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五章 胎動する闇‐Mule‐(13)

「〈麻痺付加〉!」
 すると今度は、フロッシュの全身を静電気のようなものが駆け巡ったかと思いきや、その巨体が完全に停止した。全身が麻痺したのだ。
「さんきゅう、ターヤ!」
 意欲が上昇した為か、アクセルはフロッシュに傷一つ付ける事無く、鮮やか且つ技巧的な剣さばきで次々と纏わり付いている《闇魔》を屠っていく。今度の魔術もそう長くは持たないようだったが、アクセルには十分すぎる時間だった。
「これで、最後だっ!」
 頭上に残った最後の靄を二つに斬ると同時、魔術の効果もまた切れたようだ。
「よっ、と」
 地上に飛び降りたアクセルは皆の許へと戻り、巨大蛙を見上げる。既に闇魔の気配は感じられないが、フロッシュ自身が襲いかかってこないとも限らないので、警戒は引き続き怠っていなかった。
 だが、巨大蛙は正気に返ると、訳が解らないといった様子で数回程目を瞬かせ、次に一行を見付けるも、少しの間見つめただけで、すぐに背後の湖の中へと飛び込んで去っていった。
 その際に大きな水飛沫が立ち、彼らに水滴が飛び散るも、そのくらいで怒る気にはアクセルでさえならない。
「これにて一件解決、ってか」
「そうね。今回はあんたが美味しいとこ取りだったけど」
「だが、それで事無きを得たのだから良かっただろう。それに、ターヤもなかなか良い働きをしていたな」
「それなら良かった。また足手纏いになっちゃったらどうしよう、ってばかり思ってたから」
 呟けば、皆から反応が返ってくる。アシュレイは少々不満そうに、エマは彼女を宥めてからもう一人の立役者を褒めるように、ターヤは重圧から解放されたように、それぞれ武器を収めた。
「……何とかなったみたいだねぇ」
 そして、馬車の御者台に座ったまま、相棒達に護られるようにして終始戦闘を見ていただけのスコットは、ひどく安心したように息を吐いたのだった。
 無論、すぐにアクセルから悪ふざけの一環としてではあるものの、その事について指摘されてはいたが。


 そうしてガハイムズフォーリ鍾乳洞を後にし、一行は再び馬車に揺られながら、目的地たる長閑な小村トランキロラへと近付いていた。
 久々にエマと二人きりで楽しそうに喋っているアシュレイを横目で眺めながら、アクセルはもやもやとした感情を覚えていた。
(おーおー、随分と楽しそうに話しちゃってよぉ……そんなにエマが好きなのかよ、あいつ)
 出会った頃から変わらない光景ではあるのだが、当時からずっと同じような感想しか抱けないのである。
(そもそも、俺がアシュレイの奴に闇魔のことを言うのを躊躇ったのは、別にそういう事じゃねぇんだっての。あいつが非道な奴だと思ってる訳じゃなくてだな……その、何つーか……えぇっと……あー、解んね!)
 脳内で今更となる弁明の言葉を並べ立てるも、途中から自分でも何が言いたいのか、どう言えば良いのか解らなくなり混乱してきたので、強引に打ち切った。ついでに後頭部を掻く。
(そもそも、普通の奴は『魔物』と聞いたら躊躇い無く退治するだろうし、それは軍人のアシュレイも同じ考えの筈だろ? それとも、あいつは何か思うところでもあるのかよ?)
 こちらについても考えたところで解る事も無かったので放棄して、アクセルはまたも二人を見る。
 アシュレイとエマは、相変わらず楽しそうに談笑していた。
 どうも直視していられずに視線を外し、別の事を考える。

(そういや、エマって女性に好かれやすいよな。アシュレイの奴は言わずもがなだし、ターヤの奴はターヤの奴で何かエマに懐いてるしよぉ。やっぱり、あいつの方が良いのかなぁ……)
 内心で考えるようにして呟いたものの、解答が出される訳でもなければ、いいかげんに空しくなってきた為、別の事に思考を巡らそうとして、
 そこでふと、気になる事が一つ。
(それにしても、あの時ここで感じた違和感の正体は闇魔だったんだな)
 エンペサル橋での一件の時、アシュレイとターヤの二人と合流した後に、ふと感じた気がした気配。今思えば、それは気がした訳ではなく、実際に感じ取っていたのだ。
(けど、さっきの闇魔にしちゃ、あの気配は薄すぎだよな。ったく、何がどうなってんだよ)
 だが、溜め息を零したところで、何かが解る筈も無かった。
「楽しみだなぁ」
 一方、ターヤはといえば、意識の全てが温泉に集結し直していた。
 今し方エマやスコットから聞いた話によれば、トランキロラの温泉はこの世界で唯一なので有名な訳ではなく、きちんと効能の方も確かだからこその高い評判なのだそうだ。ちなみにその効能とは、疲労が全て吹き飛ぶ、病気や持病に効く、などといったものらしい。
 温泉自体が好きなターヤとしては、高評価を耳にしてからというもの、更に心待ちにしていたのだ。
「うん、すっごく楽しみ!」
 既に全身には収まらない期待感を持て余し、両手をぎゅっと握り締めた時だった。
「着いたよ、ここがトランキロラだ」
 タイミング良くかけられたスコットの声に反応して、ターヤは馬車から顔だけを覗かせた。視界に入ってきたのは、見上げると首が痛くなりそうな程に大きな山、緑豊かな自然。そして、
「ここが、トランキロラ……」
 少女の目の前には、名前通りの自然に囲まれた喉かで小さな村が広がっていた。
 彼女が見惚れている間に、馬車は村の入り口まで行って止まると、一行をその場に下ろす。肩を叩かれて我に返ったターヤも、慌てて下車した。
 全員を降ろし終えると、スコットは一同を見回す。
「それじゃあ、わしはここで。助けてくれてありがとねぇ、嬢ちゃん達、兄ちゃん達」
「いえ、こちらこそ、ここまで送ってくださり、ありがとうございました」
 笑みを湛えて和やかに礼を述べたスコットに対し、エマは礼儀正しく頭を下げたのだった。
「それじゃあ、また縁があれば会おう」
 そう言うと、スコットは相棒に指示を出し、馬車の方向を転換する。それから一度だけ会釈すると、車輪を回して去っていったのだった。
 その後ろ姿を見送ってから、エマが口火を切る。
「さて、とりあえずはここまで来た訳だが、次はどうする? 消費アイテムなどはウィンドミューレで十分補充してきたのだから、トランキロラでは特に買う必要も無いのだが――」
「エマ、エマ!」
 ここぞとばかりにターヤは強く自己主張する。
 普段とは異なる彼女に若干押され気味になるエマだったが、平静を保ちながら問うた。
「どうした、ターヤ?」
「わたし、温泉に入りたい!」
 待ってました、と言わんばかりに輝く瞳で、彼女は彼を意図せず上目づかいに見た。その両目には、ありありと期待の色が籠っている。
 子どものように純粋な眼で見られては、エマも弱かった。
「そうだな、入ってくると良い」
「本当? ありがとう!」
 眩しくて直視できなかったのか、さりげなく視線を逸らして誤魔化すように咳払いをするエマだったが、当の本人たるターヤは気付いてもいないようだった。それどころか、益々温泉に対する期待を高めている。

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パララシス

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