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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(2)

「連れてきました!」
 アシュレイがエマに向けて叫べば、村民達もまた彼女らに注目する。
 だが、治療のことで頭がいっぱいのターヤは、今はそれすらも気にならない。アシュレイと共に周囲の人々を押し退けるようにして中心部へと割って入ると、皆に状況を問う事も無く杖を取り出し、高速詠唱を開始する。
「〈治療〉!」
 淡い光が少年を包み込む。
 ちょうどその時ターヤに追いついた女性はといえば、その光景に目を見開いていた。
光が収まった時には、少年が全身に負っていた怪我は、跡形も無く消え去っていた。
「……ぅ……」
 先刻までは呼吸さえも怪しかった少年の口から、呻き声が零れ落ちる。
「オーソン!?」
 瞬間、最も近くで彼を覗き込んでいた女性が歓喜の悲鳴を上げた。バンダナで尻尾のように括られた後頭部の紫髪が、彼女の動きに合わせて四方八方へと縦横無尽に揺れる。
 彼女に次いで、村民達もまた少年の名を呼び、あるいは声をかける。そうすれば、彼が目を開けてくれるのだと信じて。
 そうやって皆の声が少年へと向けられる中、再度小さな声を発して、その瞼がゆっくりと持ち上がった。焦点が定まっていないぼんやりとした瞳のまま、少年は掠れた声を出す。
「……ここ、は……?」
「オーソン!」
 今度こそ、紫髪の女性が少年に跳び付くようにして抱き着いた。
 それまで少年を抱えていたエマは、タイミング良く自然な流れで離れていた。
「おば、さん……?」
 一方、状況が把握できていない様子のオーソン少年はといえば、両目を白黒させている。まだ怪我の後遺症が残っているのか、ゆっくりとした緩慢な動作ではあったが、見回した周囲の様子にたいそう驚いていた。
「みなさん、レニエおばさん、どうして……?」
「どうしたもこうしたも無いわよ!」
 オーソンが問えば、抱き締めたままレニエが瞬時に気迫の籠った声で叫んだ為、小さな両肩が跳ね上がった。次いで、ようやく開かれた瞼が何度も開閉を繰り返す。
 彼女は気にせず、更に腕の力を込めた。
「村のみんなを、あたしをこんなに心配させて……! このばか息子っ!」
 再び怒りを込めて叫んだ母親に、少年は跳び上がりそうになった後、気まずそうに縮こまった。
「無事で、良かった」
 しかし、直後に安堵の息を吐きながら零されたどこまでも真摯な言葉と、先程からずっと震え続けている腕に、今度こそ彼は心の底から申し訳ないという顔になったのだった。
「……ごめんなさい、おばさん、みなさん」
 小さな、けれども素直な謝罪に、母は首を振る。
「良いのよ、あなたが無事なら」
 そうして、今度は柔らかく息子を抱き締め直したのだった。
 そんな親子の様子を、村民達も一行も――その場に居た誰もが、微笑ましく見つめていた。
 そこに、次なる爆弾が投下されるまでは。
「そう言や、オーソン、今日はイーライと一緒じゃあなかったんかい?」
 ふと思い付いたように一人の男性が不思議そうに問えば、皆もまた気付いたように口々に話し始めた。
「そういやそうだね、オーソンとイーライはいっつも一緒だもんねぇ」
「だが、今日はオーソン一人みたいだぞ? 珍しい事もあったもんだな」
「あれ? でも、今朝は一緒に居たところを見たような……?」

 オーソンの顔色は、悪い。
 次第に空気が不穏な方向へと傾きかけている事は感知している一行だが、部外者たる彼らに村民達の背景は解らない。それ故、起こっているであろう状況は予想できても、口を挟む事はできなかった。
 その間にも、村民達は何やら至る所で声を交わしている。傍観者として聞いていると、さまざまな声がごちゃ混ぜになっており、まるで言葉の本流に呑み込まれたようだ。
「――オーソン、今日はイーライと本当に一緒じゃなかったのか?」
 ようやく話は纏まったようで、代表者が少年へと問うていた。
「……!」
 ほんの数瞬、オーソンは躊躇ってから、
「イーライを助けて!」
 現状で出せる最大の声で、誰へともなく助けを求めたのだった。
 悲痛な叫びに、皆の顔色がまた降下していく。何か悪い予感がすると、周囲の空気の変わりようが訴えていた。
「オーソン、イーライに何があったの?」
 村民達、並びに一行を代表して、レニエが更なる詳細を尋ねる。
 すると、オーソンはまたしても一瞬躊躇した後に口を開いた。
「イーライに頼まれて、今日は……[アウスグウェルター採掘所]の近くまで行ったんだ」
「採掘所ですって!?」
 途端に、レニエとは別の位置から素っ頓狂な声が上がった。
 次に皆の視線が集中したのは、レニエと同じくらいの年齢の女性だった。彼女は最初こそ驚いていた様子だったが、すぐに怒りで面を染め上げると、両の拳を強く握り締める。
「あんの馬鹿! 日頃からあそこには近寄るな、って口をすっぱくして言い聞かせてたっていうのに……!」
 言動から察するに、どうも彼女が『イーライ』の母親のようだ、と一行はそれぞれ内心で結論付けた。
「ごめんねぇ、レニエちゃん。うちの馬鹿がオーソンくん巻き込んで」
「良いのよ、ちゃんと止めなかったオーソンも悪いんだから」
 顔の前で手を合わせて頭を下げる女性に対し、レニエは首を振ると同時に息子を見てふんと鼻を鳴らしたのだった。
「そんな事より、オーソンがあんなに傷だらけだったって事は、イーライも大怪我をしてる可能性が高いわね。オーソン、イーライはどうしたの?」
「採掘所の前まで行ったところで、大勢のモンスターと出くわして。だからイーライを近くに隠れさせて、僕は一人で誰かを呼びに村に戻ろうとして……」
「でも、結局は襲われたのね」
 確認するようにかけられた厳しめの声に、少年は一度だけ頷いたのだった。
 それを咎めるような、けれども逆に安堵したような混ざりに混ざった表情でしばらく見つめてから、レニエは次に皆を不安そうに見た。
 だが、特段戦う力を有している訳でもなく、職人系《職業》の多いトランキロラの村民達もまた、互いに目を見合わせたりして戸惑うばかりだ。
 ターヤに声をかけた女性の方を見る者も居たが、彼女は口を開きすらしなかった。
「――アウスグウェルター採掘所というのは、それ程危険な場所なのですか?」
 その低迷する状況を打開する糸口となったのは、軍服を纏った少女が立ち上がると同時に発した声だった。
 彼女の姿を改めて認識した瞬間、村民達の表情に光が戻り始める。まるで闇の中に一筋の光明を見付けたかのように、
「あ、ああ、子ども達や我々のように戦えない者にとってはの話だが……」

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キュア

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