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五章 胎動する闇‐Mule‐(14)

 そして彼が彼女の温泉行きを許可した事で、必然的に一行はしばらくこの村に止まる事になる。
「えー。そんな事より、とっととクンストに向かおうぜー」
「なら、あんた一人で行けば?」
 無論、その決定に、なるべく早く愛剣を修理したいアクセルは不満を漏らしたが、アシュレイにばっさりと切られたのだった。エマの決定となれば、理由がどうであれアシュレイが肯定しない筈が無かったのである。
 多勢に無勢と判断したアクセルはそれ以上口は開かなかったが、唇を尖らせてはいた。
「じゃあ、行ってくるね!」
 温泉への想いに突き動かされて一人駆け出したターヤへと、背後から声が飛ぶ。
「宿に部屋を取っておくから、そこに戻ってくるのだぞ!」
「はーい」
 首だけ回して元気良く返事をしてから、ターヤはぱたぱたと村の中に入っていった。
 小走りに進むターヤに気付くと、村民たちは視線を向けてくるが、外からの訪問者は特段珍しくもないようで、すぐ何事も無かったかのように日常の家事や仕事などに戻っていた。
 それらの光景もまた、ターヤにとっては見慣れないものだった為、次第に歩調はゆっくりになり、代わりに首の方が忙しなく動くようになった。
 家の外に置かれた竿に洗濯物を干す女性、動物の力を借りながら農業に専念する男性、和やかに談笑しながら小さな仕事をする老人、自然の中を無邪気に走り回る子供達。
 その全てが、なぜか懐かしくも感じられた。どうしてこんな気持ちになるのか解らずに思わず足が止まる。
(懐かしいって思うって事は、わたしはこういう長閑な村で暮らしてたのかな?)
 とは言ったものの、ぴんと来る事も無く、うーん、と首を捻った時だった。
 背後で何か物を地面に落としたような、鈍い音がしたのだ。
 何だろう、と振り返る。
 そこに立っていた女性は、足元に転がった籠と、そこから滑り出た洗濯物を顧みる事無く、ただ一心に少女だけを凝視していた。
「――ルツィーナ……?」
 何かが動いた音が、聞こえた気がした。

  2010.06.13
  2013.02.19改訂
  2018.03.10加筆修正

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