The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
四十章 決意の果て‐telos‐(18)
即座にレオンスがその間に割り込んで進路を阻むが、リチャードは最早誰でも構わないとばかりに斬り付けてくる。
「黙れ黙れ黙れ! 何も知らない奴が、私と彼女を否定するなぁ!」
しかし、その動きには先程のような洗練さも技術も見当たらない。我武者羅に剣を振るっているだけの彼は、すっかりと怒りに我を支配されてしまっているようだった。
こうなると、最早レオンスの敵ではない。襲いくる刃を難無く避けてから、彼はがら空きになった相手の腕を突き刺す。
「ぐっ……!」
突然の痛みによってリチャードが片手剣を取り落してしまったところで、アクセルが肉薄していた。
「お返し、だっ!」
そうして彼は大剣を振るう。今度こそ彼の攻撃は相手に直撃し、その右脇から左肩にかけてを斜め一直線に切り裂いていた。
「がぁっ……!」
刃は深く入ったらしく、血飛沫と共に悲鳴が上がる。そのままリチャードは崩れ落ちるようにして、その場に蹲った。それでも、憤怒に塗れたその形相だけは持ち上がってくる。
「畜、生……! こんなところで、終わって、堪る、か……!」
その恨みの籠った声から、リチャードの心境を何となく察しつつも、ターヤは彼を擁護する気はなれなかった。
アクセルもとどめを刺す気は無かった為、ゆっくりと剣を下ろす。ただし、その表情はどことなく渋い。
ようやくリチャードの用意した手下を全て倒し終えた面々も、自然とそちらに目を向けていた。
この後味が悪く感じられる空気の中で口を開いたのは、他ならぬオーラであった。
「結果論になりますが、貴方は世界樹の民になるべきではなかったのでしょう。彼女と貴方を引き離す事になってしまった点については、《世界樹》さんも心を痛めていらっしゃいました。それでも、貴方の強い干渉能力は、時として世界樹の民には必要だったのです」
努めて淡々と紡がれていくオーラの声で、ターヤはリチャードが〈世界図書館〉に干渉できた理由を、ようやく理解する。それは、他の面々も同じ事だった。
逆に、彼自身は益々激昂していく。
「嘘をつくな! あの大樹は――」
「ですが、それが《世界樹》という存在です。あの方は、現在はもう、この世界に対しては平等でなければなりませんから」
平行線を辿るだけだと解っていた為、オーラは相手の言葉を遮って続けていった。
「それでも、あの方の決意を否定するのならば、今度こそ貴方を、貴方の望む通り、彼女の許へと返しましょう」
音も無くオーラが顔の近くまで伸ばした片手を持ち上げれば、リチャードの背後に空間の裂け目が姿を現す。それは、オーラが一行の眼前でも、今まで何度か使用してきた空間魔術であった。
リチャード自身は、その言葉に目を見開き硬直している。
「御休みなさい、過去の亡霊よ」
どこか労わるようなオーラの声が、合図だった。
その瞬間、リチャードはまるで風に押されているかのように、呆気無く後方へと引き寄せられていた。そうして彼は、先の見えない黒々とした異次元へと飲み込まれていく。その唇が、ルーデ、と呟いたように見えた直後、ターヤ達の眼前で、空間の裂け目はその口を閉ざした。
後に残ったのは沈黙と、地面に転がされた一振りの片手剣だけだ。
「世界樹の街に、《世界樹》さんの許に、直接送り届けました。後は、彼が対応してくださる事でしょう」
誰にともなく説明するようなオーラの声で、皆はようやく緊張を解けるようになった。
ターヤもまた息を吐き出してから、アクセルの傷の治療にかかる。
そして、スラヴィは地面に落ちていた剣の傍まで行くと、それを拾い上げていた。そうして呟きを零し始める。
「本当は、この剣は二対で一つなんだ。元々二人じゃないと使えない物だったんだよ。けど、もう片方は、まだ完成してないから」
まるで我が子に行うかのような優しい手付きで、彼は剣に付着していた氷の欠片を払い落としていく。それから、自身の袖の中へと差し込むようにして仕舞った。
そんな彼を眺めてしまってから、ターヤは気を取り直すように、他でもない自分自身に言い聞かせるかのように口を開く。
「でも、今度こそ、これで後は、あの〈星水晶〉を破壊するだけ――」
「物事とは、そう簡単にはいかないものだ」
「「!」」
突如として割り込んできた声で皆が弾かれたように振り返れば、先程倒したと思っていた筈のクレッソンが、いつの間にか立ち上がっていた。
後もう少しというところで、再び一行の前に立ちはだかったのは、他ならぬクレッソンであった。まさか、あれ程の傷を負った状態で動けるとは思ってもいなかった為、誰も事前に気配を察知できなかったのだ。
「クレッソン……!」
「ここまでしぶといとは思わなかったわ」
思わぬ相手にターヤは瞠目し、アシュレイが舌打ちする。
特にオーラは、苦虫を噛み潰したかのような表情と化していた。
いつの間にか立ち上がっていたクレッソンの全身は、服共々傷付いたままではあるものの、先程までのように、その痛みや疲労に追われている様子は全く見受けられない。
「私も、まさか、ここまで回復が早いとは思いもしなかった。これが、神の力という事か」
クレッソンの言葉に皆が訝しげに眉根を寄せ、オーラが顔色を一辺させた時だった。
「「!」」
突如として、彼の影から闇魔が姿を顕してきたのだ。次々と顕現してくるその姿に、一行は顔を蒼白にするしかない。
「何で、こんなに闇魔を呼び出せるんだよ……!」
「とにかく、今は対処するしかない!」
驚愕に染まったアクセルの声にはレオンスが叫び返しながら、襲いかかってきた蝙蝠のような闇魔を斬って消滅させる。〈世界図書館〉の鍵を受け取った事で《世界樹》の加護を受けた彼は、闇魔とも戦えるようになっていたのだ。
「〈光精霊〉! 〈闇精霊〉!」
スラヴィが〈結界〉を構築すると同時、マンスは再び光と闇の化身を喚び出していた。そして即座に頼み込む。
「ごめん、もう一度ぼくに力を貸して!」
『はい、解りました』
『相手が相手だ、今回ばかりは仕方が無いだろう』
今や大群となった闇魔を目にして、《闇精霊》もまた、マンスに力を貸す事を承諾する。そして《光精霊》と共に戦闘を開始する。ただし、彼の属性攻撃では闇魔には効果が期待できない為、彼女の盾になるくらいしかない。そもそもマンスが彼をも喚んだのは、彼と彼女は一緒にしか召喚できないからでもあった。
一方、闇魔に攻撃の効くターヤとアクセル、レオンス、オーラ、《光精霊》は手当たり次第攻撃していくが、その他の面々はなす術が無い。
ただしアシュレイだけは、仲間達や〈結界〉が集中攻撃を受けないようにするべく、マフデトと化して撹乱を請け負っていた。先程回復してもらったばかりな上、リチャードとの戦いではアクセル以外はさして苦戦しなかったので、大して消耗していなかった事は幸いと言えた。
だが、闇魔は止め処無くクレッソンの影から顕れてきており、幾ら倒したところで、きりが無かった。