The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
四十章 決意の果て‐telos‐(6)
彼女の言葉通り、よくよく注視してみれば、マンモスの鼻の付け根付近には〈服従ノ首輪〉と思しき魔道具が装着させられていた。流石にこれだけの巨体に見合うサイズは用意できなかったようだが、コアに〈星水晶〉を使用しているところから見て、おそらくは最初からマンモスクラスの相手を御する為の物だったのだろう。
『気を付けて。氷原の主は温厚だが、その力は凄まじい』
《氷精霊》の忠告は一行も肌で感じていた為、眼前から意識は逸らさないよう気を付けながらも、神妙な顔で頷く。その巨体からして、おそらくは物理攻撃力が圧倒的なのだろう、と皆は踏んでいた。
マンモスは一行から十メートル程まで来ると立ち止まり、吠えた。
瞬間、〈結界〉が下から徐々に凍り付いていく。
「「!」」
これにはスラヴィですら、驚きを覗かせざるを得なかった。
「〈全体回復〉」
即座にオーラが治癒魔術で解除してくれるが、相手が〈結界〉を凍り付かせられる程の実力者だと知り、皆の警戒心は一気に引き上がっていた。ただ単にパワータイプというだけではないようだ。
「こりゃ悠長にやってらんねぇな!」
舌打ちを一つ残し、アクセルは〈結界〉を飛び出していく。
その背中へと、慌てて《氷精霊》は声をかけた。
『氷原の主を、傷付けないでほしい』
「善処はするぜ!」
応える意思は提示しておくものの、速度は落とさずアクセルは突っ込んでいく。
レオンスとアシュレイもまたそれぞれの速度で、彼とは別方向からマンモスへと向かっていた。
三方向に別れた三人は、一瞬だけ視線を向け合う。
そうして最初に仕かけたのは、やはりアシュレイであった。彼女は右側から回り込んで跳躍し、マンモスへと強襲をかける。上空から行われた彼女の刺突は、やはり動きが遅いらしいマンモスの頭と胴体の中間に当たった。
悲鳴が上がっている隙にレオンスは左側に回り、睡眠薬を塗り付けておいた短剣で、その足元を斬り付ける。標的を定めさせないように撹乱し、その間にレオンスがじわじわと薬を回らせて眠らせる作戦なのだ。
最後にマンモスに接近したアクセルは、思いきり振り上げた大剣を、勢いをつけて足元へと叩き付けた。そうすれば、そこから幾つものヒビ割れが発生し、その先に立っていたマンモスは体勢を崩す事となる。
その隙にレオンスは再度斬り付けようとするが、その前に相手が吠えていた。すると瞬く間に正面が凍り付いていく。
「!」
緊急回避でレオンスは横合いへと転がるように避け、アクセルは瞬時にマフデトと化したアシュレイによって助け出されていた。
しかし、つい一瞬前までアクセルが居た場所は、完全に何事も無かったかのような凍土に逆戻りしている。マンモス自体も体勢を立て直しており、状況はほぼ振出しに戻っていた。
下手に手を出さない方が得策かと見守っていたターヤ達も、《氷精霊》の願いを知って躊躇っていたマンスも、流石にこれを見て参戦を決意する。
かくして一行全員が武器を構えたところで、マンモスが再び吠え始めた。ただし今回は、やけにその時間が長い。
『! この一帯を凍り付かせる気だ!』
相手の意図に気付いた《氷精霊》の言葉により、慌てて〈結界〉内に居るターヤ達は身構え、外に居るアクセル達は防がんと走った。
「〈雑音〉」
オーラが妨害するべくノイズを立てるが、マンモスには届かなかったようだ。
アクセルとマフデト、レオンスはそれぞれマンモスに攻撃を仕かけるが、同じく効果は全く見られない。まるで相手は、全ての感覚を閉じてしまったかのようであった。
そしてマンモスが一際大きく吠えた時、声が止むと同時に驚異的な速度で周囲が凍り付いていく。
「〈灼熱地獄〉」
接近戦を仕かけていた二人と一頭は巻き込まれそうになるが、その前にオーラが火属性の上級魔術で何とか相殺していた。これにより凍結は免れたものの、マンモスの特性に、皆は僅かながらも戦慄を感じずにはいられない。
マンモスは、再び同じ行動を取ろうとしていた。
『ちっ、キリが無いわね!』
面倒くさそうに叫ぶや否や、マフデトはマンモスへと一直線に飛びかかっていった。押さえ付けるべく頭と背中に前脚を押し付け、その行動を一旦は諦めさせながら、仲間達へと指示を飛ばす。
『あんた達は先に中に入りなさい! あとオーラ!』
彼女の叫びには一瞬だけ躊躇するが、ターヤ達はすぐに割れ目から雪山へと走り込む。なるべくそこからは離れつつも、マフデトが見えるくらいの位置で全員が足を止めた。
ただ一人名指しされたオーラもまた皆の後に続き、魔導書を構えておく。名を呼ばれただけだったが、相手が何を言わんとしているのかは察せたからだ。
マフデトは全員が退避できた事を気配で確認すると、即座にマンモスへと内心で詫びつつ、思いきり爪を立てた。悲鳴を上げて身を捩った相手から、跳ね返されるかのように離れた豹は人間の姿へと戻り、その勢いのまま雪山の中まで飛び込む。
「〈永久氷結〉」
その直後、オーラが魔術で穴を一辺の隙間も無く氷結させた。一瞬の事だった。
すぐに状況を把握したらしきマンモスは破ろうと突進してくるが、補強された部分は元々の物よりも厚さが増しているらしく、びくともしない。ただ重量物のぶつかる音が反響して聞こえるだけだ。
「とりあえずは、これで大丈夫かと」
強度が問題無い事を視認してから、オーラは一行を振り返った。そしてアシュレイへと視線を寄越す。その応えたという意思表示に、彼女もまた眼で答えた。
何だかんだで息のぴったりな二人を見て、ターヤは少しだけ嬉しくなった。それと同時に、マンモスとの戦闘を回避できた事への安堵も覚える。今までも何度か魔物と戦った事はあったが、状況と合わせて、ここまで手こずった事は無いような気がしていたのだ。
「それにしても、結構時間を喰わされたな」
「あいつの思惑通りって事ね」
気を取り直してレオンスが状況を確認すれば、途端にアシュレイが苦々しげな顔付きとなる。
「イーチェ、ここまで連れてきてくれてありがと」
『いえ、奥まで案内する』
その横でマンスは《氷精霊》へと声をかけたのだが、またしても彼女が首を横に振った。
ターヤ達もまた予想外の事に各々驚きを覚える。
「え、でも――」
『《火精霊》の代わりにはなれないが、私はずっとあの村を護っていたい。だから、今だけでも《精霊王》の力になりたい。それに、この状況では村まで戻れない』
最後までは言わせずに《氷精霊》は思いの丈を紡ぐ。淡々としているようで感情の籠った声に、マンスはすっかりと心を打たれていた。
「イーチェ……ありがと! でも、むりはしちゃだめだからね!」
『了解した』
はにかむような笑顔から一転、我が子を心配する親のように眦を吊り上げて忠告したマンスへと、誇らしげに《氷精霊》は頷いた。
そうして一行は、再び《氷精霊》に先導してもらいながら、フィデース雪山の奥へと足を踏み入れていく。最初は未知の領域に緊張していたものの、いざ入ってみれば、内部はそこそこ明るく開けた空間となっており、足元もそれ程滑りそうではなかった。
しかも、足元も天井も壁も、その全てが透き通るように美しい氷で形成されていた。
「フィデース山脈の中って、こうなってるんだね」
思っていたよりも危険ではなさそうだと解れば、ターヤにも周囲を見回す余裕ができる。寧ろ外とは異なり吹雪が無いので、視界はとても良好な上、その美麗な景色に感嘆の息を零してしまった程だ。
ただ、その中にあった死にかけの鉱物が目に留まってしまった際には、思わず眉根を寄せてしまう。《土精霊》が《鉱精霊》そのものになれない事は確かだが、それ以上にクレッソンが〈星水晶〉を使っているという事だろうからだ。
ゲナイクツァリマ
ノイズ
ブランエンドゥヘル
カリッチドンマ