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四十章 決意の果て‐telos‐(10)

 憎き標的の方に向かおうとしていたエンプーサとモルモーは、その前に立ちはだかった彼を見て、悔しそうに唇を引き結んだり噛み締めたりしている。その理由が調停者一族という事実だけではなく、先日、族長の証として父から受け継いだ物――現在手にしている大剣にもあると、アクセル自身は踏んでいた。
 大剣グラム。それは、かつて初代《龍殺しの英雄》が有していたと伝えられている、一振りの大剣だ。現在では調停者一族の族長に代々引き継がれる物となっていたが、使い手を選ぶので、ヴァルハラ樹海にて《死せる戦士達》の一人により護られていたのだ。また現在では《世界樹》の加護を受けてもいる為、闇魔にも効果があるようだ。
(やっぱり、なーんか気持ちわりぃくらい手に馴染むんだよな、こいつ)
 まるで自身の手そのものであるかのような相も変わらぬ感覚に、アクセルは少しだけ目を細めた。

 しかし即座に、何はともあれ目的を遂行できるのならば万々歳という思考に切り替わり、相手から視線は外さないまま、大剣を構えた彼はターヤへと声をかけておく。
「こっちは任せとけよ、ターヤ!」
「うん!」
 そちらは任せたと言ってもらえた気がしたターヤはアクセルへと応え、眼前のクレッソンに意識を集中する。最早ただ状況を眺めている場合ではなかった為、躊躇う事は止めた。
「『漲れ力よ』――」
 ターヤが詠唱を開始しても、オーラはクレッソンを見つめたまま動かない。その眼は、何かを推し測ろうとしているかのようでもあった。
 相手もまた周囲の状況など気にせず、彼女だけに視線を合わせている。
 この間にもマンスが《風精霊》を召喚し、マフデトを支援させつつ攻撃もさせていた。レオンスもまた風に空中での移動を補助してもらいながらモンスター達を相手にしており、《氷精霊》は無理の無い範囲で片っ端から凍らせていく。
「――〈能力上昇〉!」
 ターヤが発動した支援魔術は、瞬く間に一行全員のステータスを増強した。
 闇魔と互いに距離とタイミングを計っていたアクセルは、これを機に攻勢へと転じる。
 斬りかかられた闇魔の方はそれを避けるも、相手を警戒しているらしく、今のところ反撃には出てこなかった。
 ブレーズ達は指示を出されていないからなのか、戸惑いつつもその場に留まっているだけだ。
 オーラとクレッソンは、未だに動かない。
 そちらが気にかかりつつも、ひとまずターヤが次の詠唱に入ろうとした瞬間だった。
 突如として天井が破壊されたかと思えば、そこからその残骸と共に何かが降ってきたのだ。
「「!」」
 これには流石に一行もモンスターも闇魔も手を止め、それぞれ回避や防御へと移る。無論、ブレーズ達もまた、クラウの〈展開〉によって護られていた。
 しばらくして粉塵が収まった頃に見えてきたのは、他でもないマンモスの姿だった。
 予想できなかった訳ではないが、オーラの魔術故に楽観視していた節のある面々は、驚く他ない。特に、彼女自身は僅かに眉を顰めている。
「来たか」
 ただ一人、その姿を目に止めたクレッソンだけが、眉一つ動かさずにそうとだけ呟く。
「随分としつこいね」
「オーラの魔術が破られたのか」
 スラヴィの表情にはさほど変化は無いが、レオンスが吐き出した声は苦々しげだ。
 対してマンモスは、その巨体を少しだけ上方へと伸ばしたかと思えば、次の瞬間には足元目がけて思いきり全体重をかけていた。
「「!」」
 マンモスの行動に一行が驚愕した刹那、その足元がその衝撃によって割れ目と凹みを生じさせ、そこを中心として次々と亀裂が入っていく。マフデトでさえ止める暇も無く、全体に行き渡ったヒビは瞬く間に崩壊を引き起こし、その空間に居た全員を容赦なく飲み込んだ。

「きゃっ!」
「うわぁっ!」
「くっ……!」
 四方八方からさまざまな悲鳴が上がり、皆は次々と崩落に呑み込まれていく。
 ターヤ達三人が居た足場は綺麗に形を残したものの、落下している事には変わりなく、ターヤは何度も味わった事のある浮遊感に包まれながら、今にも転倒しそうだった。
「わっ――」
 しかし、唐突にそれらが消え去り、寧ろそのせいでターヤは膝を付いてしまう。何事かと慌てて周囲を見回せば、周囲で落下している氷の速度が上がっていた――否、自分達が現在居る足場だけが、緩慢になっていたのだ。
「これって、浮遊の魔術?」
「〈星水晶〉の力、ですか」
 思わず零した声には、オーラが補足するように応えた。相変わらず彼女がバランスを崩す事は無かったようだ。
 二人の言葉に対して正解だと言わんばかりに、クレッソンは懐から手で握れるくらいの〈星水晶〉を取り出してみせた。それはすぐ彼の掌上に浮かび上がり、煌々と輝き始める。
 これを目にしたターヤはつい冷や汗をかく反面、オーラが〈星水晶〉の影響を受けていない事に安堵してもいた。また、視界の端にクラウディアに拾われたブレーズとクラウ、《風精霊》に助けられた仲間達を見付け、そちらに対する心配も払拭される。
「これで、邪魔をする者は居なくなったという事だ」
 二対一という状況でありながら、やはりクレッソンは不敵な笑みを浮かべている。
 現状も彼の策のうちだと理解したターヤは、思わずしゃがみ込んだまま身構え、完全に笑みを消したオーラは、本気だとでも言うかのように眼を細めた。
「〈流星群〉」
 先手を打ったのはオーラだった。まず破壊力が高めな属性の上級魔術を選択するところからして、既に容赦が無い。
「〈反魔術〉」
 けれども、クレッソンは動じる事無く対応してみせた。彼が唱えると同時に手のうちの〈星水晶〉が輝きを増し、オーラが上空に用意していた星々が跡形も無く消え失せる。
「!」
 まさかクレッソンが〈反魔術〉を遣えるとは思っておらず、ターヤは目を見開いた。
 オーラは即座に別の魔術をも使用したが、こちらもまた同じように打ち消されてしまう。
 二度も連続で破られてしまえば、まぐれという可能性は大いに低くなる訳で、ターヤは無意識のうちに疑問を口から発してしまう。
「原石でも、ここまでできるの?」
「いえ、常人ならば、原石のままでは〈星水晶〉の力は引き出せません。まさか、ニスラがこれ程の力量だったとは……いえ、もしかすると」
 顔付きにはあまり変化が無かったが、オーラの声もまた驚きで染められていた。一行の中では彼女が一番クレッソンについて熟知しているようだったが、それでも知らない事はあったようだ。
 足元に注意を払って立ち上がりながら、ターヤは緊張を強めていた。
 現在、この場には彼女とオーラの二人しかおらず、皆の救援は望めない。そして、こちらの攻撃の要となる筈だったオーラの魔術は、クレッソンに相殺されてしまう事も解った。ターヤはターヤで詠唱に時間がかかる為、唱えている間に邪魔されてしまうだろう。その隙にオーラが攻撃すれば良いのかもしれなかったが、それでも〈星水晶〉に両方とも消されてしまう気がしてならなかったのだ。
 同じような事を考えているらしく、オーラも一旦攻撃の手を止めていた。
 彼女が張った〈結界〉だけはまだ残っている為、それだけが今のところはターヤに防御面での安心感を与えている。

 それでも、脳内の混乱は消えない。
(何とか、打開策を見付けないと)
 かくして、戦況は膠着状態に留まっていた。


「〈落雷〉」
「――〈天罰〉!」
「〈反魔術〉」
 オーラとターヤが同時に放った上級攻撃魔術は、けれどクレッソンにより呆気無く掻き消された。

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