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四十章 決意の果て‐telos‐(9)

「どれだけ部下を連れていても、あなたは誰も信じていないようにしか見えないよ。だから結局、最後は自分から動いてるんだよね? だから、邪魔だと思ったらみんな切り捨てちゃうんだよね? だから、魔道具で無理矢理従わせたりするんだよね?」
 確かめるように、ターヤは言葉を紡いでいく。
 クレッソンは、一転して黙り込んでいた。まるで図星を突かれたかのような様子の彼には、他でもないオーラが瞠目している。
 他の面々もまた、クレッソンを言い負かすターヤという構図に、すっかりと意識を奪われてしまっていた。それ程までに、予想外の事であったのだ。

 クラウが、眩しそうに目を細めた。
「あなたは、本当は寂しい人なんだよ。愛に、飢えてる人なんだよ。でも、自分で、それを見ないようにしてるだけなんだよ。だから、いつだって、その仮面を被ったままなんだよね?」
 思ったままにターヤが唇を動かせば、今度こそ完全にクレッソンの表情から笑みが引っ込んだ。代わりに浮かんだのは、自身の秘めた部分を他者に暴かれてしまったかのような、怒りを湛えた形相である。
「言ってくれる」
 地を這いそうなくらい低くなった声が、その口からゆっくりと吐き出された瞬間、ぶわっと彼の影から大量の黒い影が噴き出した。
「「!」」
 その正体を、一行はよく理解していた。
 故に、思わずターヤは口元を押さえ、アクセルは舌打ちしてしまう。
「聖域なのに闇魔が現れるなんて……!」
「まじかよ……!」
「ニスラ、貴方……!」
 そしてオーラは、蒼白な顔付きと化していた。それは予想外の事態に驚いているようにも、事実だと知ってしまい呆れているようにも取れる。彼女が知っていたのか否かについては、その表情からは読み取れそうにはなかった。
 クラウとブレーズ、クラウディアもまた知らなかったようで、その表情を驚きに染め上げていた。
 クレッソンだけは一行の反応に気分を良くしたらしく、普段通りの笑みへと戻っている。
 彼の上空には、いつの間にか二つの影が形作られていた。
 片や、片足が青銅、もう片足がロバという女性の姿をしている闇魔。
 片や、下半身が蛇、上半身が人間の女性の姿をしている闇魔。
 その両者共が、鋭く突きさすような視線を、アシュレイただ一人に向けていた。《世界樹の神子》でも調停者一族の者でも《神器》でもなく、他でもない彼女だけに。
「中級闇魔《雌蟷螂エンプーサ》と《牝狼モルモー》だ。幾ら《世界樹》の加護を受けた者が要るとは言え、容易に御せるとは思わない方が得策だろう」
 若干の揶揄を込めてクレッソンは忠告してくるが、そこについては一行の方がよく知っていた。伊達に、今まで何度も上級闇魔を相手にはしていないからだ。だからこそ、頬を冷や汗が伝うのも仕方の無い事だった。
『これが、異様な気配の正体か』
 逆に《氷精霊》は初めて目にする、あるいは相対する闇魔に度胆を抜かれてしまっているようだ。そのポーカーフェイスは、本日だけで何度目になるかも判らない崩壊を起こしかけていた。
「けど、闇魔に憑かれてるのに〈星水晶〉の傍に居て大丈夫なの?」
 反撃にはならないだろうと推測しつつも、スラヴィは皮肉を向けてやる。
 しかし案の定、クレッソンは動じた様子など微塵も無い。
「忠告は、ありがたく受け取っておくとしよう。だが、これらは私に憑いている闇魔ではない。彼女達は、私に協力を申し出てくれたのだ」
 予想外すぎる内容には驚くしかない一行だったが、続くクレッソンの言葉でおおよそは理解できた。
「彼女達は《冥府の主ヘカテー》の眷属だそうだ。さぞかし、貴女には積もる恨みもあるのだろうな」
 ヘカテーは、アシュレイが生み出した闇魔であった。当の宿主すら最近になるまで知らなかったのだから、その間に眷属を生み出していてもおかしくはない。そして、闇魔にも主に忠誠を誓っている者は居るらしく、それがちょうど、この闇魔達には当てはまっているようだった。

 クレッソンと闇魔達から視線を向けられたアシュレイは、ほんの一瞬だけ固まった。それでも、即座に何事も無かったかのように鼻を鳴らすだけだ。
「で、その闇魔が、何であんたに協力してくれてる訳? それだけじゃ不十分だわ」
 無視されるような形となったエンプーサとモルモーは眉を顰めるが、まだ襲いかかってはこない。
 クレッソンは、意味深な笑みを浮かべるだけだった。
「それと、これだけでは貴女達には不十分なのだろう?」
 それから彼は続けて、合図を出すかのように片手を上げてみせる。
 すると、今度は何やら大量の足音が聞こえてきたかと思えば、どこからともなく大量のモンスターが姿を現した。その数、何百。白熊も冬狐も交ざっており、まるで雪山に住むモンスターを全てかき集めてきたかのような大群である。
 これにも一行は驚かざるを得なかった上、今の今までモンスターと遭遇しなかった意味をようやく理解した。
「マンモスどころか、モンスターも支配下に置いていたとはな」
 笑みは浮かべたままでありながらも、レオンスのポーカーフェイスはほぼ崩れかけていた。
「しかも、かなりの数みたいね。この山の中に居る全てを、あいつが操ってると考えた方が良いわ」
『それは、一筋縄ではいかなさそうだ』
 注意深くモンスターの気配を探りながらアシュレイが零した言葉により、《氷精霊》はいつ何が起こっても良いように構える。
 スラヴィは既にマンスとモナト、そして自らを〈結界〉の中に隔離していた。
 ターヤもまた、クラウのことは一旦思考の端に追いやっていたが、先頭に居たからかモンスターに包囲されるような形になってしまっていた。ただしオーラも一緒だった為、彼女の〈結界〉には護られていたが。
 ターヤは詠唱を始めたかったが、自分とオーラだけが皆から引き離されているかのような位置にされた事に、不安を覚えてもいた。何か仕かけられているのではないかと考えると、迂闊に行動できなくなったのだ。また、闇魔が複数居るのならば、自分もそちらに向かった方が良いのかもしれないと考えてもいた。
「闇魔を相手にできるのは限られるわね」
 一方、おおよその敵を把握したアシュレイはアクセルへと視線を寄越す。
「ったく、奥の手にしときたかったのによぉ」
 それを受け取った彼は悪態をつきながらも、手にしていた大剣を背中の鞘へと仕舞う。それは、彼女に応えるという意思の提示でもあった。
「なら、そっちはあんたに一任するわ。頼んだわよ、アクセル」
 応答を受け取るや否や、アシュレイはマフデトと化す。そして、一声、吠えた。
 自らよりも格段に強大な相手に威嚇されたモンスター達は、思わず怯んでしまう。そのくらいの迫力だった。
『悪いけど、邪魔するつもりなら容赦しないわよ!』
 やはり魔物の姿になれば力関係は歴然のようだと知り、アシュレイは暗にこの場は引けと、モンスターの群れに忠告する。正直、仲間達も要るとは言え、これだけの数を相手にできる確信は無かったのだ。
 だが、クレッソンが再度手を持ち上げれば、モンスター達は弾かれるようにしてマフデト、並びに一行へと襲いかかる。
 やはりそう上手くはいかないと知り、マフデトはさりげなくアクセルを護るような位置についてから、相手方の攻撃を時には弾き、時には受ける。
 何とも勇ましいその様子を見てから、アクセルは彼女と背中合わせになるかのように一歩だけ踏み出した。せっかく彼女自身の口から良い台詞が聞けたのだから、自分も頑張らねばならないとして、彼は闇魔と対峙する。
「よぉ、わりぃけどよ、おまえらには俺に付き合ってもらうぜ」
 言いながら、アクセルは片手を胸の辺りまで持ち上げて掌を下に向けた。瞬間、そこから浮かび上がった魔法陣が、どこからともなく一振りの大剣を引っ張り出してくる。それを手にした彼は、不敵な笑みと共に、その切っ先を真っすぐに闇魔へと向けてみせた。
「何せ、あいつ直々の頼みだからな」

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