The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
五章 胎動する闇‐Mule‐(6)
眼前で行われた一瞬の光景に老人はますます驚きを深めるが、既にアシュレイの眼光は次なる獲物を捉えていた。
すぐにそのモンスターも倒れ伏し、次も同様。
かくして老人と馬の前に立ちはだかっていた障害は次々と倒されていき、気付けば数匹のモンスターが居た筈の場所には、ただ一人の軍服を纏った少女がレイピアを手に佇んでいた。
「……ふぅ」
老人の口から安堵の溜め息が口を突いて出てくると同時、二頭の馬はその横に移動すると、彼を安心させようとするかのように頭をすり寄せてきた。
少女もまた武器を鞘に納めると、踵を返して彼の前まで訪れ、手を差し伸べてくる。
「大丈夫ですか、おじいさん?」
「あぁ、すまないねぇ」
苦笑いを浮かべながら、老人は彼女の手を借りて立たせてもらった。
「いえ、困っている人を助けるのが軍人の務めですから」
微笑む少女に、老人もまた笑みを浮かべた。
「そうかい、こんなに若いのに嬢ちゃんは偉いねぇ」
「アシュレイ! じいさん!」
そこに、ようやくアクセルを筆頭とした三人が追いついてきた。
「大丈夫か!?」
「あの程度のモンスターに、あたしが後れを取る筈が無いでしょ。それより、あんたは来るのが遅すぎ」
彼の前まで行った瞬間、ふん、と態度を一変させて鼻を鳴らしたアシュレイに、アクセルは心配そうな様子から一転して眉尻を持ち上げる。そこには大きく『心配してやったのに何だよその態度は』と書かれていた。無論、彼が彼女に返した言葉もそっくりそのままだった。
そんな光景が面白かったのか、老人が笑い声を零す。
「嬢ちゃんと兄ちゃんは面白いのう」
笑顔でそう言われてしまっては、流石にばつが悪くなったようで、二人は互いに視線を交わしながら口論を止めた。
それで良し、とでも言いたげに頷くと、老人は一行を見渡した。
「わしは〔アクィリフェルの方舟〕のタイロ・スコットといってな、軍人の嬢ちゃんに危ないところを助けてもらったんだよ。その節はありがとうねぇ」
「いえ、こちらこそ、間に合って良かったです」
アシュレイが微笑めば、老人――スコットもまた満面の笑みを浮かべた。
「で、こっちがわしと契約している魔物の《アールヴァク》と《アルスヴィズ》だよ」
スコットの両脇に立つ馬は紹介されると、挨拶するかのように二頭とも鳴いた。
途端、アシュレイが目を見開いた。
「スコットさんが、あの《太陽の御者》なんですか?」
「そーる?」
やはりターヤには聞き慣れない言葉ではあったが。
「《太陽の御者》とは、早馬アールヴァクと速馬アルスウィズと共に、どのような道でも通行してしまう〔方舟〕の体現者を指し示す呼称だ。必ず依頼された場所へと人や物を運び、その際は整備されていない道でも難無く突き進む事から、この名が付けられたそうだ」
そしてエマの説明が入るのは、最早お約束である。
今回はアクセルの捕捉も付け足された。
「ちなみに『早馬』ってのは早起きの馬で、『速馬』ってのは快速で走る馬の事な。あと、確か異名の元になった出来事があったんだよな……何だったっけ?」
そのような事態が起こった事は知っているものの、肝心の内容が思い出せず、アクセルは思考を巡らす。
すると、スコット本人が唐突に拳で掌を打った。
「あぁ、それなら確か、いつだったか〈ウルズの花〉を探したいからと頼まれて[ツィタデーリ峡谷]まで人を連れていった事があってな」
「それだ!」
懐かしそうに斜め上を見上げるスコットを、その言葉で思い出したアクセルが指差し、すぐさまアシュレイに後頭部を叩かれた。
彼らの行動には気付いていないのか、スコットは独り言のように語り続ける。
「だけども、あそこは随分と険しくてのう、幾ら『どんな所でも通れる』を信条としている〔方舟〕でも無理だと言われとった場所でな。正直わしも無理だと思っとったんだ」
「でも、行けたんだよね…?」
随分と不安げな声になってしまったが、このように老人が話しているという事は、無事に行けたという事なのだろう。
「あぁ、行けたさ。その客がどうしても本物のウルズの花が必要だと言うから、わしも運び屋の誇りにかけて試してみる事にしてな。そしたら、なんとアールとアルスがひょいひょい登っていくもんでな、わしも客もたまげたもんだ」
「やはり、早馬と速馬の名は伊達ではないという事か」
感心して二頭の馬に視線を寄こしたエマへと、彼らは鼻高々に鳴いた。
「あの兄ちゃんも無事に花を手に入れられたし、わしもこいつらの力を間近で見れて、あの頼みは互いに良いものになった訳だよ。後でその話を仲間にしたら、あやつらはいろんなところで話したみたいで、気付いたらわしはそう呼ばれるようになっとったんだよ。わしとしては話のネタくらいのつもりだったんだけどねぇ」
つまりは、太陽のように険しい場所さえも難無く上へと昇っていったからこそ、《太陽の御者》と称されるようになったという事なのだろう。
「そこから、今の異名が付いた訳なんですね」
「あぁ、そうなんだよ。それにしても、あの兄ちゃんは、何であそこまでして本物の花が欲しかったのかねぇ?」
不思議そうに首を傾げたスコットから推測するに、結局その理由を本人は語らず、故に現在でも彼は知らぬままなのだろう。
だが、ターヤにはそちらよりも先に解決しておきたい疑問点があった。
(それにしても、ウルズの花って何なんだろ? 名前からして、花の種類だとは思うんだけど……)
そもそも、花といえばチューリップやヒマワリなどの有名どころしか知らない彼女である。聞いた事の無い花の名を耳にしても、そこに花を連想させるような言葉が付属されていなければ、花の種類である事にさえ気付けない可能性の方が高かった。
ターヤの内心など露知らず、一向もまた自己紹介へと移っていた。
「名乗り遅れましたが、私は〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕所属のアシュレイ・スタントン准将です」
「アシュレイ……という事は、嬢ちゃんが噂の《豹》なのかい?」
アシュレイの名前を聴いたスコットは、たいそう驚いたようだった。
逆に、彼女は若干渋そうな色を覗かせた。
「ええ、まあ」
「なるほどなぁ……それで嬢ちゃんは、その若さであんなに強い訳だ。ようやく納得がいったよ」
相手の変化には気付かず、スコットは何度も頷いている。
やはりアシュレイは有名なんだ、とターヤは改めて彼女が並外れている点を実感した。
「おじいさんも、アシュレイのこと知ってたんだ」
「そりゃぁそうとも! 〔軍〕の《豹》といえば、その若さで軍の上部に立てるくらいの実力がある事で有名だからねぇ」
これ以上この話題の拡大を防ぐべく、苦笑いを貼り付けたアシュレイは、やんわりとスコットを止めに入った。相手の言葉に裏が無いからこそ、逆に普段以上に居た堪れなくなってくるのである。
「私の話はもう良いですよ。自分で自分の評価を聞いていると、何だかむず痒いですし」
「そうかい? それは失礼したねぇ」
少しばかり申し訳なさそうにスコットが後頭部を片手で撫でたのを確認してから、アシュレイは話を自己紹介へと戻す。
ソール