The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
五章 胎動する闇‐Mule‐(4)
彼の行動で察知した皆もまた、警戒態勢へと移行した。
相手方に交戦の意があると知った闇魔は怯えた様子を見せると、その場から一目散に逃げ出そうとする。
「逃げるのかよ?」
だが、アクセルが挑発的な声を飛ばし、大剣を抜刀して退治の意思を示すと、観念したように一行へと向き直ってきた。飛行に備えて広げかけていた羽を畳み直し、返しかけていた踵を元に戻す。
げ、との声を漏らしたのはアシュレイだ。
なぜ彼女がそのような反応をしたのか解らず、ターヤは杖を手にしながら視線を動かして、エマもまた似たような表情をしている事に気付いた。
(え、どういう事なの……?)
二人の様子がターヤの理解まで至る前に、眼前の闇魔は再び羽を広げたかと思うと――巨大化した。
「え」
ターヤが思わず間の抜けた声を出したのも無理はない。
アクセル以外の二人もまた、同様の反応を取っていた。
何せ、先程までは掌サイズくらいだった鳥が、一瞬にして一行の倍くらいのサイズまで肥大化したのだから。相手は闇魔なので「ありえない」とまでは思わないが、その現象に慣れていない者が驚くのは当然の事だった。
「ちょっと! これどういう事よ!?」
案の定、アシュレイは敵に注意を払いつつも、片手でアクセルの胸倉を掴んでいた。
「見りゃ解るだろ? 巨大化したんだよ」
「それは解るわよ! あたしが訊きたいのは――」
そこで巨鳥が襲いかかってきた為、アシュレイは手を離し、アクセルとは反対方向に後退する。
「――何で、わざと闇魔を挑発したのかって事よ!」
避けた先で体勢を立て直しながらアシュレイが放った言葉は、ターヤの中で更なる疑問を引き起こした。
しかし、解答はすぐに出される。
「闇魔には光属性の攻撃しか効かないって事くらい、あんただって知ってるでしょう!?」
「私もアシュレイも光属性の技は持ち合わせていない。確か貴様も同様の筈だ」
彼女同様に闇魔の攻撃を避けながら、エマもまた非難の籠った瞳をアクセルに向けていた。その顔は、完璧に怒っている。
それはアクセルもまた気付いているようで、少々焦りながら弁明し始めた。
「あー、いや、確かにここに光属性の攻撃ができる奴は居ねぇけどよ、流石に全く勝算の無い戦いを挑む程、俺は馬鹿じゃねぇぜ?」
「なら――」
再び突進してくる闇魔を難無く回避して、アシュレイは叫ぶ。
「――どういう策があるのか、説明してもらおうじゃないの!」
巨鳥の次なる標的として狙われたアクセルは、アシュレイの言葉に大剣を構えた。
彼の無謀とも取れる行動にぎょっとする皆を置いて、
「こう言う事だよ」
一振り。
真正面からアクセルへと突撃を試みていた闇魔は、そのスピードを利用される形で中央から真っ二つに斬られた。綺麗なまでに直線の切り口を、処刑人に向けながら。断末魔の悲鳴さえも無く、瞬時に塵へと還っていった。
(闇魔って、倒されるとこうなるんだ……)
内心では意外と呑気なターヤとは逆に、行動で答えを示されたアシュレイはと言えば、その常識破りで無茶苦茶な光景に唖然とするばかりである。
「何よ、それ……どう言う事なのよ――」
(なぜ、アクセルの武器は闇魔に効いた? 奴らは《エスペリオ》や〔調停者一族〕などの加護を授かった者でしか倒せない筈だが――)
一方、内心呆然としながら思考するエマは、視線を闇魔が居た場所から大剣を手にした青年へと移した。
そちらに気付く筈も無く、アシュレイの問いにも答えず、アクセルは武器を一度振り払うと背中の鞘に納める。
「闇魔は、全部倒さなきゃならねぇんだよ」
そう呟いた彼の顔は、どこか悲痛でもあった。
そして、その言葉を聞いた瞬間、アシュレイは自らの奥底で何かが蠢くのを感じた。まるで彼の放った言葉に反応したかのようなタイミングで覚えた、謎の感覚。
(……何よ、これ)
正体不明の靄に軽い不快感を覚えるアシュレイだったが、やはり解明できる筈も無く、消化不良の感情を抱えたままになる。
そんな彼女を、エマが悲しそうに見つめていた事を知る者は、居ない。
その後は特に何事も起こらず、一行は[ガハイムズフォーリ鍾乳洞]を後にした。
無論、アシュレイやエマ、更には内心ではターヤもまた、先刻の事柄について非常に気になっており、前者二人は何度か道中アクセルに問うた。アシュレイに至っては詰問に近い粘り具合だったのだが、彼は鋭く飛ばされる質問を全てかわし、結局何一つ答えるようとはしなかった。
そうして気付けば一行は[風の町ヴィントミューレ]に辿り着いてしまっていた。
町に着くと人目やらいろいろとある訳で、これ以上の問いかけは得策ではないと踏んだ二人は誰何を止め、かくしてアクセルは追及を逃れたのだった。
「風の町、っていうだけあって、至る所に風車があるんだね」
ターヤの興味もまた、先程の事態から町の方へと移っている。
彼女の言葉通り、町の中にはあちこちに風車が見受けられた。サイズは小さい物から大きい物まで、形状もさまざまと、見える物だけでも顔ぶれは実に多種多様である。
「ここは海から近ぇし、元々風が流れやすい地形らしいからな」
「だから『風の町』で、風車がたくさんあるんだ」
へー、と更に興味津々な様子で、ターヤは視線を四方八方へと向けた。
まるでお上りさんのような行動を取る彼女は、傍から見ているとあっちにふらふらこっちにふらふらとしており、視線も正面に向けられていないようで、実に危なっかしい。
それを見かねたアシュレイは、彼女へと声をかける。
「ちょっと、ちゃんと前を見て――」
が、言い終わる前に、前方から馬車がやってきたのだった。
しかしターヤは全く気付いていないのか、相変わらず視線を巡らせており、馬車とは今にも接触して弾き飛ばされそうである。
迷わず服の首元を掴むべく手が伸びた。
「危な――」
「――いぜ?」
それよりも早く、馬車と衝突する寸前で、ターヤの腰をアクセルの腕が浚う。
アシュレイは若干の悔しさを感じつつも安堵したが、当の張本人は何が起こったのか理解まで至っていないらしく、目を瞬かせていた。挙句の果てには、自分の腰に回った腕を見て、それからようやくアクセルに助けられた事に気付いたようだった。
全く持って危機感の無い彼女に、思わず溜め息が零れる。
「言わんこっちゃない」
「……え?」
丸っきり解っていない顔で、こてん、と首を傾げたターヤに、アシュレイの怒りは更に募っていく。先程の馬車が鳴らす音には気付かなかったというのに、それよりも格段に小さなアシュレイの声を拾った事も、苛立ちの一因ではあった。