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四十章 決意の果て‐telos‐(14)

 つまりは《勇者》の為の剣であり、《魔王》を倒す為だけに特化した剣という事だ。属性を限定して明かさないという事は、全属性を扱えるという事なのだろうか。しかし、何とも優遇された特性である。
 ようやく〈星水晶〉を間接的とは言え無効化できたかと思いきや、これまた規格外の物を持ち出されてきて、ターヤは思わず眉を顰めずにはいられなかった。
「ま、あいつの〈職業〉自体《聖騎士》だもの、何か使えそうよね」
 アシュレイにしては随分と適当且つ曖昧な発言であるが、彼女なりに皆を奮起させようとしているのだ。
「だが、どうしてそれを彼が持っているんだい?」
「あいつは、元からあの剣を持ってたと思うけど?」
「ですが、あの剣は《世界樹》さんの許で、厳重に管理されていた筈です。世界樹の民やセフィラの使徒でもない限り、近付けない筈なのですが」
 レオンスの疑問にアシュレイがそう返せば、納得がいかないという顔にオーラはなる。
 この間にも、クレッソンは聖剣を構えていた。
 おそらく一筋縄ではいかないだろうと踏んで身構えた一行から抜け出すように、アクセルは一番前へと進み出ていた。未だに全戦無敗という噂すらあるクレッソンと、一度戦ってみたいと思っていたからだ。無論、勝てるなどとは思っていなかったが、何かしらの好機を作り出せればとは思っていた。
「ま、剣での勝負なら、負ける気がしねぇよな」
「充分気を付けなさいよ」
 アクセルがそう言い出す事は承知済みだった為、アシュレイは忠告するだけだ。その言葉が彼なりの虚勢であるとも彼女は気付いていた。
 レオンスもまた下手に加勢しない方が得策かと踏んで、声をかけておくだけに留める。
「相手の方が俊敏だろうからな、隙は見せるなよ」
「了解、っとぉ!」
 応えるや否や、アクセルは大剣の刃を地面に叩き付ける。
 瞬間、そこから発生した衝撃波がクレッソンを襲った。しかし相手は難無くかわしてみせ、反撃せんとばかりに向かってくる。
 アクセルも最初から当たるとは思っていなかった為、問題無く相手の攻撃を防ぎ、反撃に移るべくそのまま大剣を振ろうとする。
 けれども、クレッソンもまた彼の行動を読んでいた為、聖剣をすばやく手元に戻し、再び相手へと向けて振った。それ故に刃と刃とがぶつかり合い、二人は互いに後方へと押されるようにして距離を取る事となった。
 舌打ちを一つ零してからアクセルは再び斬りかかるが、やはりクレッソンの懐までは踏み込めない。
 他の面々は、クレッソンが持つ〈聖剣ミスティルテイン〉の特性を警戒するあまり、手を出せずにいた。魔術を使用したとしても無効化されるだけで終わりそうだからだったが、せっかくアクセルが囮になってくれているので歯痒くもある。
 ターヤはターヤで、座り込んだまま体力を回復させる事だけに務めていた。傷は既にオーラに治してもらっている。
 一方、アクセルは戦いながら眉を顰めていた。クレッソンは自分と同様、あるいはそれ以上の剣技を持っているようだというのに、全く攻勢に転じる気配が無いからだ。まるで意図的に現状を維持しようとしているかのようでもある。
 加えて、一向にクレッソンは魔術を使用してくる気配が無い。先程までは〈星水晶〉をフルに活用しておきながら、現在はそれ程高性能な剣の特性を全くもって使用しない彼を、ターヤ達もまた怪しむようになっていた。
「やっぱりね」
 突如として聞こえてきたのは、何かを確信したらしきスラヴィの声。これにより彼へと皆の意識や視線が集う。
 アクセルとクレッソンの一騎打ちも拮抗していた為、二人は互いに手を止めていた。

「あれは《世界樹》が彼女の為に創った剣だから、彼女以外にはいっさいの特性が使えないようになってるんだ。だから今は、その強度を除けば、ただの剣と同じなんだよ」
 彼女、という単語で、ターヤはもしやという思いを抱く。
 クレッソン自身もその事実はよく理解しているらしく、驚いた様子も図星を突かれた様子も無い。
「なるほど、《鍛冶場の名工》には、そこまで判別できてしまうという事か。いや、《記憶回廊》であったからこそ、と言い表した方が良いのだろうな」
「本当によく知ってるね。誰から聞いたの?」
「さて、いったい誰なのだろうな?」
 スラヴィが直接問うても、クレッソンははぐらかそうとするだけだ。ただし、その相手が人である事は明言しているようなものだった。
「けど、それなら俺でも、おまえに勝てるかもしれねぇな」
 硬いだけのただの剣であるなら勝機はあると踏み、アクセルは気合いを入れ直す。
 だがしかし、クレッソンの余裕が崩れる事は無い。
「その自身は身を亡ぼす要因となるだろう。何より、こちらの準備も済んだようなのでな」
 そうして彼が嘲るような笑みを湛えた瞬間、突如として〈星水晶〉が強い輝きを放つ。
「「!」」
 ほぼノーマークであった為、一行は反応が遅れてしまう。
 即座に危機感を覚えた精霊達は、暴風と激流と吹雪をクレッソンへと差し向けるが、彼が使用したのは魔術ではなかった。
 煌々と輝き出した〈星水晶〉は、いきなり爆ぜた。


 唐突に〈星水晶〉がエネルギーを周囲へと暴発させれば、その勢いにより、一行は後方へと吹き飛ばされていた。オーラが叫んでいたような気がしたが間に合わなかったらしく、続いて全員が強い衝撃に襲われる。受け身も回避も防御も取れず、気付けば彼らは激痛を付与されて地面に転がされていた。
「う……」
 杖に頼りつつも何とか身を起こしながらターヤが見たのは、同じく武器を支えにしながら立ち上がる仲間達と、精霊界へと還っていく《水精霊》と《風精霊》の姿だった。主にマンスとモナト、そして《氷精霊》の前に居るところからして、彼らの盾となった事で、かなりのダメージを負ってしまったらしい。
 何が起こったのか、彼女達にはすぐに解らなかった。
 代わりに、一人だけ無傷なクレッソンが口を開く。
「〈星水晶〉の中に溜めていたエネルギーを暴発させたのだ。発動までには多少時間がかかる事、無差別である事だけが難点ではあるのだが、その様子では、さぞかし強大な威力であったという事なのだろう。しかし、どうやらこの使い方は想定していなかったようだな」
 そうしながら、クレッソンが懐から取り出してみせた掌サイズの〈星水晶〉は、全体にヒビが走ったかと思えば、粉々に砕けてその姿を失う。小さいとは言え〈星水晶〉でさえも、一度きりの護符代わりにしか使えない威力だという事だ。
 最初からまともに使えもしない聖剣を持ち出してきたのには、そちらに意識を割かせ、水面下で〈星水晶〉を準備する為の時間稼ぎという意味合いがあったのだ。
「〈星水晶〉にはこのような使い方もあるのだと、理解できただろう? さて、私と諸君、どちらが先に倒れるのだろうな」
 一瞬で満身創痍となってしまった一行へと向けて、クレッソンはほの暗い瞳で口の端を上げてみせる。
 その笑みに、ターヤは背筋を駆け抜ける悪寒を覚えた。簡単には排除できないのならば、相打ちも辞さない覚悟だと知ってしまったからだ。
 先程の衝撃はそう何度も食らえるものではないと実感していた為、一行の不安と焦燥は一気に加速する。しかも相手は彼らとは異なり、一回分のダメージを回避しているのだ。
 あわや振り出しか、という皆が最悪の事態を想定した時だった。

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