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四十章 決意の果て‐telos‐(17)

「何より、私はずっと、この時を待っていたのですから」
 そして彼は、恍惚とした表情で天を仰ぐ。それから戻ってきた顔は、今までとは明らかに異なっていた。
「ですから、邪魔する者は誰であろうと容赦しません。それが例え《世界樹》であろうと《神器》であろうと《神子》であろうと、神であろうとも」
 芝居がかった態度から一転、これ以上無いくらいに真剣みを帯びた様子でそう言いながら、リチャードはその剣を構え、一行へと刃先を向ける。随分と手慣れた動きであり、容易には御せなさそうな雰囲気でもあった。
 彼に対しては身体能力よりも知性の人というイメージがあった為、内心でターヤは面食らいつつも、すばやく応戦の姿勢を取る。
 他の面々も構えてから、相手との間合いやタイミングを計っていた。
 先に動いたのは、リチャードの方だった。彼は真っすぐアクセルへと襲いかかってくる。
 同時に一行を取り囲むようにして魔法陣が現れ、そこから多数の破片が出現した。それは周囲に漂う〈マナ〉を吸収したかと思いきや、多種多様な武器の形を取る。そして、一行目がけて襲いかかってきた。
「〈星水晶〉の欠片のようですね、気を付けてください」
 オーラの言葉で事態を把握し、皆はまずこちらを対処せざるを得なくなる。マンスは《土精霊》を呼び出し、ターヤは詠唱を開始し、そんな二人とオーラをスラヴィは〈結界〉で覆った。
 そしてアクセルは、まずは大剣の刃で受け止めようとする。
 けれどもリチャードはその防御を縫うようにして、その腹部に深々と剣を突き刺していた。
「ぐっ……!」
「「!」」
 アクセルが苦悶の声を上げて前のめり気味になり、その声で気付いたターヤ達が驚愕した直後、リチャードは思いきり剣を引き抜く。そのせいで傷口から血が噴出するが、その痛みを無理矢理無視したアクセルは、下方から相手目がけて袈裟斬りを行っていた。
 しかし、これもまたリチャードは難無く横に避けてしまう。しかも彼はついでとばかりに、アクセルの傷口へと叩き込むようにして爪先をめり込ませていた。
 傷口に塩を塗り込まんばかりの激痛にアクセルは再度呻き、ついバランスを崩してしまう。咄嗟に大剣を支えにしたので尻餅を付く事は無かったものの、膝は付いてしまった。
 対して、リチャードは無傷で立ったままだ。まだ片手剣の特性すら明かされていないと言うのに、誰の目からしても、その剣技は圧倒的であった。
「ふむ。やはり片手剣が一つだけでは、思うようには動けませんね」
 だが、当の本人はどこか不満気だ。落ち着かないのか、しきりに片手剣を持った方の手首とくるくると回している。
「このっ、野郎!」
 流石にやられっ放しでは気が済まず、アクセルは相手の足を狙う。
 けれど、やはりこれも跳躍により簡単に回避されてしまった。寧ろ障害の無くなったその場に降り立ったリチャードが、逆にアクセルの右足を深く斬り付けた程だ。この勢いにより、今度こそ彼は座り込むような形となってしまう。
 これを見たリチャードは、失望したかのように首を横に振ってみせる。
「かの調停者がその程度だとは、実に嘆かわしい」
「いや、ここは選手交代だよ」
 そして、とどめを刺さんばかりに剣を振り下ろしたリチャードだったが、間に割って入ったレオンスが、その攻撃を短剣でいなしていた。こうなる事を予期し、なるべく援護に入れるような立ち位置と状況を確保していたのだ。
 その隙にオーラがアクセルの傷を癒し、彼は一旦退いている。
 互いに動く速度は同じくらいである為、レオンスとリチャードは互いに、懐へと潜り込ませない斬り合いを繰り広げていた。ただし、やはり武器の違いもあってか、攻撃の重さは後者の方が上手である。
(流石に、このままだと危ないか)
 長期戦に持ち込まれると不利だと悟り、レオンスは相手の気を逸らそうと試みた。

「俺達の様子を見ていたのなら、その剣が自分に使えないとは思わなかったのかい?」
「それは、その聖剣が《勇者》の為に創られたからこそです。でしたら、私はこの剣を、自らの物としてしまえば良いのですよ。そもそもレコードは、この剣を特定の誰かの為に創った訳ではないのでしょう?」
 話を振られたスラヴィは視線を返すものの、肯定するかのように黙っている。単に、交戦の方に意識を奪われている訳ではないようだ。
 それ見ろと言わんばかりに嗤ったリチャードへと、今度はアシュレイが声を飛ばす。
「だいたい、何であんたはこんな事をしようと思った訳?」
「『こんな事』?」
 途端にリチャードの動きが停止した。瞬く間に見開かれたその眼は、どす黒く濁っていた。願ってもいない好機ではあったが、異様な雰囲気を感じ、思わずレオンスは身構えると同時に後退しかけてしまう。
「私の千年をかけた望みを、決意を、血の滲むような努力を、何も知らない者が否定すると言うのか?」
 眼前のレオンスなど最早眼中にも無いらしく、リチャードはアシュレイだけを睨み付けている。異常さに満ちた顔付きであったが、その程度で彼女が動じる筈も無い。
「だからって、世界を巻き込むのはどうかとおも――」
「私はただ彼女と、廻されて尚、共に居たいだけだった!」
 遂にはアシュレイの言葉を遮って、リチャードは感情の奔流に身を任せて叫ぶ。
「それだというのに、あの大樹は私と彼女を引き裂いた! だからこそ、私は逆にあれを利用してやろうと思ったのだ! あれを掌握し、中に囚われている彼女を救い出す為に!」
「やっぱり、こいつは狂ってるわ」
 以前と時と同じように自らの思考に嵌ってしまったリチャードを、アシュレイは即座に見限った。最早誰の目から見ても、彼に話が通じるとは思えなかったのだ。
 他の面々もまた交戦中ではあったが、彼を止める為には実力行使しかないのだと知る。
 そしてターヤは、彼の言う『廻された』という部分が気になっていた。一度死んでいるスラヴィが選ばれた事と言い、世界樹の民とは、死者から選ばれるものなのではないかと思ったからだ。
 リチャードの手駒は粗方倒せていたが、ここで彼は片手剣を自らの顔の前にかざすように立てた。
「もうしばらく遊んでやろうかと思っていたが、それもここまでだ!」
 剣の特性を引き出そうとしているのだと知り、反射的にターヤ達は身を竦めてしまう。
 けれども、剣が反応する事は無かった。
「! 剣よ、私に応えろ!」
 驚愕に見舞われたリチャードは何度も命じるが、それでも剣は沈黙を保ったままだ。まるで先刻のクレッソンの時と同じく、とうに使い手が決まっているかのようでもあった。
 不測の事態には、ターヤ達も目を見開くしかない。
 業を煮やしたリチャードは、遂には形相を一変させた。
「っ……なぜ! なぜ使えない!」
 呆気無くポーカーフェイスを崩壊させて感情を剥き出しにする彼を、スラヴィは特に冷めた目で見ている。
「武器が応えるには、相性と銘が必要な事くらい知ってるよね? まして、それは俺が〈星水晶〉を使って創り出した《最強の武器》なんだから、ますます人を選ぶだろうね」
 暗にリチャードを否定するスラヴィの瞳には、一時的に精神を崩壊させられた事に対する怒りや、《鍛冶場の名工》としてのプライドが浮かんでいた。
「だから、きっと《世界樹》も君に剣を持たせたままだったんだよ。君には使えない事が解っていたから」
 そして、駄目押しとばかりに事実を突き付けてみせる。
 途端にリチャードの顔付きは悪鬼と化した。最早そこには、今までのポーカーフェイスは欠片も存在してなどいない。
「黙れぇ!」
 喉を枯らさんばかりに咆哮すると、リチャードは真っすぐスラヴィへと向けて襲いかかってきた。

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