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四十章 決意の果て‐telos‐(7)

『案内は、どこまですれば良い?』
「古代地底湖まで頼める?」
 確認するかのような《氷精霊》の問いには、真っ先にスラヴィが応じていた。
 無論、目的地がフィデース雪山だとしか知らなかった彼女は、少しばかり目を見開く。
『聖域に用があったのか。もしやそれは、あの青い一団と関係があるのか?』
 何とも察しの良い彼女に内心で驚嘆しつつ、ターヤはしっかりと頷いてみせた。自然と杖を握る手に力が籠ってくる。
「うん。わたし達は、彼らのしようとしてる事を止めなくちゃいけないの」
「《世界樹》さんを掌握するという、この世界の構造そのものを揺るがす恐れのある彼らの目的を、許容する訳にはいきませんので」
 オーラもまた、仮面の如き笑みを取り払った真顔で続ける。そこに宿っている決意は、誰の目からしても使命感からだけではないように見えた。
 曖昧ながらも明確な答えを受け取った《氷精霊》は、すぐに踵を返す。
『それなら、ついてきて』
 そして、腰から上だけを一行の方へと振り向かせ、これ以降の道案内をも了承したという意思を示してきた。その目は精霊としての使命感と決意に燃えており、同時にターヤとオーラの正体を知っているようでもあった。
 かくして《氷精霊》に導かれたまま、一行はフィデース雪山内部を奥へ奥へと進んでいく。今のところモンスターと遭遇する事も、アシュレイやアクセル辺りが気配を感じ取る事も無かった為、一行には少しばかりの余裕が生じていた。
 故に、今しかないと踏んだターヤは、気になっていた点をオーラに対して問う。
「それにしても、クレッソンはずっと『《世界樹》を掌握する』って言ってるけど、実際にはそんな事ってできるの?」
「おおかた〈星水晶〉が重要な役割を果たすんじゃないかしら?」
 彼女の疑問に自分なりの見解を示しながら、アシュレイが視線を受け継いで向けてやれば、その意味を理解していたオーラは首肯した。
「はい、アシュレイさんの仰る通りかと。おそらくニスラは、古代地底湖を利用するつもりではないかと思われます。あそこは聖域ですから」
「けどよぉ、何で聖域で〈星水晶〉を使うと、《世界樹》を掌握できるようになるんだ?」
 訝しげにアクセルが発した言葉には、残りの全員が動作で同意を示す。
〈星水晶〉とは、高純度の〈マナ〉を有する聖なる鉱物であり、その主たる《世界樹》の脅威になるとは考えられなかったからだ。
 流石に、この説明だけで理解できるとは思っていなかった為、オーラはすぐに続きを紡ぐ。
「聖域とは、〈マナ〉の濃度がどこよりも高い場所のこと。つまり、それだけ《世界樹》さんとの繋がりが強いという事でもあります。ですが、現在《世界樹》さんは世界中における〈マナ〉の管理と、自らの中に眠る魂を廻す事、そして闇魔の対処で精一杯の状態である上、闇魔の活動が活発になっているせいで、本来の御姿と比べれば弱ってもいらっしゃいます」
 現在の《世界樹》には殆ど余裕が無いに等しいのだと、この説明で改めてターヤは気付かされる。現在の最優先事項を片付けた後は、今まで以上の速度で闇魔を浄化しなければ、と彼女は自らに言い聞かせた。
「もし、このような状況において、多くの〈マナ〉が一気に《世界樹》さんに向かって逆流した場合、いったいどうなると思われますか?」
「〈マナ〉だから寧ろ助けになる、とはいかないんだろうな」
 思い浮かんだままに答えかけて、オーラの表情が強張っている事に気付いたレオンスは、即座に否定する。
 そうなれば彼女は首を縦に振った。
「はい。幾ら《世界樹》さんとは言え『神』ではありませんから、保有できる〈マナ〉の量にも限界があります。無論、他の追随を許さない程度には膨大な量を保有できますが、それでも数多の〈星水晶〉を使用した際に生じる〈マナ〉の量は計り知れないでしょう。幾ら《世界樹》さんとは言え、一度にそれだけの〈マナ〉を受け取る事は、不可能に近いかと」
 最後の方は、自然とオーラも眉根を寄せていた。

 そして、ここまで言われれば、皆は何となくではあるが想像が付いてしまう。
 おそらくクレッソンは、クラウディアに入手した〈星水晶〉を成長させ、それらの〈マナ〉を古代魔術によって古代地底湖から《世界樹》へと逆流させる事で更に弱らせ、その隙に大樹を自らの支配下に置くつもりなのだろう。その場から動けない《世界樹》では、聖域を利用されてしまえば逃げ道は無い筈だ。
「薬も使い過ぎれば毒と化すように、エネルギーの過剰接種は大変危険なのです」
 何とも解りやすい例えにより、一気に話が現実味を帯びたようで、ターヤは思わず身震いした。《世界樹》への心配が募る。
『しかし、聖域から直接《世界樹》を狙うという事は、他の聖域にも影響が出そうだ』
「《世界樹》さんが弱れば聖域の力も弱まるでしょうから、どちらにしても、その可能性は高いかと」
 答えるオーラの顔は蒼くなっているようにも見えた。その内の一つ、ヴァルハラ樹海に住むアルテミシアとベルナルダンのことを心配しているのだろう、とターヤは推測する。
「それで、彼はどうやって、弱らせた後の《世界樹》を支配するつもりなの?」
 先を急かすように、スラヴィは自分から話を進めさせようとする。
 けれども、オーラは途端に煮え切らない顔付きとなるだけだった。この痒い所に手が届かないかのような反応に、怪訝な表情を浮かべる仲間達へと、彼女は言いにくそうに告げる。
「それが、情報が閲覧不可になってしまっているようで……確認できないのです」
 え、と思わずターヤは驚きの声を上げてしまう。
 他の面々もまた、予想外の回答には目を瞬かせたり、丸くしたりしていた。
「でも、おねーちゃんには〈世界図書館〉があるんだよね?」
 マンスの疑問は最もなのだが、オーラの表情に変化は無い。
「はい、そちらには既に何度もアクセスしています。ニスラは随分前からこの計画を進めていますから、タイムラグはありません。ですが、何度試しても、そこに関する情報が閲覧できないんです。何か、更に大きな力に阻まれているようでして……」
「だから、さっきから、予想の域を出ないような言い方しかしてなかったのね」
「これもクレッソンの仕業なのかな?」
 納得したようなアシュレイが呟き、ターヤは空いている方の手を顎に添えるようにして考える。とは言え、実際のところは解る筈も無く、殆どポーズのようなものだった。
「そこについても解りません」
 案の定オーラは、その疑問に答えてくれた。無論『解答』ではない上、その表情自体も硬くなっていたのだが。
 何とも先行きが不安になる事態により、一行の間に流れる空気はどこか重くなり始める。
「結局、オーラの推測を元に考えるしかねぇって事だな」
「クレッソンが目的を果たす前に、止められれば良い事だよ」
 それに耐えかねたのか困ったように頭を掻いたアクセルへと、ターヤは思ったままに言い返した。すると目を丸くされてしまい、寧ろ言った本人の方が驚いてしまう。
 しかし見回してみれば、他の面々も、勿論オーラも目を瞬かせていた。
「おまえ、言うようになったよなぁ」
「いや、ターヤは元から、怖いもの知らずなところがあったと思うな」
「そこにつきましては、天然と言い換えた方が宜しいかと」
 アクセルが感嘆すればレオンスが否定し、それを更にオーラが補足した。
 成長されていると言われてるのか、それとも呆れられているのか判らず、ついついターヤは憮然とした表情を取ってしまう。
「何か、あまり褒められてる気がしないなぁ」
「けど、あんたが成長したのは本当の事だと思うわよ。それと、複数の気配がこの先からするわ。気を付けて」
 さりげなくターヤをフォローしてからアシュレイが続けた内容により、緩んでいた空気は再び引き締められる。
「って事は、そろそろ古代地底湖なの?」
『いや、古代地底湖はまだ下。ここは、おおよそ半分くらい下がった所。もう少しで氷の洞窟に入る』
 フィデース雪山の地下には[氷の洞窟]と呼ばれるダンジョンがあり、その最深部に古代地底湖が位置しているのだ。
「かなり下なんですね」
 確認するように問うたマンスへと《氷精霊》が首を横に振ってみせれば、モナトが驚嘆の呟きを零す。
 ターヤ達もまた、もう大分下に来ていると思っていた為、この言葉には驚いていた。

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