在、彼女の心を占めているのは一人の少年――青年だけだ。
「ハーディ……」
 衝動のままに紡がれた想いは、密かに後方の青年にも届いていた。


 その頃、一行はテーミ火山沿いにアウスグウェルター採掘所へと向かっていた。イーライという名の子どもの安否は知れない為、自然と進行も駆け足になる。
 そうして件の場所まで辿り着いた彼らが目にしたのは、件の人物と思しき小柄な姿と、彼を取り囲む複数のモンスターの群れだった。
「助けなきゃ!」
 叫んだターヤが杖を構えるよりも速く、三人が彼女を越えてモンスターへと飛びかかっていく。その速さに唖然としかけるも、すぐに我に返って詠唱を開始した。
 その間にも、モンスターの数は着々と減っている。それほどレベルも高くないと看破したのか、普段は前衛二人のサポートに徹する事の多いエマも、今回は攻撃に回っていた。
「〈防護――」
 少し遅れて、ターヤもまた子どもの周囲に防御魔術を展開しようとする。
「……あれ?」
 だが、詠唱を終えて発動までこぎつけたところで、そこには既に別の防御魔術が張られている事に気付いた。
「どうした!?」
 彼女の反応を訝しく感じたのか、猪を屠るついでとばかりにエマが視線を寄こしてくる。
 アクセルとアシュレイは彼に任せて、気にせずモンスター退治に専念しているようだ。
「えっと、何か既にイーライの周りに防御魔術が張ってあるんだけど――」
「はぁ!?」
 途端にエマではない方向から声が飛んできて、思わずターヤの肩が跳ねる。
「つー事はなんだ、そのガキが防御魔術を使えるって事なのかよ?」
 そちらは見ずに狼を一振りで薙ぎ払いながら、アクセルが問うてくる。
 だが、そうは言われてもターヤに解る筈も無かった。
「本人に訊いてみれば解るんじゃないの?」
 最後の一匹を目にも留まらぬ速さで何度も突いて倒し、そのまま流れるようにレイピアを鞘に納めたアシュレイが、こちらは振り向かずに言った。その鋭い双眸は、他に伏兵が居ないかどうか確認している。
 言われてみれば確かにそうだ。さりげなく三人が開けてくれた道を通り、ターヤは件の子どもの許へ向かった。
 謎の防御魔術の中、その子どもは低く平らな岩に腰を下ろしていた。容姿から察するに、おそらくは十代にも満たない少年であろう。突然現れた四人を最初は丸くした目で眺めていた彼だったが、モンスターを倒す姿から自分の敵ではないと判断したようで、ターヤと目が合った時には特に取り乱した様子も無かった。
「えっと、あなたがイーライ?」
「おねーちゃん、だれ?」
 質問には質問で返された。だが、それが当然の反応だろう。
「えっと、わたし達はトランキロラの人達に頼まれて、あなたを助けにきたの」

「! オーソンがつたえてくれたの!? オーソンはぶじなの!?」
 瞬間、少年は跳び付くようにして、眼前に膝を付いて目線を合わせていたターヤの襟元を掴む。畳みかけるようにして、質問を連続で投げてきた。
 これには驚いた彼女だったが、相手の勢いに気圧されて、反射的に頭を何度か盾に振った。
「う、うん!」
 すると少年の手が、力が抜けたかのように離れた。その顔には安堵の色が浮かび、両手は胸の前でぎゅっと組まれる。
「そっか……よかった」
 きゅーっと力の込められた表情を見て、ターヤは違和感を覚えた。
(あれ、もしかして、この子って――)
「ターヤ、彼がイーライか?」
 かけられた声で振り向き仰ぎ見れば、三人の姿が視界に入っている。どうやらモンスターは全て討伐し終え、他に気配も無かったのでこちらに来たようだ。
「あ、うん。この子がイーライだよ」
「おにーちゃんたちも、むらのみんなにたのまれたの?」
 気持ちターヤの陰に隠れるように、イーライは残りの三人を眺めた。
 それを見越してか、エマはターヤ同様に腰を下ろして少年と目の高さを合わせる。そして、優しく柔らかく微笑んだ。
「ああ、村の方々と、オーソンに頼まれて君を迎えに来たんだ。既に治療を施してきたから、オーソンについての心配も要らないよ」
 途端にイーライは満面の笑みとなる。心の底から嬉しくてたまらない、とその顔が物語っていた。
「おにーちゃんおねーちゃんたち、ありがと!」
「礼には及ばない。さあ、村へ帰ろう」
 安心したようにエマが手を差し出す。
「ううん、ぼく、まだかえらない」
 だが、予想外の事に、少年は首を横に振ったのだった。
 これには一行全員が唖然とする。
 少年は別に彼らを嫌がっている訳でも敵視している訳でもなく、信頼している様子だ。まだかえらない、という言葉から考えるに迎えを拒まれた訳でもない。ならば、なぜ。
 その答えは、すぐに提示された。
「ぼく、ここでおにーちゃんをまってるんだ!」
 どこか嬉しそうな声で、少年は顔を横に向けた。
 一行も彼の視線の先を追う。
 そこにあったのは、洞窟の入り口と思しき穴だった。ぽっかりと大口を開けたそれは、奥の見えない暗闇の中へと一行を誘っているかのようで、ターヤは少々寒気を感じた。
「あそこって……」
「アウスグウェルター採掘所の入り口でしょうね」
 冷静に分析するアシュレイの言葉に、益々ターヤはぶるりと肩を震わせる。
「ところで、貴方の言う『おにーちゃん』とは何者だ? その人物が、この防御魔術を張ったのか?」
 向き直ってきたエマの問いに、イーライは口を開くが、当時の状況を思い出したのか表情を曇らせた。
「えっとね、オーソンがむらのみんなをよびにいって、ぼくはそこのしげみにかくれてたんだ。でも、もんすたーにみつかっちゃって……」
 しかし、瞬時に暗さは消え去り、その瞳はきらきらと輝いた。
「だけど、そこにおにーちゃんがあらわれて、ぼくをたすけてくれたんだ! びゅんっ! ってとんできてぼくをかかえてここにすわらせて、ばんっ! って『けっかい』をはつどーしてもんすたーをはじきとばしちゃって、びゅんっ! ってまたとんでいって、うでからだしたほーちょーでぐさぐさっ! ってもんすたーをたおしちゃったんだよ!」
 そのどこか誇らしげで興奮した年頃の少年らしい様子を見て、思わず微笑ましく感じたターヤは小さく笑う。彼は本当に『おにーちゃん』という人物を尊敬しているのだと、手に取るように解ったからだ。

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