The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
五章 胎動する闇‐Mule‐(11)
軽く流された本人はつまらなさそうに唇を軽く尖らせたが、結局は彼女についていく。
「どういう事だよ、それ」
「あの男、いろいろと怪しすぎるのよ。あからさまに笑顔を作ってるし、彼女のことを知っているようだけど、そのくせ自分のことは全く語らないなんて素性どころの問題じゃないわ」
警戒心剥き出しのアシュレイには、しかしアクセルも同意した。
「まぁ、確かにな。どうもあいつは謎が多すぎ――」
そこで、突如として一行を地震が襲う。
「「!」」
それにより馬車は急停止を余儀なくされ、皆は咄嗟に対応できたものの、
「うっ、わっ……!?」
突然の事にターヤは受け身を取れず、馬車の壁に背を強くぶつけた。
揺れ自体は大して強くはなく一瞬の事だったので、収まるや否、アクセルとアシュレイは様子を見るべく馬車を降りていった。
スコットは相棒達に声をかけている。
「いたたたた……」
そんな中、ターヤは一人ぶつけた背中を擦っていた。
(みんな、よく反応できるよなぁ)
やはり彼らと自分との間には、どうしても溝や壁を感じてしまうターヤであった。先刻、戦闘系《職業》ではないと言っていたスコットでさえ、彼女のような無様な姿は晒していないのだから、いかに自らの瞬時の対応力が低いのかを思い知らされる。
と、そこに一つの手が差し出された。
「大丈夫か、ターヤ?」
見上げた先にあったのは、エマの顔。
「うん、ありがとう」
その手を借りて立ち上がると、彼に続いて少女もまた馬車の外へと出た。
地震によって馬車が止まったのは、以前ターヤとアシュレイが流された場所にもあったような、壁際にできた小さな湖の近くだった。大きな揺れに見舞われたからか、水面には波紋が広がっている。
先に降りていた二人の許へ行くと、彼らは怪訝そうな顔をしていた。
「どうした、二人とも?」 エマが声をかけると、アシュレイが答えた。
「それがですね、エマ様。先程の地震の規模から考えて、原因は巨大なモンスターが暴れたからだと推測できるのですが――」
「それらしきモンスターは見当たらねぇんだよ。ここら一帯のモンスターも非難しちまったみてぇだから、そう遠くに居る訳じゃねぇと思うんだけどな」
こちらを見ず、鋭い目つきで周囲を警戒しながらアクセルが続ける。その利き手はアシュレイ同様、武器の柄に伸びていた。
「それに、どうにもきな臭ぇ感じもするんだよな」
彼がそう言った瞬間、近くにあった小さな湖が大きな飛沫を上げた。
「「!」」
水中から飛び出してきた『何か』は、湖の前の地面に着地する。
それと同時に先程同様の揺れが発生したが、今回は咄嗟にエマにしがみ付いた為、転倒を逃れたターヤだった。
「何が……っ!?」
揺れが収まって視線を動かすと、意図せずその生物が視界に入り、ターヤは思わず顔を引きつらせた。
それは、巨大な蛙の姿をしたモンスターだった。大きさにして、スコットを加えた一行の中でも一番背の高いアクセルの、およそ二倍。身体の表面は滑っており、僅かな光を反射しててかてかと光る様は、美しいというよりも気味が悪かった。
要するにその巨大蛙を、ターヤは素直に気持ち悪いと感じた訳である。
「な、何あれっ……!?」
「あれは……この鍾乳洞の主《フロッシュ》ね」
思わず上ずった声で呟きながらエマを盾にするようにして隠れるターヤだったが、アシュレイは全く気にならないようだ。寧ろ、警戒態勢を解き、逃げ腰な彼女に呆れたと言わんばかりの視線を寄こしてくる。
「フロッシュは下手に挑発しなければ、基本的には温厚な魔物よ。別にそんなに怖がる必要も無いと思うけど?」
「いや、どうやらそれは違うみてぇだぜ?」
ターヤの態度が理解理化できずに放った言葉を即座に否定された為、嘘を吐くなとばかりにアシュレイはアクセルを睨み付けた。
だが、彼の周囲に漂う空気にはふざけた感じが無く、その頬には冷や汗が流れていた。先程までは触れるだけだった手も、今はしっかりと大剣を掴んでおり、全身で戦闘時における体勢を取っている。
至って真剣な彼の態度を目の当たりにし、アシュレイは再び巨大蛙を見た。
以前にもフロッシュを目にした事がある彼女だったが、眼前に居る巨大蛙は、当時と比較しても明らかに様子がおかしかった。その両目には光が灯っておらず、全身に黒い靄のようなものが纏わり付いているのだ。
「あれは……」
「闇魔だ。しかも、憑りつくタイプのな」
厄介な事になったとその顔には書いてあるが、アシュレイは納得がいかなかった。
「いかにも敵は危険ですって顔をしてるけど、あんたの攻撃は闇魔に効くんでしょ? どういう理屈なのかは知らないけど」
「いや、確かにそうなんだけどよぉ」
けれども、アクセルの返答はいまいち煮え切らない。
どことなく歯切れの悪い彼に業を煮やしたアシュレイとしては、胸倉を掴みあげたいところだったが、その衝動は仕舞い込み、その代わりに強い口調で問うた。
「良いからはっきりしなさいよ。相手がいつこっちに気付いて襲いかかってくるかも解らないのよ?」
詰問というよりは命令だったが、アクセルは尤もだと思ったのか、口を開く。
「あのな、憑りついてる闇魔にはこの中だと俺の攻撃しか効かねぇだろうけど、本体の蛙の方ならおまえらの攻撃も効くんだよ。だから、その――」
途中で相手の顔色を窺おうとして、その怒りに満ちた鋭い眼光に射抜かれた。そのままアクセルは硬直するが、逆に彼女はひどく苛立っている。
「何よあんた、まさかあたしが闇魔に攻撃が効かないからって、本体の魔物の方を倒そうとするような非道な奴だとでも思ってる訳?」
「アクセル、自業自得だ」
呆れたようにエマが呟いていたが、それよりもアクセルは一変したアシュレイの雰囲気に震え上がっていた。何とかして釈明しなければ、と脳内にて緊急指令が発令される。
「あ、いや、その――」
「あんたがあたしをどう思ってるのか、よーく解ったわ」
剣幕に怯えながらも必死に行われる弁解を遮ると、少女は抜刀する。
そして、あろうことか、その剣先を青年へと突き付けたのだった。
「嬢ちゃん!?」
「アッ、アシュレイ!?」
これにはスコットとターヤがたじろぐが、エマに制された。
「いや、大丈夫だ。彼女に攻撃の意図は無い」
彼の言葉通り、レイピアがアクセルに触れる事は無かった。僅か数センチ程ではあるが、距離も空いている。
安堵を覚え、少女と老人は同時に胸を撫で下ろした。