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六章 聖地護る者‐Craftsman‐(10)

(アクセル、何を考えてるの?)
 眼前の背中を、ターヤは訝しげに見つめた。
 そのような気遣いができるという事は、当初ここに足を踏み入れた時とは異なり、彼に周囲の状況が見えている証明になる。だが、彼は彼女が隣に並ぶまで待つつもりはなく、あくまでも迷路のような内部で逸れないようにする為の処置のようだ。
(それに、どうしてここに――)
「あそこだな」
 思考を割るようにして耳に届いた呟きに、俯きがちになっていた顔が跳ね上がる。彼の向かう先には、どこか大きな空間に繋がっているかのような通路の終わりが見えた。飛び込むようにしてそこに駆け込めば、ようやく乱れた呼吸を整えて休憩に移る事が可能になった。走りっぱなしだったターヤは思わずその場に座り込んでそうしてしまうが、アクセルは疲れた様子も無ければ汗一つかいていないようだ。流石に前衛と後衛の差は大きい。
 そして、ターヤの予想通り、二人が今居るのは巨大な空間だった。今までを凌駕する程の大きさという訳でもないが、水晶の数は格段に増えていた。
「やっぱりな、ここに居たのか」
 しかし、アクセルの声はどこか固い。
「ターヤ、悪ぃが休んでる暇は無さそうだぜ」
 そこから不穏な空気を感じ取っていると、案の定続いてかけられた言葉がそれだった。
「奥の方、見てみろよ」
 言われて初めて、空間全体を見渡すのではなく、前方を――奥の方をしっかりと視界に入れる。そして、言葉を失った。
 視線の先に居たのは、巨体。天上いっぱいとまではいかないが、ターヤ達人間から比べれば何倍もの大きさを誇る巨大な存在。その全身はほぼ固い鱗に覆われ、腕は足に比べれば細いものの先端に鋭利な鉤爪を有している。背中辺りには両翼、下半身辺りには太い尾も見受けられた。
 かの存在を、ターヤは本で目にした記憶がある。
「あれ、って……」
「そう、現在この世界で最も強靭で最強の存在とされる種族――《龍》だ」
 アクセルの頬を、疲労からではない汗が流れ落ちた。
 その言葉を合図としたかのように、龍の眼が二人を捉えた。
 瞬間的に、二人の全身を緊張が奔る。
 最強の種族たる龍は、そのプライドもまた世界一と言われる程高い。故に、自分達よりも身体構造や知能において劣る多種族を見下す傾向にあり、特に人間に対しては差別が酷いと言われている。ここ数百年は龍は隠れて暮らし多種族と関わろうとはしないが、過去には人間などを積極的に襲って食料としていた時代もあったようだ。
 知識として彼らの生態を知り得ているからか、二人の龍に対する警戒心は最大値まで上り詰めようとしていた。
『今度は人間か。近年は招かれざる客が多いようだ』
「!」
 だが、その口から紡がれたのは、疲れたような言葉。
 予想外の出来事に、いろいろな意味でターヤがぎょっとしたのは言うまでもない。
「ど、龍が喋った!?」 
「あーほ」
 その頭をアクセルが軽く手の甲で叩く。彼は少しの驚きも感じていないようだった。
「その言語を俺らが理解できないだけで、普通どんな種族だって喋ってるっての」
 くだらなさそうにターヤを見下ろしていた龍だったが、アクセルを見て何事かに気付いたようだ。どちらかといえば有効的な方向に表情が変化する。
『そなたは、加護を受けた者か』
「解っちまうのかよ」
 途端に彼は視線を逸らし、後頭部を掻いた。困ったように息を吐く。

 無論、と龍が応える。
『我らの眼力をもってすれば造作も無い事よ。時に、加護を受けし者よ。我の望みを聞いてもらえぬか。無論、それ相応の対価は用意しよう』
 そして続けられた言葉を、二人はすぐには理解できなかった。というよりも、信じられなかった。最もプライドが高いともされる龍が、あろう事か人間であるアクセルに頼み事があると言うのだ。驚かない方が、疑わない方がおかしい。
 それは龍の方も重々承知のようで、説明を加えてきた。
『我はここで〈星水晶〉を護る者。そなた達人間は《守護龍》と呼ぶようだが』
「おまえが《守護龍》っつー事は、やっぱりこの奥に〈星水晶〉があるんだな。俺達よりも前に、誰かここに来なかったか?」
 予想が的中して困ったというような顔になると、アクセルは話題から逸れた問いを投げる。
 その質問で、ターヤは彼が弾かれるようにしてここアウスグウェルター採掘所に突入した理由を理解した。
 レア度最高を誇る最上級鉱物資源〈星水晶〉は、ウルズの花同様リンクシャンヌ山脈の極々一部にしか生息しない。故に必然的に価値も高く、過去にはこれを求めて山脈を探検する者も多かった。
 だが、ここで彼らにとっては問題が一つ発生する。運良く〈星水晶〉を発見する事ができても、そこには番人たる《守護龍》が存在していたのだ。無論、人が龍に敵う筈も無く、無謀にも戦いを挑んで散った者、恐れをなして逃げ出した者が数多く居た。命からがら逃げ延びた者の話から探索者は次第に減少し、今では〈星水晶〉を探そうとする者は少数になっている。
 だからこそ、彼はイーライの言う『おにーちゃん』が〈星水晶〉を採りにこの中に入っていった事を知り、ここに本当に〈星水晶〉があるならば《守護龍》と出くわすのではないかと案じたのだ。かの人物が何者かは解らないが、龍と相対してただで済むとは思わなかったのだろう。
『いや、近年ここまで到達できた来客はそなた達二人だけだ。それ以外の客は闇魔に屠られたか、尻尾を巻いて逃げ帰ったのであろうよ』
 だが《守護龍》によれば、どうやら彼はまだここには到達していないようだ。余計に心配になったアクセルだった。
 しかし、今はそれよりも彼にとっては重要な案件が一つ。
「そうか。ところで、俺はもう一つおまえに問いたい」
 龍は、予想できているのか何も言わない。
「どうして、おまえの――龍の領地に闇魔が居るんだ? 龍ならあの程度の闇魔如き相手にもならない筈だ。しかも、おまえは《守護龍》なんだろ?」
 え、とはターヤの声だった。ここに来るまで二人は一度も闇魔とは遭遇しておらず、そもそも目にしてすらもいない。
 だが、なぜかエマよりも闇魔について詳しいアクセルが言うのなら事実なのだろう。
『やはり、そなたには解るのだな』
 彼の言葉を受けて、《守護龍》は静かに視線を降ろした。
『普段の我ならば、あのような下等生物共など取るに足らぬが……今の我は、あやつらと〈結晶化病〉に蝕まれている身よ』
 瞬間、龍の影から黒い靄が噴き出した。
「!」
「あれって、闇魔……?」
 両目を見張ったアクセルの斜め後ろで、ターヤが驚いたように一歩後退した。
 すぐに黒い靄は再び影の中へと抑え込まれるが、一瞬だけでも垣間見えたそれが今まで目にし、あるいは気配を感じてきたものとは異なる事をアクセルは瞬時に理解していた。またも頬を冷や汗が流れた。
(あれは下級じゃねぇ……中級、あるいは上級の闇魔だな)
『そうだ。今の我は中位闇魔に憑り付かれている身。加えて〈結晶化病〉も進行しているとあっては、自らの事でも手いっぱいで、あやつらへの対処が追い付かぬ状態よ』

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ドラゴン

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