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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(14)

 真っ向から切り返されて、青年は沈黙する。
 その間も、薄いシールドの外では火炎が燃え盛っていた。
 ターヤが顔を顰める。膜はもう、持ちそうにない。
「……解った。頼む」
 降参だとでもと言うかのような諦め顔で絞り出すように息を吐き出すと、彼は大剣をゆっくりと鞘から抜いて差し出した。
 少年はそれを受け取ると、ターヤと視線を合わせた。
「『時間を、ください』――とある少女の言葉」
 それから素早く敵との距離を開けるべく膜の一番端の方まで下がり、そこに腰を下ろした。
 丁度その前に立っていたターヤは、笑って頷く。
「うん、任せて」
 そして、再び杖を構えた。魔術の発動中に、別の魔術の詠唱をするという荒業に出ようというのだ。それは一歩間違えれば既存の魔術は即座に掻き消え、詠唱していた方も失敗してしまうというリスクが有る。
 だが、不思議と恐くはなかった。先程のアストライオスの言葉に背中を押されたように、自分に言い聞かせる。
(ちょっとは不安だけど、大丈夫。わたしなら、大丈夫)
「『巨大な鏡よ、そこに映りし邪悪なるもの、あるいは我に仇なすもの、その全てを跳ね返せ』――」
 自然と詠唱も早口になる。
 膜が、大きく揺らいだ。
 アクセルも無言で立ち上がりながら、エンペサルで購入した方の大剣を上段に構える。
 唐突に膜が掻き消えた。
 同時に、三人に向けて多数の炎の塊が降り注いでくる。
「〈反射鏡〉」
 しかし、援護役は被弾を許さなかった。静かに、杖の先端をかざす。
 瞬間、三人の前に顕現した巨大な盾が炎の弾丸を阻止する。しかもそれどころか、使用者である筈の闇魔へと全て弾き返していた。
 予想外にも自ら放った筈の炎弾を喰らう事となった闇魔は、バランスを崩して後退を余儀なくされる。
「っ……!」
 その光景に、嬉しそうに頬を紅潮させて、不謹慎ではあるがターヤはぎゅっと杖を握り締める。いっさいの攻撃魔術を使えない自分が、治癒魔術と支援魔術と防御魔術にしても初級と一部の中級しか使えない自分が、動かしているのは闇魔とは言え最強の魔物たる龍の攻撃を退けられたのが嬉しく、そして何よりも誇らしかったのだ。これで自分はもう護られるだけの存在ではないのだと、そう自分に自信が持てたのだから。
 けれど、その慢心が後に自身に危機を齎す事になるとは彼女は知らなかった。
 すぐに闇魔は〈火炎の息〉が相手に利かない事に気付いたようで、今度は無数の氷を降らせる〈雪氷の息〉を差し向けてきた。
 しかし、これも既にターヤの敵ではない。新しい防御魔術を発動する事も無く、先刻の〈反射鏡〉をそのまま継続させるだけで事足りた。
「すっげぇ……」
 戦闘の専門家たる前衛で《旅人》であるアクセルでさえも驚嘆する程に、今のターヤの防御魔術は群を抜いて凄まじかった。
 まるで少年のような純粋さでアクセルは問う。
「すげぇよ、ターヤ! おまえ、いつの間にそこまで強くなったんだ?」
「解らないけど、でも、凄く力が漲ってる気がするの」
 実際、その通りだった。ここに来るまでの戦闘では別段何も変わった感覚など無かったのだが、闇魔との戦闘を開始してからは、なぜか身体の奥底から『力』が沸々と湧き上がってくるのが感じられるのだ。

「理由は解らないの。でも、これならあの闇魔にも勝てる気がする……!」
 強い光を湛える瞳は、しっかりと眼前の強敵を捉えていた。
 その時。
「――『完遂した』――とある男性の言葉」
 いつの間に来ていたのか、少年がアクセルに向かって大剣を両腕で持ち上げて差し出していた。
 それは、確かにアクセルの大剣だった。
 しかし、以前とは決定的に違う。刃毀れしていなかった時期の記憶と照らし合わせても、明らかにその剣は以前を遥かに凌駕した代物へと変貌を遂げていたのだ。知識の無い者でさえ、簡易に肌で感じ取れる程に。
「これが、俺の剣……?」
「嘘……」
 職人の手による『完成された武器』を見た事の無い二人は、驚嘆を隠せなかった。
 いや、経験のある者でも驚愕を顕にしないのは至難の業だっただろう。何せ、その大剣を修理したのは『神に匹敵する武器を創り出す』との誉れも名高い職人《鍛冶場の名工》であり、元々その武器自体も彼自身の作品なのだから。
 少年は、確かに《鍛冶場の名工》スラヴィ・ラセターであった。
 最早疑う余地など一遍も無い。
「『しかし、これが本当の形なのだよ』――とある青年の言葉」
「どういう事?」
 意味深とも取れる発言に、ターヤは訝しげに首を傾げる。
「『それが、盗まれてしまったのですよ』――とある女性の言葉」
「!」
 そのあくまで淡々とした言葉に、顔全体から血の気を引かせてアクセルが激しい反応を示した。それからすぐに視線を逸らす。
 スラヴィはそれを一瞥して、そして何事も無かったかのように続ける。
「『まだ出来上がってなかったのにぃ』――とある少女の言葉」
「つまり、その大剣は未完成の時に盗まれたって事……?」
 ターヤの確認に少年は頷いた。
「『その通りだよ』――とある少年の言葉」
 結果は少女の予想した通りだった。それならば青年の持つ大剣が『最高の職人の作品』でありながら、あまりにあっさりと破損させられてしまった理由にも大方納得がいく。
 だが、なぜそれをアクセルが所持していたのか。その疑問はターヤの中で形となったが、今は追求している場合では無いと考え、脳内で保留にされた。
 その事を解っているからか、彼も話そうとはしなかった。代わりに、スラヴィに向かって深々と頭を下げる。
「悪りぃ、ありがとう」
 彼の行動にも言葉にも、礼以上の何かが含まれているようにターヤには感じられた。
 そして青年は再び龍へと向き直る。勿論、その手には相棒たる大剣を持って。
「凄ぇな、この剣。ターヤが言ってたみてぇな感覚だぜ……!」
 手応えを感じた青年は強く反対側の掌を握り締めてから、その場に方膝を付いて跪くような姿勢を取る。
 きょとんとする少女と、相変わらず無表情な少年には構わずに。
 囁くように、呟くように、彼は宣誓した。
 ターヤには彼の言葉はあまりに小さすぎて少しも聞き取れはしなかったが、それでも彼の大切な誰かに向かって捧げた誓いの言葉である事だけは、すぐに理解できた。
 それからアクセルは立ち上がると、剣を肩に預けた姿勢で、盾の横から敵の居る方向へと進み出る。
 彼に気付いた闇魔は口を大きく開き、今度は前回よりも多数の〈火炎の息〉と〈雪氷の息〉を吐き出してくる。
 けれども、アクセルは一歩も後退しようとはしなかった。それを避けたりかわしたりしながら、あるいは剣を盾のようにして防ぎながら、時にはターヤの防御魔術に護られながら。防戦一方ではあるものの、確実に相手へと接近していく。

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