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五章 胎動する闇‐Mule‐(12)

「見てなさい、こういう時にあたしが――アシュレイ・スタントンがどう対処するのか、あんたに見せてあげるわ」
 宣言するや否、アシュレイの姿が掻き消える。
 高速で相手の許へと向かったのだと理解した時には、彼女は既にフロッシュの眼前に立っていた。
 一人で戦うつもりなのかと悟るも、エマはいざという時に素早く槍を手にできる体勢に移行するだけに留めた。なるべく、彼女の意思を汲み取りたいと思ったからである。
 しかし、他人の気配に敏感な筈のフロッシュは、アシュレイの存在に気付いてすらいないようだった。
(やっぱり闇魔に浸食されてるのね)
 レイピアの柄を握る手に、力が籠った。
(でも大丈夫、あたしが救ってみせるわ!)
 気迫の籠ったアシュレイの後ろ姿を眺めながら、アクセルは一息吐く。
(あいつがやる気なら、俺も真面目に仕事しねぇとな)
 ともかく、自分にしか斬れない闇魔に対処しなければ、とアクセルは大剣を鞘から抜いた。そのまま武器を携え、アシュレイの許へと向かう。
 すると、それまではまるで意識が朦朧としているかのように周囲を認識さえしていなかった巨大蛙が、初めてぎょろりと両眼を動かし、その球体にアクセルの姿を映したのだった。
 大きな溜め息が零れ落ちる。
「……やっぱ、俺には反応するのかよ」
「ちょっと! どういう事よ!?」
 面倒臭そうに頭を掻いたアクセルへと、アシュレイの怒号が飛ぶ。
 そうは言われても説明できないので困るアクセルだったが、フロッシュが敵意と戦意を持って彼に狙いを定めてきた為、ある意味で好機と取る。横目に確認すれば、ターヤもまた慌てて杖を取り出していた。
「そんな事より、来るぜ!」
 言いながら、彼女から離れるようにして駆け出した。
 予想通り、フロッシュはアクセルしか見えていないようで、一目散に彼だけを追いかけてくる。
(やっぱりか。余程俺達一族が嫌いみてぇだな)
 自嘲気味に笑って振り向くと、カウンターを狙って大剣を振る。
 が、察していたのか、直前でフロッシュは停止、すぐに後方へと下がる。巨体にしては、実に俊敏な動きであった。
 思わず、嘆息が零れる。
「速ぇな、おい」
「気を付けなさい! フロッシュは瞬発力に秀でた魔物よ!」
「それを先に言え――」
 反射的に言い返しかけた時、影が差したかと思いきや、踏み潰さんとばかりに左足が降りてきた。
「――よっと!」
 回避には成功したものの、ぎりぎりであった。
「こいつは厄介だな……!」
 その巨体に似合わぬ瞬発力と巨体を生かした攻撃を使い分けられては、主に頭の方を覆っている闇魔まで辿り着ける自信が無い。
 そうしている間にも、再度フロッシュの足がアクセルへと迫るが、
「〈盾〉!」
 それよりも速くターヤの防御魔術が発動し、攻撃を防いでいた。
 その間にアクセルは巨大蛙から距離を取り、彼女とエマと合流する。
 アシュレイはフロッシュの気を一時的にでも逸らす為か、高速で動き回りながら撹乱に徹していた。
 彼女が作ってくれた貴重な時間を無駄にしないように、すぐにアクセルは二人に頼む。
「悪ぃが、あいつの気を何とか俺から逸らしてくれねぇか? 今の状態ならまだ完全には浸食されてねぇから、憑りついてる闇魔を倒せば落ち着かせられるんだ」

「随分と素早い相手な上、狙い撃ちにもされているようだが、勝算はあるのか?」
 品定めをするかのような視線を向けてくるエマを、真っ向から見返す。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、俺を誰だと思ってるんだ?」
「解った、貴様に一任する」
 すぐさま神妙な顔付きとなり頷くと、エマはターヤを見た。
「貴女も構わないか?」
「うん、なるべく離れるし、大丈夫。だから、アクセルはフロッシュを助けてあげて」
 二人の同意を得たと知るや、アクセルは別方向へと向かって走り出した。
「なら、頼むぜ!」
「『夢現の境を越える幻影を以て』――」
 応える声は無く、代わりに詠唱する声と、同様に疾走する足音だけが返ってきた。
 だが、それで良い。
 エマとアシュレイに前方を任せ、アクセルはなるべく気配を潜めながらフロッシュの後方に回ろうとする。
 のだが、流石に相手は彼の気配には敏感なようで、またも足が飛んできた。
「うぉっと!?」
「――『彼の者を惑わせよ』――」
 またもかわせたものの、幾ら気配を潜め、他三人に注意を引き付けてもらおうとしても、相手はそう簡単には策にはまってはくれないようだ。
 エマもまた、相手の速度という壁に直面しているようだった。
 唯一フロッシュの動きについて行けているのはアシュレイただ一人だけだが、その彼女も体力の問題で徐々にスピードは落ち始めているように見えた。
 このままではまずいと、足は止めず、どうするかと思考を巡らせていたところで、ターヤの魔術が発動する。
「〈混乱付加〉!」
 瞬間、巨大蛙の動きがぴたりと止まった。
 何事かと驚き同じように停止する面々だが、次いで少しだけ動き出したものの蛙の目が回り始めれば、ようやく事態を理解したのだった。
「相手を混乱させる魔術か!」
「よし、今のうちだ!」
 これを期宜として見逃さずに、すかさずアクセルは巨大蛙へと向かっていく。大きく跳躍して背に飛び乗ると、見える範囲の闇魔を即座に切り捨てていく。
 本来ならば一閃するだけで良いのだが、憑依タイプの闇魔は対象の全体に拡散される状態となる為、その全てを斬り飛ばさなければ退治できないのである。
(ほんっとにこいつらはめんどくせぇ!)
 内心で悪態を付いたアクセルだったが、ふと蛙の目の回り具合が次第に治っている事に気付いた。
(やっべ、このままだと闇魔を斬り終える前にまた振り出しに戻っちまう! もうこいつにさっきの魔術は通用しねぇし――)
 一度かけた魔術を同じ対象に使用した場合、少しでも耐性が付いてしまう為、二度目からは徐々に効果が下がっていくものである。特に〈能力上昇〉などのステータス上昇補助系や、先程の〈混乱付加〉のような異常状態付加系ならば尚更だ。
 善は急げとばかりに、素早くアクセルはターヤを見下ろした。
「おいターヤ! 他に何かないのかよ!? こいつを止められそうな奴はよぉ!」
 声をかけられた彼女は驚くも、思い当たる魔術があるのか、すぐに彼を見上げた。
「えっと、それなら、ちょっと試してみたいのがあるんだけど……だ、大丈夫かな?」
 ただし、提案してはみたものの、とても不安そうな声だった。どこか申し訳なさそうにも見受けられるのは気のせいなのだろうか。
 しかし、今のアクセルには彼女の心境を察知できる余裕など無かった。
「良いからとっととやれ!」
「う、うん! 『神経を侵す電撃を以て彼の者を痺れさせよ』――」
 故に決死の声で叫べば、即座に彼女は詠唱を開始する。怒鳴りつけた効果なのか、その詠唱は先程の比ではない速さだった。

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