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四十章 決意の果て‐telos‐(15)

「だいじょぶ、だよ!」
 そのような空気を払拭せんとしたのは、他でもないマンスの声である。彼は、一行の中では負傷の少ない方らしかった。
「《土精霊》!」
 瞬間、〈星水晶〉を取り囲むようにして、四つの巨大な岩石が地中から生える。それは瞬く間に、巨大な水晶の輝きを覆い隠してしまった。
 ここで初めて、ターヤ達は既に《土精霊》が召喚されていた事、その存在をモナトが隠し通していた事を知る。無論、それはクレッソンも同様であった。
「だが、その程度ではまだ及ばないだろう」
 しかし、彼は大して動じた様子も見せない。
 応じるように岩石の間から光が漏れだしてきたかと思えば、〈星水晶〉は自らの力で拘束を破壊していた。
 けれども、その間にもマンスは次へと移っている。
「〈光精霊〉! 〈闇精霊〉!」
 彼の気迫の籠った声に応えるかのように、姿を顕した天使の如き少女と悪魔の如き青年が姿を顕した。ただし、相変わらず《闇精霊》だけは表情が渋い。
「……! そうか、少年――」
『解りました、我らが《精霊王》』
『良いだろう』
 クレッソンがマンスの正体に気付いたところで、二人は攻撃を行っていた。対になる二人が構築した光の剣と闇の剣が、驚きを覗かせて動きを鈍らせてしまったクレッソンへと、一直線に落とされる。
 避けきれないと判断したらしく、すばやくクレッソンは聖剣を頭上へと移して盾の代わりにする。防御魔術を使用したとしてもオーラに相殺される可能性を考え、そちらに意識を割く事は危険だと見たようだ。
 光と闇の双剣は聖剣に衝突するも、使用者どころか、その刀身にすら傷一つ付ける事は叶わなかった。
 しかし、マンスの猛攻はここでは終わらない。
「〈鋼精霊〉!」
『了解した、我が主!』
 相手が防御している間に少年が上げた声に応えて顕れたのは、巨大なハリネズミだった。彼は《光精霊》と《闇精霊》の攻撃から間を開けず、無数の針を降らせる。
 これもまたクレッソンは聖剣で防いでみせるが、すっかりと防戦一方の状態に押し込められてしまっていた。その眼が〈星水晶〉を一瞥する。止むを得ず使う事にしたのだろう。
 そして、マンスが次々と精霊を呼び出していく事により、クレッソンの意識はすっかりと精霊達に偏ってしまっている。仕かけるならば、今がまたとない好機と言えた。マンスの狙いは、これだったのだ。
 なればこそ、ターヤは杖を握り締めたまま祈る。
(お願い、お姉ちゃん、わたしに力を貸して!)
 他の誰でもない『ルツィーナ』へと強く祈願した時、体内に残っていた魔力が一気に練り上がる感覚を覚えた。現在しかないと直感的に悟ったターヤは、震える足を叱咤して立ち上がりながら、喉を潰さんばかりに渾身の力を込めて咆哮する。
「ニーナぁぁぁぁぁ!!」
 その瞬間、上空で眩いまでの光が弾けた。そうして姿を見せたのは、真白き一人の龍である。
『はい、ターヤさん!』
 顕れると同時、状況を把握していたらしき白龍は鋭く答えを返すや否や、吠えた。
 すると、瞬く間に掌サイズの物も一際巨大な物も、全ての〈星水晶〉が輝きを失っていき、やがては完全に沈黙してしまう。無論、構築途中だったであろう古代魔術諸共。
「なっ……!」
 これには流石にクレッソンも慌て出し、防御と同時に何とか再起動させようとする。
 けれども、〈星水晶〉は完全に沈黙しているらしく、うんともすんとも言わなかった。

「〈流星群〉」
 そこに、今が好機と見たオーラが、すかさずリベンジとばかりに最初と同じ上級魔術を差し向ける。やはり彼女は、クレッソンに対する慈悲など欠片も見せはしなかった。心なしか、声にも気迫が籠っている。
 かくして落とされた数多の流れ星は、すっかりと別の方向に意識を奪われてしまっていたクレッソンを強襲する。そのまま、彼と巨大な〈星水晶〉を中心とした一帯は、隕石爆撃に襲われる事となった。
 桁違いなその破壊力にターヤ達が内心で冷や汗をもかいている間に、オーラの攻撃は終わりを迎える。彼女は、顔の近くまで掲げていた魔導書をゆっくりと下ろした。
 もうもうと上がっていた煙が引いていく中、一行は緊張に襲われてもいた。もしもここまでやっておきながら、未だクレッソンが無傷だったならば、今度こそ打つ手が無くなってしまうからだ。
 張り詰めた空気の中、煙が晴れた先にはクレッソンの姿があった。ただし、剣を氷に突き刺して支えにする事で何とか立っており、顔も服も傷を負ってしまっているような状態だ。流石の彼でも、あの状況下で《神器》渾身の上級魔術がほぼ直撃すれば、かなりのダメージを受けるようだった。
「なるほど、流石に、一筋縄ではいかないという訳か」
 その唇が、途切れがちな声を紡ぐ。言葉だけならば未だクレッソンは余裕にも思えたが、その声色や表情に僅かに垣間見える疲労が、彼の限界を物語っていた。
 しかし、それも当然の事と言えよう。幾ら規格外の能力を有したクレッソンとは言え、結局は生身の人間である。しかも〈星水晶〉を封じられてしまえば、彼には《光の審判龍》や精霊と真正面から相対する手段など、残されてはいない。
 何より、彼はたった一人だけなのだから。
「だが、これで勝利を得たと思うのは、早計だろう」
 それでも、クレッソンは降伏の意も諦めも見せる事はしなかった。満身創痍という様子でありながら、あくまでも余裕の姿勢を貫こうとしているらしい。
「ううん。わたし達の、勝ちだよ」
 彼の強がりを見抜いていたターヤは、同じく疲労や脱力感に襲われている身体を叱咤しながら、見せつけるかのように首を横へと振ってみせた。冷静さを保った彼女の声には、クレッソンが眉を潜める。
「何?」
「そうだよね、アクセル、レオン?」
「!」
 ターヤの声でようやく、周囲の気配を探る事を思い出したらしきクレッソンだったが、その時には既にマフデトによって、アクセルとレオンスは彼の横合いに到達していた。
「当たり、前だろ!」
「当然、だ!」
 互いに大怪我を負った状態でありながら、マフデトに投げられた二人の青年は、そのままの姿勢でクレッソンへと襲いかかる。
 何とか応戦しようと振り返ったクレッソンだったが、そこで横河から伸びてきた鎖鎌が、彼の手から聖剣を奪い取っていた。
「っ……!」
 視線を後方のスラヴィに向けると同時、クレッソンの腹部に二人分の蹴りがめり込んだ。
 その勢いに負けて背中から地面に叩き付けられたクレッソンは、それでも何とか起き上がろうとする。

 だが、既に彼は一行と同じくらい満身創痍であり、武器をも失っていた。何より〈星水晶〉を間接的とは言え無効化された時点で、彼の機運は潰えていたのだ。それは、彼自身が一番理解している筈だった。
(それでも、諦めたくなかったんだ)
 彼の事情を感覚的に察しながらも、ターヤは詠唱を汲み上げていく。それが完成したのは、マフデトが残った力でアクセルとレオンスをその場から連れ出したのと、ほぼ同時だった。

いま

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