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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(3)

「でしたら、私達がそのイーライという子の救出に向かいます。私はまだ若いので、簡単には信用できないかもしれませんが、必ずその子を助けます。ですから、皆さんは村で待っていてください」
 胸に手を当てて真摯なまでにアシュレイは宣言すると、返事を待たずに三人――主にエマを振り向いた。
「エマ様、構いませんか?」
「ああ、すぐにその子どもの救出に向かおう」
「そんなこといちいち訊かなくても良いっての! な、ターヤ?」
「うん、早く行こう!」
 仲間達が即座に同意するのを確認すると、アシュレイは村民達に一度軽く会釈してから、先頭をきってトランキロラを飛び出していった。その後に、残りの三人もまたそれぞれ会釈しながら続く。
 彼らの姿を見送ってから、村民達は芽生えた安心感を一気に爆発させた。
「それにしても、まさか偶然軍人さんが来てるとはなぁ!」
「良かった……これならイーライも無事ね!」
「軍人さんじゃなかったみたいだが、治癒魔術を使える子や大人の男性も居たしな。これなら、安心して村で待てるよ」
「そういえば、その子にオーソンを治してくれた礼を言うのを忘れてたわ」
「大丈夫よ、レニエちゃん。あの娘さんには軍人さん達と一緒に、イーライを連れ帰ってきてくれた時に一緒にお礼をしましょう?」
 口々に話す人々を少し離れた場所で眺めながら、先程ターヤに声をかけた女性もまた彼ら同様に安堵を覚えていた。
(確かに、若いとはいえ軍人が来てたのは不幸中の幸いだし、ルツィーナが居てくれたからオーソンも助かったからね)
 しかし、彼女には気になる点――否、目を背けていた点があった。
(それにしても、何だかルツィーナにしては別人みたいだったね、さっきの子は。顔も背丈も体格も十年前のままだけど……それでも、根本から違う気がするよ)
 普段ならば村民の先頭に立って話を進める女性が、今回ばかりは中心に踏み込めなかった理由。それが、彼女だった。どうしてもその後ろ姿を見かけた時から、今回の村の子ども達の事件よりも何よりも、彼女のことで脳内が占拠されてしまうのだ。
「やっぱり、あの子はルツィーナじゃないのかねぇ……?」
「――今『ルツィーナ』と言いましたか!?」
 女性としては独り言のつもりが、それに反応する声があった。
 驚いて振り返れば、そこに居たのは一人の青年。長い髪を後頭部で一括りにして、驚愕の表情を端整な面に浮かべる美男子だ。
 何より、彼の雰囲気と面影を女性は知っていた。
「あんた、リノかい?」
 リノと呼ばれた青年もまた女性の顔を見て、驚きを上乗せしてきた。
「貴女は、ツィスカさん、ですか?」
 十年という歳月を経たからか、相手の判別にすぐには確信が持てないような声。
 それは女性ことツィスカも同じだった為、しっかりと頷いて見せた。
「ああ、あたいはツィスカだよ。それよりもあんた、こんな所で何してんだい? あんた達は、確か……」
「皆まで言わなくても結構です」
 リノはツィスカから目を逸らし、やはり訊くべきではなかったとツィスカはリノに謝る。
「悪かったよ」
「いえ、謝らないでください。ツィスカさんのせいではないですから」
 申し訳無さそうに笑ってから、思い出したように青年は急に表情を引き締めた。
 彼につられて自然とツィスカも頬の筋肉を強張らせる。
「ところで、今し方『ルツィーナ』と聞こえたのですが……」
「ああ、その事だね」
 やはりと思いながらも頷いて、ゆっくりと口を開く。
 既にツィスカは、先程の少女が『ルツィーナ』ではないという方向に確信めいたものを覚え始めていた。最初に後ろ姿を見かけた時から、そのような気は奥底でしていたのだ。ただ、彼女はまだこの世界のどこかで生きているのだと、盲目的なまでに信じ込みたかっただけで。

「あたいも驚いたんだけど、ルツィーナ本人と言うか……その、あの子にそっくりどころか生き写しの子が居たんだよ」
「ルツィーナにですか!?」
 瞬間、驚きのあまり身を乗り出して来たリノを何とか元の位置に押し留めつつ、ツィスカは神妙な顔持ちで首を縦に振った。
「そうだよ。別人と言うには似すぎていて、けれど本人と言うには違いすぎる」
「違いすぎる、とは?」
「表情と感情が多彩なのと、どうも少しばかり人見知りらしい事と……あとは、変わらないってところだね」
「変わらない?」
 リノは訝しげに眉を顰めた。
 ツィスカ自身もこれだけでは言葉足らずな事は理解していたので、その後に補足の言葉を続ける。彼と、そして自分自身に言い聞かせるように。
「ルツィーナにしては変わってないんだよ、姿が。あの子は十七……いや、多分十六歳の姿のままだった」
「!」
 今度こそ本当の驚愕を表したリノ同様に、困惑の色を顔に映し出して、ツィスカは視線を何も無い地面に逸らした。そのまま黙り込んでしまう。
「本当に、ですか?」
 問うたところで眼前の女性から返ってきたのは声無き回答で、その無言は明らかな肯定の意を表していた。
「いったい、何がどうなってるんだ……?」
 今度こそ混乱した青年の声に、しかし答える者は居ない。
 村民達は既に安心し、それぞれの仕事をする為に持ち場に戻ってしまっており、その場に残っているのはツィスカとリノだけだった。あとは、遊び盛りの子供達が偶に近くを通るくらいだ。
「とりあえず、あたいの家で話さないかい? ここだと、ゆっくりできないからね」
「そうさせてもらいます」
 ツィスカの提案にリノは頷くと、歩き出した彼女の後に連なるように足を動かし始めた。
「今まで、何をしてたんだい?」
「え?」
 投げかけられた唐突な質問に、青年が前方を行く女性の頭を見下ろせば、彼女は振り向いていなかった。
「あんた達のギルドが解散になった後……あんたは、あんた達は何をしてたんだい? 今は、何をしてるんだい?」
 彼女の言葉は皆を指しながら、それでも示しているのはたった一人の人物だけだった。
 その事に気付いている青年は、彼女に見えないのを良い事に思わず表情を歪めてしまう。けれども何事も無かったかのように即座に奥へと仕舞い込み、代わりに困ったような苦笑いを浮かべた。
「それはちょっと、僕にも解りません」
 今度こそ、ツィスカは振り返って見上げてきた。
「兄貴とも一緒じゃないのかい?」
「兄さんには兄さんの事情がありますから」
「そうだね。あんたも、もう立派な大人だもんな」
 心底眩しそうに青年を見上げてから、彼女は一言。
「あたいを抜かしやがって」
「僕はこれでも男性ですから」
 間髪入れずに返答する。確かに言われてみれば、以前この村を訪れた時、自分は彼女よりも頭一個分背が低かった筈だ。
 それも、今では懐かしいだけの思い出にすぎない。

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