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五章 胎動する闇‐Mule‐(7)

 そうして全員が名乗り終えると、会話の実権は再びスコットの元へと回帰した。
「ところで、嬢ちゃんの連れは《旅人》のようだけど、これからどこに行くのかね?」
「あぁ、ちょっとクンストまでな」
「なら、助けてもらったお礼と言っちゃ何だけど、途中まで送っていこうかい?」
 まるで親交の深い友人にでも言うような軽いノリに、寧ろ一行の方が慌てた。この様子では途中どころかクンストまで送りかねない、と感じられたからだ。
「だが、先程の町中での様子を見るに、貴方は急用があるのではないだろうか?」
「その予定だったんだけども、どうせ馬車も壊れたからのう。それに、依頼ではなく知り合いに届け物をしようとしてただけだから、連絡を入れとけば急がなくても大丈夫なんだよ」
 困ったようにエマは皆を見るが、彼以外の面々も同様の顔をしていた。アクセルだけは肯定のを色を覗かせていたが。
「では、宜しく御願いします」
 結局、彼は『途中まで』という言葉を強く意識しながら、スコットの申し出を呑んだのだった。
 途端に老人は笑顔を浮かべる。
「そうかい、それは良かったよ。ただ、さっきの町に戻って馬車を修理してからになるから、出発するにしても明日になってしまうがのう。それでも良かったら、途中まで送っていこう」
 相手の表情を見て、断らなくて良かったのかもしれないと三人は顔を見合わせた。
「私達もウィンドミューレには用がありますから、問題ありません」
「そうかい。なら、わしらは一先ず町に戻って《職人》を捜すとしよう。兄ちゃん達は、できたらその馬車を町の入り口まで動かしてもらえるかい?」
「おう、任せとけ」
 勝手に返事をしたアクセルには非難の視線が二つほど飛んだものの、既に応えてしまったからには仕方が無い。
 現に、スコットは気前の良い返答に喜んでいるようだった。
「なら、頼んだよ」
 そう言い相棒を引き連れて風の町ウィンドミューレへと戻るスコットを見送ると、一行は馬車を運ぶ事にした。
「で、どうやって運べば言いのよ、これ」
 のだが、車輪自体が壊れてしまっている為、転倒はクリアできても、そこからどのようにして町まで動かせば良いのかは皆目見当が付かなかった。
 だが、アクセルには何か考えがあるらしい。
「ターヤ、おまえが空から降ってきた時に使った、ふろーと何たらっつー風属性の魔術があっただろ? あれで何とかできねぇか?」
 空から降ってきたという部分にアシュレイが形容しがたい顔をしたが、それよりもターヤは彼の言葉に驚いていた。
「えっと、どうだろ……そうやって使った事は無いし、あんまり重い物は持てないから解らないや」
 実のところ、その魔術こと〈空中浮遊〉自体は使えるのだが、あまり重い物は浮かせられずにいるのだ。
 あの時は藁にも縋る思いで必死だったからこそ、鍛冶場の馬鹿力の如く人間二人分の重さを支えられたのだろう。それに、今思えば、呪文を教えてくれたあの声はリチャードのもので、彼も少しは手助けしてくれていたのではないのか。今もターヤはそのように考えている。
 故に、アクセルが自分を頼りにしてくれていた事は素直に嬉しいが、申し訳無さでいっぱいなターヤであった。
「けどおまえ、緊急時には火事場の馬鹿力でパワーアップするんだろ? リチャードがそう言ってたぜ?」
「え、そうなの?」
「あぁ、最初にあいつと戦った時にな」
 ターヤには寝耳に水だった。まさかあの時、あれ程の速さで互いに攻防を行いながら、二人はそのような言葉を交わしていたとは。

「じゃあ、頑張ってみるね」
 自分のことを自分よりも詳しく知っているリチャードの言葉なら、と彼女に気合が入ったようだ。胸元のブローチから、杖が姿を現す。
 それを見越していたかのように、アクセルは口の端を軽く持ち上げた。
「おう、宜しく頼むぜ?」
「うん。『地より離れ、他者の介入を受けず、風の導くがままに宙を行かん、天翔る旅人よ』――」
 閉じていた両目を開き、馬車をしっかりと見据え、
「〈空中浮遊〉!」
 唱え終えた瞬間、ゆっくりと馬車が宙へと浮かび始めた。
 目に見えて解る程持ち上げられるとまでは思っていなかったので、地面から離れた事を確認すると、すぐにターヤは風の町ウィンドミューレの方向へと対象を動かす。その速度は遅いが、馬車は確実に浮遊したまま町を目指していた。
 眼前の光景に、エマとアシュレイは驚嘆し、アクセルはどこか鼻高々である。
 だが、持ち上げた時から既に、ターヤ自身は限界を感じていた。練習に用いた石ころや本くらいの重量ならともかくとして、やはり馬車は今の彼女の力量では重すぎたのだ。
 その為、あまり空中を移動しないうちに、重みに耐えかねたターヤは杖から手を離して座り込んでしまい、比例して馬車もまた地へと落ちた。
「あー……」
 全身に汗をかきながら、ターヤは自分でも落胆の声を上げた。
 二人もまた納得したような残念そうな顔をしており、アクセルに至ってはやはりかとでも言いたげであった。
「やっぱ煽てたくらいじゃ駄目か」
「うー、やっぱり遊ばれてたんだ」
「いや、ターヤって結構褒められると弱ぇみてぇだから、火事場の馬鹿力っぽいものが出ねぇかと思ったんだけどよぉ」
 誤魔化すように明後日の方向に視線を向けるアクセルを、疲れた状態ながらもターヤはできる限り睨み付けたのだった。
「やっぱり、リチャードが居ないと駄目なのかなぁ」
 最終的には弱音を吐き出した彼女を一瞥してから、アシュレイもまた息を吐く。
「やっぱり、あたし達三人で運ぶしかないのかしら。……全く、誰かさんが安請け合いしなければ、今頃こんな事にはなってなかったのにね」
 後半部分を強調した上、あからさまにアクセルへと視線を寄こしてきたアシュレイに、彼も同様の行動を取り、売り言葉に買い言葉で返した。
「それを言うなら、俺とエマの二人で、だろ? 速さだけが取柄で、あんまり力の無い奴には持たせられねぇよ」
「何なら、あんた一人で持っても良いのよ?」
「悪ぃが、俺はそこまで力持ちじゃねぇしな」
 相変わらず口論に発展したどころか火花を飛び散らしている二人を見て、エマは呆れ返る。
「御前達、そこまでにして――」
「呼びましたか、ケテル?」
「わっ!?」
 突如として背後からかけられた声にターヤは跳び上がり、その声によりエマもまた両肩を跳ね上げたのだった。
 彼女の声でアシュレイとアクセルもまた、同時にそちらへと意識を移し、
「どうしたの……って、あんた……」
「どうした……って、おまえかよ」
 人物を特定した瞬間、二人揃って一気にテンションを落とした。
 座り込んだターヤの後ろに立っていたのは、案の定リチャードだった。彼はいつになっても変わらぬ笑みを貼り付けて、主にターヤを見ている。

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