The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
六章 聖地護る者‐Craftsman‐(15)
普段ならば既に不安を覚えているところなのだろうが、今のターヤは不思議と落ち着いていた。だから、叫んだり悩んだり助けたりしようとは少しも思わない。
それに、アクセルならばあの闇魔を倒せると――アストライオスを助けてくれると、信じていたから。
(だから、大丈夫)
「〈防御〉!」
支援魔術の一端とも見なされる事のある防御魔術は、発動のタイミングや場所を違えてしまうと、本来持つ意味を全くもって成さなくなる。
そう言う意味では、間違い無くターヤは防御魔術のエキスパートとも言えた。
視線は護衛の対象であるアクセルから片時たりとも動かさず、常に短時間で済む下級防御魔術の詠唱しか行わず、的確な瞬間と場所で発動して、最低限の魔力消費で相手の攻撃から彼を護りきる。
それが、ターヤの戦法だった。
龍に巣食った闇魔自体も、接近してくるアクセルしか警戒していなかったので、攻撃を一点に絞って集中砲火してくれていたのも彼女にとっては幸いだった。
この為、ターヤの防御魔術が具現化された瞬間にアクセルが場所を移動すれば、炎に掠りもしない。
「〈防御〉!」
またも少女の魔術が闇魔の攻撃を阻む。
援護を受けて、少しずつではあるが徐々に近付いてくる青年に危機感を感じたのか、突然闇魔は後方で彼を支援し続けている少女に標的を変更した。
「!」
アクセルもそれに気付くが、今の位置からでは到底間に合う筈も無い。
「ターヤ!」
そして無情にも、火炎弾は放たれた。轟音にも等しい爆発音が周囲一帯に響き渡り、少女が居た筈の場所は一瞬にして火焔に包まれる。
「嘘、だろ……?」
ただ呆然と、アクセルはその場に立ち尽くしていた。
(くそっ……何で俺はあいつを巻き込んだんだよ!)
後悔だけが心中を激しく渦巻いて、青年の感覚と神経は正常に機能できなかった。それは危険信号さえも出せないという事で、例え周囲の状況が悪かろうとも彼は気付けないという事。
無論、無防備でがら空きとなった背中を、好機とばかりに闇魔が狙っていたとしても。
身じろぎの一つさえもせずに立ち尽くす獲物へと、二度目の火炎弾が発射され、
「――〈防護膜〉!」
「!」
聞き慣れた少女の声と共に、一瞬にして世界が還ってくる。
しかし背後から聞こえる轟音よりも、アクセルには眼前の事実の方が重要事項だった。
「ターヤ!」
思わず叫ぶ。
どうも直撃は避けれたらしく、燃え盛る炎の中心部に少女は居た。
彼女が無事に生きていた事に酷く安堵して、しかしこのままではいずれ炎獄に呑まれてしまう事は誰の目にも明らかであり、それ故にアクセルは彼女を助けようと走り出す。
「待ってろ! 今――」
「わたしなら大丈夫だから!」
遮って叫ばれた言葉に反論しそうになり、そこで初めて、彼女の前にスラヴィが屈み込んでいる事に気付いた。そして、二人の周囲を何かが覆っているという事実にも。
「〈結界〉か!」
驚き声にスラヴィは何も言わなかった。
その代わりに声を紡いだのは、杖を構えたままのターヤだった。
「わたしなら大丈夫だから」
安心させるように、静かな声音を紡いでくる。
「けど――」
「だからお願い! 彼を、アストライオスを助けて!」
「……!」
少女の言葉は脳髄まで浸透し、おぼろげな記憶を呼び覚ます。
「そうだな。さんきゅ、ターヤ」
その時の自分がいったいどのような顔を、表情をしていたのか、アクセルには到底解る筈もなかった。だからこそ、今ここに再び誓う。
相手へと向き直ると、彼はその切っ先で迷い無く狙いを定めた。
「許してくれとは言わねぇし、罪を背負わないつもりも無ぇ。覚えておけ……俺の名はアクセル・バンウェニスト、おまえを殺す――《ドラゴンスレイヤー》だ!」
再構築された剣と共に放たれた宣言の奥底に隠されていたのは、何の感情だったのか。
青年は再び剣を構え直すと、今度は自身が受けるであろう被害と損傷など気にも留めずに駆け出した。
そこを狙って炎が降り注いでくるが、やはり少女がそれを許しはしない。
時折すれすれの場所を火炎弾が通過していったが、アクセルの頭には減速と停止の選択肢は無かった。罪を背負うと豪語しておきながら、どこか渋っていた心に今度こそ覚悟を決めたという理由もあったが、何よりもターヤを信頼していたからだ。
「アストライオス……」
呟いてから、そこでようやくそれが眼前の龍の『名前』である事に思い至る。
だが、なぜ彼とは初対面の筈の少女が彼の名前を知っていたのか。その疑問にまでは、アクセルは先程同様に気付く事も無ければ辿り着く事も無かった。
「〈防壁〉っ!」
ターヤが、彼女のレパートリー内では現在最強の防御魔術で攻撃を防ぎきった時、アクセルは闇魔の眼前に居た。最早自分自身を阻む障害が無くなった時、青年は助走をつけて渾身の力で宙へと跳び上がっていく。
龍と、眼が合った。
その時、脳裏を過ぎったのは『彼』の顔。
「……ごめん、アストライオス!」
喉の奥底から絞り出すようにしてそう叫んだ瞬間、他でもない彼自身が微笑んでくれた気がした。それは自分が心の奥底で望んだ故の虚像なのか、それとも一瞬だけでも自我を取り戻した龍の本心なのか。真実は本人にしか解らないが、それでも彼にできる事はたった一つしかないのだから。
だから、青年も彼に応える。
「――あぁぁぁぁぁっ!!」
刹那。
この世界最強の魔物たる龍に巣食う闇魔は、最高の職人たる《鍛冶場の名工》の『最高傑作』を与えられた《龍殺しの英雄》によって、その存在を一閃されていた。
2010.08.05
2013.03.21改訂
2018.03.09加筆修正
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