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四十章 決意の果て‐telos‐(13)

「〈技攻上昇〉!」
 物理攻撃力――つまりは腕力を強化したかと思えば、オーラは次の瞬間にはマンモスの耳の付け根辺りを掴んで持ち上げ、その直後にクレッソンの後方目がけて投げ飛ばしていた。優雅さやお淑やかさなど欠片も無い、容姿に見合わぬ実にワイルドな行動である。
 予想外すぎる光景には、ターヤだけではなく、クレッソンもまた動きを止めてしまう。
「〈大爆発〉」
 そして、間を開けずにオーラは上級攻撃魔術を発動させ、一瞬にしてマンモスを、先程ターヤが受けた攻撃の比ではない爆発で包み込む。空中故に身動きの取れなかったマンモスは、悲鳴を上げたまま氷の壁へと衝突した。そのまま地面へとずり落ちて、動かなくなる。
「〈空間転移〉」
 その巨体は、続いてどこかに転移させられていった。彼女のことなので、おそらくは世界樹の街なのだろう。
 クレッソンが付け入る隙を与えない、何とも流れるように鮮やかな一連の作戦であった。
 改めて格の違いを見せつけられたような気がして、ターヤは唇を噛まずにはいられない。
(これじゃあ、わたしは今までと何も変わらない)
 そんな彼女の心境など知ってか知らずか、オーラは彼女を護るような立ち位置へと移動し、クレッソンを真っ向から睨み付ける。どうやらマンモスの牙が掠ったらしく、破れた服から覗く腕は血を流しているが、その事になど気付いていないかのようだ。
「マンモスさんには申し訳ありませんが、これで二対一ですね」
 交戦的な雰囲気を醸し出したまま言ってのけたオーラに、クレッソンは感嘆してすらいるようだった。
「何という無茶をする……。だが、これでは振り出しに戻っただけ――」
 その途中、突如として上方から轟音が聞こえてきた。
「!」
 想定外だったらしくクレッソンの動きが止まり、その首が弾かれるように頭上へと向けられる。
 一歩遅れてそちらを見上げたターヤとオーラは、横穴から背を下向きにして落ちてくる闇魔達――エンプーサとモルモーの姿を目にした。そして、彼女達の落下に拍車をかけるような大勢となって同時に降りてくるマフデトと、その背に跨ったアクセルの姿をも発見する。
「アクセル! アシュレイ!」
 思わず喜びの声を上げた彼女とは反対に、クレッソンはまさかと言わんばかりに顔を歪めていた。
「――待たせたな!」
 応えるかのように叫んだアクセルは、そのまま立ち上がろうとしたかと思えば、次の瞬間には頭を下にした姿勢で下方目がけて落ちていく。その勢いのまま彼が振るった大剣は、ものの見事に二人の闇魔を切り裂いてみせた。
 瞬間、甲高い悲鳴が上がる。防御も回避も反撃もできずに消滅への道を辿る事になった彼女達は、せめてもの置き土産とばかりにマフデトを睨み付けて何事かを叫んだ。
 アクセルを掴んでから無事に地上へと降り立った豹は、彼を下ろしてすぐに人の姿へと戻る。そして首を上向きにして何事かを呟いた瞬間、闇魔達は完全に消滅した。それを悼むかのように彼女の瞼が閉ざされるが、それも一瞬の事だった。
 かくして、ターヤとオーラを護るような立ち位置となったアクセルとアシュレイは、すぐにクレッソンへと向き直る。
「あんたの手駒も、これで大分減ったわよ。こっちに居たモンスターも全部倒しておいたもの」
「だが、たった四人ではないか。何より、《神子》は動けずにいるのだから」
 嘲りを含んだ値踏みするかのような視線を向けられて、思わずターヤは歯噛みする。未だに物理的な痛みには弱すぎる自分が、悔しくて仕方なかった。
 けれどもアシュレイは、寧ろ小ばかにしたように鼻を鳴らすだけだ。
「まさか、あたし達が、たったこれだけだとでも思ってる訳?」
 挑発の意図も含んでいるらしき彼女の言葉に、クレッソンが眉を少しだけ潜めた時だった。

「――〈水精霊〉!」
 鋭く名を呼ぶ少年の声が耳に届いたかと思えば、ターヤ達の上空に巨魚が姿を顕す。その少し上には、《風精霊》に支えられたマンスにモナト、レオンス、スラヴィ、そして《氷精霊》の姿があった。
 またしても察せていなかったらしく、クレッソンの笑みが崩れた。
「気配が――そうか、《月精霊》の仕業か!」
 それでもすぐに理解できるところは流石であったが、その分防御や回避行動には遅れが生じてしまう。
「当たりだよ!」
 マンスの叫びを合図としたかのように、《水精霊》はクレッソン目がけて水流を放つ。それは重力に従った結果、クレッソン目がけて襲いかかる怒涛の滝と化す。
 その前に、すかさずオーラは再び構築した〈結界〉の中に仲間達を隔離していた。
 間に合わなかったクレッソンは、上空から落ちてきた激流の中へと飲み込まれる。
 しかし次の瞬間、巨大な〈星水晶〉が輝いたかと思えば、水は全て跡形も無く消え失せてしまう。
 流石にそう簡単にはいかないか、と皆は眉根を寄せた。
「隙をついたところまでは良かったが、〈星水晶〉を御さなければ、私に届かせる事は叶わないだろう」
 反対に、余裕を取り戻しながらクレッソンは体勢を直す。それから周囲を見回す振りをした。
「我が忠実なる《番人》と、ディフリング達の姿は無いようだな」
「彼らなら、まだ暴風の牢獄と戦ってるんじゃないかな? 大量のモンスターと一緒に」
 あっけらかんとしたスラヴィの言葉で、ターヤ達四人も、《風精霊》が遠隔で彼らを足止めしているのだと知る。今この場にクラウが現れてしまえば、意識を全て持っていかれてしまいそうな気がして、ターヤはほんの少しだけ安堵してもいた。
『あたしの風は〈星水晶〉なんかには負けないんだから! 悪いけど、全員一緒にぎゅぎゅっと詰めさせてもらったからね!』
『そもそも、あの子達は随分と奥の方に押し込めてきたから、この距離だと届かないかもしれないわ。それに、それを使おうとするのなら、私の水とイーチェの氷で注意を逸らせば良いだけの事だもの。幾ら貴方が規格外とは言っても、同時に古代魔術を離れている場所に使う事はできないようだものね?』
 二人の精霊は、さりげなく彼らの援護が期待できない事実を、クレッソンへと突き付ける。
 どうやらブレーズ達は、全部ではないが、あの大量のモンスターと一緒くたにされているらしい。それではさぞかし、風の牢獄が無くとも身動きは取りにくい事だろう。
 これを聞いたクレッソンは、《水精霊》の発言を肯定するかのように息を吐き出してみせた。
 加えて、クラウ達を捕らえる風を解除できたとしても、その隙にこれだけの面子で襲いかかられては対処しきれないだろうから、元も子も無くなってしまうのだ。何せ四精霊が二人にマフデトときて、《神器》までもが居る上、幾ら〈星水晶〉の莫大なエネルギーを扱えるとは言え、彼自身はあくまでも人間なのだから。
 これらの事実を理解しつつも、彼の余裕が再び崩れる事は無かった。
「ならば、私一人で貴女達の相手をするとしよう」
 ここでようやくクレッソンは、腰の鞘から剣を引き抜く。それは、幅こそ通常の片手剣の二倍程度なものの、彼の身の丈半分くらいの長さはあった。何より、それが醸し出す雰囲気は、スラヴィが創った剣とよく似ているのだ。
「あれは……〈聖剣ミスティルテイン〉!」
 驚愕したようなスラヴィの声が聞こえてきて、ターヤやマンスは思わず彼に視線を移してしまう。続けて説明してくれるかとも思ったが、当の本人はすっかりと意識を持っていかれてしまっているようだった。
 代わりに口を開いてくれたのはオーラだ。
「その昔、《勇者》が《魔王》を倒す際に使用したと言われている聖剣です。《世界樹》さんが自らの枝から直々に創り出された物で、吸収した〈マナ〉を術師でなくとも魔術に変換して発動できるという特性や、使用者のステータスや異常状態への耐性を二倍以上に上昇させるという特性を、有しています」

ガウゼアサターニ

ワープ

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