The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
六章 聖地護る者‐Craftsman‐(13)
「また、闇魔なの……?」
彼女の呟きに呼応するかのように、龍の影が揺らめく。
そこに闇魔の気配を感じたアクセルは、今度こそ武器に手を伸ばしたのだった。
「もう悠長に話してる暇はねぇ! おい、そのまま動くなよ! 俺が――」
『いや、このまま、我ごと倒せ』
苦痛と戦いながらも絞り出された言葉は、あくまで先刻と何一つ変わらない。
益々アクセルの心は悲鳴を上げた。
「何言ってんだよ!? 俺は――」
『解っておる。だが、既に我と……この闇魔は、殆ど一体化しているようだ。それに先程、もう我が助からぬと言った時、そなたは無言で肯定したであろう……!』
「っ……!」
全く持ってアクセルらしくない動揺と怯えを見せて、彼は嘘だと言うかのように一歩後退した。その全身が、小刻みに震えていた。
ターヤには、彼がそこまで感じる理由が解らない。確かにアストライオスの言は闇魔ごと自分を殺せと言っているようなものだが、それだけであのアクセルがあそこまで動揺するとは思えなかった。
(アクセル、いったいどうしたの?)
『は、やく……我が、我でなくなる前に……ぐっ!?』
尚もアストライオスはアクセルを急かすが、それを阻止するかのように闇魔の活動が更に活性化した。その証拠に、龍の影から溢れ出た黒い靄は量を増し、徐々に龍の全身を覆い尽くしていく。
最早アストライオスが助からないであろう事は、誰の目にも明らかだった。
『身勝手だとは、承知の上だ! だが、どうせ終わるのならば、我は我のままで居たいのだ……!』
「――っ!」
その言葉に、とうとうアクセルは背負っていた片方の大剣を抜刀した。未だ震え続ける腕を叱咤しながら、切っ先を龍へと向ける。
決意と覚悟の色を秘めた瞳を見て、龍は微笑んだ。
『それで、良い……ぐぁぁぁぁぁ!!』
「アストライオス!」
反射的に叫んだターヤを見ると、最後の力を振り絞ってアストライオスは言う。
『ケテル、よ……もし、あの子達に会う機会があったのならば……すまないと、伝えてくれ……!』
直後だった。
黒い靄が残った部分諸共、龍の全身を完全に覆い尽くす。彼の最期の言葉はあったかどうかすらも判らない断末魔の悲鳴と共にその中へと掻き消え、そして何も聞こえなくなった。
「アストライオスーっ!!」
少女の叫びが、空間内に木霊する。
すると、唐突に黒い靄が不気味に蠢いたかと思いきや、四散するかのように全方位へと弾け飛んだ。
「! な――」
身構えながらも視線を動かして、
「――に……」
ターヤは言葉を無くす。
そこに居たのは、龍だった。ただし、全身が一点の光沢も無い黒に覆われた、暗黒の龍。
「そんな……」
今にも力を失って座り込んでしまいそうなターヤへと、黒い龍は――闇魔は口を開く。そこから飛び出したのは、炎の弾丸だった。
だが、それは寸前に彼女の前に飛び出していたアクセルによって弾き飛ばされる。
「っ……!」
唇を噛みむと、そのまま彼は闇魔へと向かって突進していった。どこか焦燥に駆られたような彼の姿は、ターヤにすら無謀としか思えなかった。
「アクセル!」
慌てて彼女は杖を取り出すと、詠唱を開始。
その間もアクセルは闇魔に近付こうとするのだが、それを許さない攻撃が上方から休む事無く降り注いでくるので、全く進めずにいた。
「くそぉっ!」
悪態をついても戦況は変わらない。それどころか寧ろ悪化していくだけだ。
「くっ……!」
炎をまともに喰らえば人間は一瞬で灰になる――それを龍の脳から読み取った闇魔は、先程から無数の炎を降らせる技〈火炎の息〉しか使用していない。
そして、人間たるアクセルは徐々に押されていた。
「っ!」
唐突に焦りからか足が縺れて体勢を崩しかけ、その顔に絶望の色が浮かぶ。
それを好機とばかり闇魔は大口を開けた。
「――〈防護膜〉!」
しかしその瞬間、アクセルの周囲に展開された防御魔術が全ての〈火炎の息〉を防ぎきった。
「大丈夫!?」
見上げれば、蒼白な表情をしたターヤが膜の中に立って自分を見下ろしている。
彼女の後ろにはスラヴィも居た。
心底心配されている事が手に取るように解り、アクセルは居た堪れなくなって彼女から地面へと視線を逸らした。立ち上がる事も忘れて、座り込んだまま誤魔化すように後頭部を掻く。
「あー、悪りぃ」
「良かった……」
安堵した様子でターヤが息を吐く。
「けど、このままじゃあの闇魔には近付けねぇな」
呟くように独白して、アクセルは眉を顰めた。
その後方で少年は、気が抜けたように腰を下ろしている青年と、彼を心配し現状に危機感を覚えている少女を見て、それから膜の外で攻撃を続ける闇魔を見上げる。今度は青年が背負っているもう一つの大剣に視線を向けてから、そこでようやく少年は口を開いた。
「『その武器、貴方の?』――とある女性の言葉」
途端に、アクセルが顔を上げた。
「それがどうしたんだよ」
険悪そうな声で言う彼にターヤは慌てるが、当の本人たるスラヴィは気にしていないらしく言葉を続ける。
「『それは私の作品ではないか!』――とある男性の言葉」
「おまえが本当に《鍛冶場の名工》なら、そうらしいな」
視線が合わせられない。
だが、少年がそこを追及してくる事は無かった。
「『宜しければ、直しましょうかな?』――とある老人の言葉」
「「!」」
これには二人揃って驚く。一時的に現状を忘れて、ターヤの顔色が明るい方向へと動いた。
「本当!?」
「『ボクは嘘なんて付かないんだよ!』――とある少年の言葉」
その顔は変わらぬ無表情だったが、ターヤは直感的に彼の言葉は信じられると感じていた。発動中の防御魔術の方に大半の気を配りながらも、頬を綻ばす。
「じゃあ――」
「けど、俺はおまえが《鍛冶場の名工》だとはまだ信じてねぇぜ?」
しかし、それはアクセルの言葉により落とされた。
それでも少年は気にした様子も無く、胸を張ってそこを叩いてみせた。相変わらずの無表情のままで。
「『それなら、今ここで証明してみせるだけのことだよ!』――とある少女の言葉」
ファイヤブレス