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四十章 決意の果て‐telos‐(19)

 次第にターヤ達は疲弊の色を隠せなくなっていき、特に何もできずに居る面々は、これ以上無いくらいに歯痒い思いを抱える事となる。
『あの男は、なぜこのような事を……』
「私の目的、か」
 気を紛らわそうとするかのように零れ落ちた《氷精霊》の呟きが耳に届いたらしく、クレッソンはその独り言を拾い上げた。
「私の目的は、ギンヌンガガプに封印されている者を起こす事だ。その過程として、《世界樹》を掌握する必要があったのだ」
「「!」」
 まるで大した事ではないかのように告げられた内容により、その場の全員が衝撃に見舞われる。ギンヌンガガプと呼ばれる場所に封印されている者など、たった一人しか知らなかったからだ。
「《魔王》を、封印から解き放つつもりなの……!」
「闇魔の王をかよ……!」
 ターヤは顔を蒼白にして杖を握り締め、アクセルは更に苦々しい顔付きとなった。他の面々も似たような反応を取っている。精霊達もこの事は知っているらしく、何という事をと言わんばかりに目を見開いている。
 そして、オーラだけは全てを理解したらしく、蒼白な顔と化していた。
「ニスラ……やはり、貴方は――」
「〈星水晶〉は無効化されてしまったが、この勝負自体は私の勝利と言えるだろう」
 何かを確信したらしき彼女の言葉を遮ったクレッソンの発言内容には、皆が訝しげな色をも面に浮かべる。
 けれども即座に彼が片手を上げた瞬間、オーラの足元に彼女を中心とした魔法陣が生じた。
「「!」」
 それは周囲から壁とするかのように天へと向かって光を伸ばし、足元から徐々に彼女を引きずり込むようにして呑み込んでいく。
 瞬時に対抗しようとしたオーラだったが、途端に全身の力が一気に抜けたかのような脱力感に襲われた。それは最近何度も起こっていた、非常に覚えのある感覚だった。
 故に、口の端からは震える声が零れ落ちる。
「嘘――」
 彼女を助けようとして光の壁に阻まれていたターヤ達もまた、その顔色の悪化具合から、彼女に何が起こったのか悟ってしまう。そうなれば、自然と顔から血の気を引かずにはいられなかった。
 そしてレオンスは、アクセル達に断ってから、オーラの許へと向かう。だが、光の壁に阻まれて近付く事は叶わなかった。
 この様子を見たクレッソンは、オーラをせせら笑う。
「貴女も。自らの中に残る闇魔を、最後まで完全には浄化できなかったようだな」
 彼が口にした内容には、皆どころか当のオーラ本人もが驚愕を露わにする。
「そん、な、どうして……!」
 驚きに満ちた本人の呟き同様、ターヤ達もまた衝撃を覚えていた。確かにオーラは《世界樹》に廻してもらう事で、自らの中にこびり付いていた闇魔を、今度こそ完全に浄化した筈だった。《世界樹》でさえもが成功したのだと、そう思っていたのだ。
 クレッソンだけが、その理由を知っているようでもあった。
「だが、それも当然の事だろう。なぜならばそれは、貴女への執着と同義であり、彼の執拗さを表してもいるのだから」
 彼というのは、おそらくウォリックを指しているのだろう。彼とクレッソンの関係をターヤ達は知らなかったが、まるで知人であったかのような話しぶりだ。
 オーラは、悔しさを隠さず表情に出していた。
「そして、その術式もまた〈星水晶〉で組まれている。無論、貴女の為に使用した数は、一つだけには留めていない」
 暗に諦めろと告げるクレッソンを、オーラは睨み付ける事しかできない。
 ここでようやくターヤ達は、クレッソンの構築していた古代魔術が既に完成していた事を知る。間に合わなかったのだ。

「これで、貴女は私の計画の重要な駒と化した。ようやく、これで私の方が上手であったと証明できる訳だ」
 意識が遠くに飛んでいるかのように、クレッソンの焦点はどこか合っていない。それはまるで、自分の世界に深く入り込んでしまっているようでもあった。
 そしてオーラは、ここでようやく何事かを悟ったようだ。
「貴方は、私を核に《世界樹》さんを支配されるつもりなのですか……!」
「「!」」
 彼女が辿り着いた回答に皆は愕然として、弾かれるようにクレッソンを見る。
 彼は、それこそが真実だと言わんばかりに嗤っていた。
「そうだ。貴女は《神器》としては不完全だが、その不足分を〈星水晶〉で補えば何ら問題は無い。幸い、貴女の中には《破壊神》も居る事なのだから」
 それが紛れもない正解であった上、オーラの中に《破壊神フレア》が眠っている事までクレッソンが知っていたと解り、一行はますます驚愕するしかない。
 一人だけ愉悦を覚えているらしきクレッソンは、まるで詠うように続けた。
「インヘニエロラ研究所跡に部下を向かわせたのは、父が遺した研究に纏わる資料を回収、あるいは処分する為だった。アウスグウェルター採掘所に部下を向かわせたのは、〈星水晶〉を入手する為だった。そして《番人》を貴女の傍に置いていたのは、貴女を監視させる為でもあったのだ、《神子》」
 いきなり向けられた内容により、思わずターヤは胸元に手を当ててしまう。
「こうして全ての準備が整った今、私を止められる者など存在する筈が無い」
 自らの勝利を確信しているからなのか、そのような判断すら付かなくなってしまっているのか、クレッソンの舌はよく回る。今まで裏側で行ってきた自らの計画を、この場で自ら明かしていた。
 しかし一行には、そちらに反応していられる余裕など無かった。アクセル達が闇魔に対処している間に、レオンス達が何とかしてオーラを助け出そうとするのだが、そのどれもが悉く失敗してしまうからだ。
「だが、貴女は自分が利用されそうな事には気付きながら、その内容にまでは至ってはいなかったようだな」
 その様子を愉快そうに眺めながら、クレッソンは嘲笑を浮かべる。
「っ……貴方は、自らを起こそうとしているのですか……!」
 対して、オーラは苦しげな様子で言い返す。だが無情にも、その身体は止まる事無く底無し沼へと引きずり込まれていく。もう下半身は完全に魔法陣の中へと消えていた。
「〈星水晶〉を再起動できるまでは、しばらくその中で眠っていると良い」
 その状態を見てクレッソンが再度片手を動かした途端、一気にその速度が上昇する。
「っ……!」
「オーラ……!」
 慌てて必死になって手を伸ばすレオンスだったが、やはり呆気無く光の壁に拒絶されるだけだった。上級魔術をまともに食らったかのような衝撃を受けた彼の眼前で、彼女は完全に魔法陣の内部へと呑み込まれるように消え、それ自体も収束してしまう。直前にその唇が『彼』の名を呼んでいた事もまた、彼の頭に高所から落とされたような鈍い痛みを乗算していた。
 オーラを奪われてしまった事と、クレッソンに目的の一つを遂行させてしまった事に、皆は戦慄と後悔を覚える。
 そしてターヤは、それまでとは明らかに何かが違うクレッソンに対し、悪寒を覚えてすらいた。つい詠唱も忘れてしまう。
(何か、クレッソンじゃないみたいだ。まるで闇魔みたいだけど、でも、それ以上の何かみたい)
 口調も容姿も何ら変化は無い筈だが、彼が立ち上がった時から、ずっと違和感が付き纏っているのだ。まるで先刻までとは異なり、得体の知れない別人と化したかのような。
(この人は、誰なの?)
 ゆっくりと視線を動かしたクレッソンが次に捉えたのは、他でもないターヤであった。
「次は貴女の番だ、《世界樹の神子》――いや、《王冠》の名を冠する者、と言い表した方が適切なのだろうな」

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