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四十章 決意の果て‐telos‐(16)

「――〈無限光〉!」
 散々甚振ってくれた鬱憤を晴らすかのように、ターヤは残った〈マナ〉を限界まで消費して、クレッソンへと自らの最大攻撃を差し向ける。
 瞬間、光が弾けた。それは巨大な〈星水晶〉の上空に出現し、立ち上がりかけていたクレッソン共々それを飲み込む。
「――!」
 声にならない悲鳴がクレッソンの喉から迸った。上に向けられたその両目が限界まで見開かれ、両腕が掻き毟ろうとするかのように頭部を抱える。そうして光が収まった時、彼は視線をターヤへと向けながらも、まるでゾンビのように前のめりな姿勢となっていた。
 浄化の光でありながらクレッソンに予想以上の効果を与えてしまった事に内心では驚きつつも、ターヤは仕返しとばかりに言ってやる。
「ほら、やっぱり、わたし達の、勝ちだよ」
 この言葉を合図としたかのように、今度こそクレッソンの身体が傾いていく。そのまま、彼はゆっくりと、うつ伏せで地に倒れ伏したのだった。


 しばらく経ってもクレッソンが微動だにしない事を確認してから、一行はようやく緊張を解いた。ずっと張り詰めていたせいか反動も大きく、特にターヤとマンス、モナトはその場に座り込んでしまう。

 皆を回復しなければとは思いつつも、ターヤは今までにない〈マナ〉の大量消費のせいで疲労の大波に襲われており、そこから動けそうにはなかった。
 他の面々は立ったままではあったが、やはり疲労の色を隠せてはいない。

 アクセルなど、大剣を地面に浅く突き立てて、支えにしている程だ。
 つまるところ、一行は皆、総じて疲労困憊の様子だったのである。
 問題が無いと見るや、モナトと《氷精霊》を除く精霊達とニルヴァーナは還っていった。
「〈全体治癒〉」
 すぐにオーラは全域をカバーできる治癒魔術を使用し、仲間達の傷を全て癒す。
「〈魔力供給〉」
 しかも彼女は続けて、疲労を消しれくれたどころか、自らが有していた〈マナ〉を魔力に変換したものを、全員に少しずつ分け与えてもくれた。そうすればターヤ達もまた立てるようになったどころか、全員が全員思っていた以上に回復する事となる。
 流石と言い表すしかない状況には感嘆する他無い。口々に礼を述べ終えたところで、ようやく一行は、湖面の中央に浮かぶ巨大な〈星水晶〉へと向き直った。
 クレッソンの計画に必要不可欠らしき莫大なエネルギー減でもあるそれは、所有者が倒れた現在でも尚煌々と輝いたまま、底知れぬ威圧感を醸し出している。先程のオーラの上級魔術は直撃していたようだったが、ヒビ割れや損傷部はあるものの、破壊までは至っていなかった。
「これを、壊せば良いんだよね?」
「はい。勿体無いとは思われるでしょうし、一筋縄ではいかないかと思いますが、粉々に破壊してください。これは、この場に存在していてはならない物なのですから」
 最終確認とばかりにターヤが問えば、オーラはしっかりと頷いてみせた。
 それを確かめた面々は、即座に行動へと移すべく武器を構える。なかなかに頑丈である事は既に実感済みなので、全員の総力を挙げて破壊する事にしたのだ。
「――やはり、その男では無理でしたか」
「「!」」
 だが、そこに割り込んできた声で、皆の意識は別方向へと引き寄せられる。疲れを押しながらも即座に振り向いたその場所に居たのは、見覚えのある金髪の青年だった。
「リチャード」
 思わずターヤが零した声には、無意識のうちに怪しむような響きが含まれていた。
 これを聞いたリチャードは、わざとらしく眉を動かしてみせる。
「おや、まさかケテルに怪しまれていようとは、思いもしませんでした」

「やっぱり、あんたが一枚噛んでたのね。道理で嫌な臭いがした訳だわ」
「怪しいと思ってたら、やっぱり何か企んでたんだ」
「これはこれは、レコードとマフデトにも勘付かれていたようですね。私もまだまだという事ですか」
 リチャードは困ったと言わんばかりに肩を竦めてみせるが、その声はどこか楽しげな色を秘めていた。気付かれている事を最初から理解した上での姿勢らしい。直接的な言葉は無いものの、クレッソンを陰から操っていたのは自分だ、と明言されているようなものだった。
 故に、一行は皆リチャードをすばやく『敵』として認定する。元より怪しい言動が目立っていたからか、《氷精霊》も含めて全員の対応は迅速だった。
 そして、オーラはようやく合点がいったようだ。
「私が貴方の暗躍に気付けなかった事も、そもそも〈世界図書館〉の閲覧が制限されていた事自体、貴方が介入していたからなのですね」
「ええ。流石に掌握する事や《所有者》の権限を得る事などは不可能でしたが、私に関する情報を閲覧禁止にするくらいならば可能でしたので、密かに干渉させて頂きました」
 隠す事無くあっさりと認めた挙句、さも容易な事であるかのようにリチャードは言いのけてみせる。
 これにはターヤ達の表情が動く他無い。世界樹の民とは言え、まさかそこまでの権限があるとは思いもしなかったからだ。そもそも、彼女達は世界樹の民と《神器》の位置関係については、よく知らなかったのもある。
 しかし、オーラが訂正も何もしないところを見るに、そのくらいの力はあるという事なのだろう。
 続けてリチャードは頭を振った。
「しかし、貴女が『出来損ない』で助かりましたよ。本来の《神器》が相手では、干渉しようとした時点で気付かれてしまっていたと考えられますから」
 当然、オーラを貶されて黙っているレオンスではない。彼の眼付きは落下するような速度で剣呑さを備えていくが、激情に任せて飛びかからないところを見ると、ある程度自制はできているようだ。
 その反応すらも楽しむかのように、リチャードはほくそ笑む。
「もしかして、リチャードがクレッソンに聖剣を渡して、私達の情報を流してたの?」
「ええ、勿論。その男は人間にしては優秀とは言えますが、それだけで、さまざまな事を知り得るなど不可能なのですよ。〈聖剣ミスティルテイン〉は、信用を得る為に利用させていただきました。何をするにしても、まずは、その男に近付いておく必要がありましたので」
 古代地底湖の中央で倒れ伏すクレッソンを一瞥しながら、リチャードはターヤの確認に肯定を与える。
 この台詞に、ターヤは苛立ちを感じていた。
「リチャードは、ユグドラシルの想いを踏み躙ったんだね」
 彼が彼女を案じて贈ったのであろうその愛の証を、目的を遂行する為の駆け引きの道具として扱われた事が、どうしようもなく腹立たしかったのだ。
 しかし相手は、わざとらしく両肩を竦めてみせるだけだった。
「おやおや、ケテルも随分と威厳を持たれてきたようで。ですが、あまり私を甘く見ない事です」
 言いながらリチャードは、空間の裂け目から一振りの片手剣を引っ張り出す。
 彼が取り出してみせたそれに、ターヤは見覚えがあった。以前、世界樹の街で目にした事のある物だったからだ。一度だけではあるが、その圧倒的な存在感と雰囲気は忘れられそうにはない。
「それって、スラヴィが作った剣だよね?」
「ええ。長らく私が保管していたのですよ」
 核心を持った問いかけには、予想通りの答えが返される。彼は暗に、ずっと自分が所持していたと告げていた。
「それは略取とは言わないのかい?」
「レコードの方から私に差し出してきた上、《世界樹》もこの件について触れてはこなかったのですから、何らおかしな部分は無いように思われますが?」
 レオンスが指摘したところで、リチャードは悪びれる振りすら行わない。
 スラヴィが創った剣は《世界樹》の前でお披露目するような形となったのだから、大樹が知らない筈は無い。なぜ大樹が、リチャードの隠し持っている剣について触れなかったのか、ターヤはまたも疑問を覚えた。

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