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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(12)

 しかし少年はそれをも踏まえたまま、特に顔色を変化させる事も無く、今度は彼女を見た。何を考えているのか解らない無表情のままに頷く。
「『その通りだよ。彼こそがあの優秀《職人》だ』――とある男性の言葉」
「本当に、あなたが? もっと年配の人ってイメージがあったんだけど……」
「『本当よ。本当の本当』――とある女性の言葉」
 少女は声も無かった。まさか、あの名高き《鍛冶場の名工》スラヴィ・ラセターが自分よりも幼い十代くらいの少年などと誰が思うだろうか。先入観と事実の食い違いようとは実に恐ろしい。
 ところで、ターヤはスラヴィの第一声が発せられた時から、彼の話し方が物凄く気になっていた。
(何て言うか、非常に個性的で独特だなぁ)
「まぁそこは一旦置いとくとして、何なんだよ、おまえのその口調は」
 内心そう思った直後にアクセルが堂々と口にした為、彼女の両肩が跳ね上がった。そこまで直球に言わなくても良いのではないかと思いつつも、更に墓穴を掘りそうで口は挟めない。おろおろと両手を行き場無く彷徨わせながら状況を見守るしかできなかった。
 一方、少年は微塵も表情を動かさず、あくまで平淡な声を発する。
「『なーんか含みを感じるなぁ、その言い方』――とある少女の言葉」
「そりゃ含んでるからな。つーか、おまえは本当にあの《鍛冶場の名工》なのかよ? 職人系《職業》っぽくは見えるけどよ、どう見たって俺達よりも年下じゃねぇかよ」
 このアクセルの言い分にはターヤも内心で同意する。例え彼が武具職人だとしても、良くて見習いくらいだろう。幾らなんでも世界中に名を馳せるような職人とは思えない。
 だが、逆に少年は憤慨したようだ。あくまでも表情と声の平淡さは不変だったが。
「『しっつれいな! 私は紛れも無い本人ですー』――とある女性の言葉」
 何だか彼と会話するのが面倒くさくなってきたアクセルは、次第に対応が適当になり始めていた。
「あー、おまえが《鍛冶場の名工》本人なのかそうじゃないのかは分けて考えても、なんっかその口調は腹立つなぁ」
「『何ですと!?』――とある――」
『そなたは、記憶する者か』
 途中で割り込んできたその声に弾かれるようにして振り向けば、龍がゆっくりと巨体を起こしていた。どうやら意識もまた自身の支配下に取り戻せたようだ。
「アストライオス!」
 思わず、ターヤは彼の名を呼ぶ。
 すると、龍は応えるようにして一度だけ頷いた。
 その姿を目にしたアクセルもまた、慌てて背負った大剣の柄を掴んだ。
「っと、今はこのガキに構ってる暇は無ぇんだった。おい、とにかく最初におまえの中に居る闇魔を――」
『いや、我の事よりもこの洞窟に蔓延る方を頼みたい』
 首を振ったアストライオスに、反射的にアクセルは反発する。
「何言ってんだよ!? おまえ、さっきあんなに苦しんでただろうが! あんな苦しみをまだ何度も味わうって言うのかよ!?」
 浸食されている当人ではないというのに、彼は本人以上に必死になっていた。
 だが、龍の決意は揺るがない。
『ここまで浸食されては、我はもう助からぬだろう。既にその事に気付いておったのだろう、加護を受けし者よ』
 龍の言葉に息を飲み、アクセルは視線を下方へと向ける。事実から目を逸らすように、彼の言を肯定するかのように、俯いて。握り締められていた拳に、更なる力が籠った。
 彼の様子に、ターヤは思わず胸元で両手を握り締めた。
『だが、今はまだ自我を保っていられるようだ。今のうちに聞いておきたい事はあるか』
 まるで死期を悟った老爺のように、アストライオスは三人を見回した。
 しかし、急にそのような事を言われてもターヤとアクセルは互いに顔を見合わせて戸惑うだけだ。

 そんな中、一歩前進したのは少年だった。
「『なぜ、あなたは〈星水晶〉を守るの?』――とある少女の言葉」
『かつて、〈第二次終末大戦〉と呼ばれる、一度世界を滅ぼしかけた大規模な戦乱が起こった。その時、人はその大戦を制するべく〈星水晶〉を兵器の燃料として使用したのだ』
「いでーるま・らぐなろく?」
 途中で飛び出したのは、ターヤには聞いた事の無い単語だった。
 アクセルは簡単にでも説明するかどうかと逡巡するが、結局そこに関しては龍に一任する事にした。
「普通〈星水晶〉を武器に加工するには、今で言う《鍛冶場の名工》くらいの奴じゃねぇと無理だ」
 スラヴィにちらりと視線を向け、そしてまたすぐに戻す。
「だから、燃料にしたんだな」
『そうだ。〈主従契約〉も我ら龍の身にすら余る禁忌の術であったが、〈星水晶〉を用いた〈古代兵器〉と称される代物は、その比ではなかった。あれは、一撃で都市一つを滅ぼす程の威力だったのだ』
 次々と飛び出す知らぬ単語に混乱しそうになるターヤではあったが、ともかくその〈第二次終末大戦〉で使われた〈古代兵器〉が非常に危険な代物である事は理解できた。そして、その燃料にされた〈星水晶〉に秘められた力も。
『故に《世界樹》は〈星水晶〉が人の手に渡る事を危険視し、我ら龍の長一族に守護するよう命じたのだ』
 また、世界樹。その言葉に呼応するかのように強く脈打ち始めた鼓動を、ターヤは胸部に手を当てる事で抑えようとした。
 そちらに視線だけを寄こしたアストライオスだったが、アクセルに質問を向けられた事で元に戻す。
「けど、おまえら龍は何者にも従わないんじゃなかったのかよ?」
『確かに。そなたの言う通り、我らは何者にも縛られぬ誇り高き種族。だが、生命の母たる存在である《世界樹》自身は別だ。かの者の命ならば、我らは余程の事ではない限り引き受ける所存である』
「《世界樹》って凄ぇんだな」
 はー、と感嘆するアクセルに、何を言うか、とアストライオスは続けた。
『そなたはその加護を受けた者であろう。その娘と、記憶する者もまた同様よ』
「え……?」
 三重の意味で、ターヤは驚き声を上げる。アクセルを凝視してから、次に少年も同様に視界に入れる。そして最後にアストライオスに向き直ると、力の籠らない手で自分を恐る恐る指差した。
 それはアクセルも同じようで、自分以外の二人を驚愕の目で交互に見ている。
「えっと、わたしも?」
 冗談の類かと思っていた彼女だったが、龍の目はどこまでも真剣だった。
『そなたはケテル。この世では誰よりも〈マナ〉に愛され、その恩恵を強く受ける存在よ』
「『君が?』――とある少年の言葉」
 今度は、少年がターヤを見つめてきた。その無表情の奥に、僅かな感情を垣間見せて。
 彼に驚きを以て注視される理由まで至れず、これには思わずターヤの方が一歩後退気味になってしまった。人を選ぶ強力な〈結界〉を扱える点と言い、アストライオスに『記憶する者』と呼ばれる点と言い、世間では全く耳にしない『ケテル』という言葉に反応する点と言い、いったいこの少年は何者なのだろうか。
 龍の視線は少年へと移る。
『そうだ。そなたが記憶する者ならば解るであろう。その娘が――』
 またも途切れる言葉と、ターヤの背筋を駆け登る悪寒。
 それを証明するかのように、アストライオスは苦しそうに前方へと身体を曲げた。
『この我をここまで追い込むとは、下等生物とはいえ侮れぬものだ……!』

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​イデールマ・ラグナロク

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