The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
四十章 決意の果て‐telos‐(12)
「〈反魔術〉」
その反応にターヤが思わず目を細めてしまった時、彼女達を護っていた〈結界〉が掻き消されてしまう。
「「!」」
突然の事態に、慌てて反撃に出るべく詠唱を開始した時には、遅かった。
「〈連続爆発〉」
それよりも速くクレッソンが唱えた魔術がターヤを強襲し、何かを行う暇も無く、彼女は幾多もの爆炎に呑み込まれる。
この爆風により、オーラは横合いへと押されるようにして彼女から引き離された。
「あぁぁぁぁぁ!」
連続して押し寄せる痛みと熱さと力強さとには、悲鳴を上げずにはいられなかった。あくまでも後衛でしかないターヤは護られる事が多い為、物理的な痛みへの耐性は低くできているのだから。
「っ――〈治療〉!」
「〈驟雨〉」
遅れて焦り声と共にオーラが回復してくれるが、クレッソンもまた同時に次の魔術へと移っている。今度の標的は、またしてもターヤ。
「っ……!」
傷が治ったところで疲労が消える訳でも回避能力が上がる訳でも無く、ターヤは上空から襲いかかってきた弾丸の如き水に対し、頭を護りながら蹲るしかなかった。治療してもらった筈の肌は、瞬く間に新たな傷をこさえていく。
クレッソンは〈星水晶〉の傍に行ってからは、殆ど動いていなかった。
「〈断層〉」
これではキリが無いと踏み、オーラは内心でターヤに謝りながらクレッソンへと魔術を差し向ける。
「〈反魔術〉」
だが、それもまた打ち消されてしまう。同時に彼が軽く片手を上げれば、上空から何かが猛スピードで落下してきた。
「「!」」
それはターヤとオーラを分断するように、彼女達の間に速度を落とさず降り立った。その衝撃で、オーラはますますターヤから遠ざけられる。
そしてターヤは、その正体を見て眉を顰めずにはいられなかった。
「マン、モス……!」
その正体は、他でもないディディオタートゥム氷原の主《マンモス》であった。先程の落下の時から姿が見えなくなっていたのだが、やはりクレッソンによって、どこかに隠されていたようだ。
マンモスは最初からオーラを標的にするつもりらしく、彼女へと向き直る。
オーラは応戦すべく魔導書を構えながらも、その背後に居るであろうターヤの方に意識の大半を割いていた。マンモスの相手をしている暇ではないのだ。
「幾ら氷原の主とは言え、貴女には及ばないだろうが、貴女がその魔物を倒すのと、私が《神子》を倒すのは、いったいどちらが早いのだろうな?」
クレッソンが寄越してきた明らかな挑発にオーラは唇を噛む。それでも平静を失わぬよう、自戒した。
「っ……ターヤさん、持ち堪えていてください! すぐに参ります!」
「う、うん!」
ターヤもまた、何もできないまま負けたくはなかった為、弾かれるようにしてではあったが、気合いの籠った声を返す。体勢を立て直す為にも、杖を支えにしながら立ち上がろうとする。
対して、クレッソンは嘲笑を浮かべるだけだ。
「せいぜい、私を楽しませてくれたまえ。――〈切り裂く風〉」
言うや否や、彼はターヤへと中級魔術を差し向ける。
「っ――!」
立ち上がりかけていた彼女は、結局、風の刃に襲われて逆戻りさせられてしまった。がくんと崩れた膝が氷にぶつかった衝撃と冷たさとで二次災害が発生した為、唇を噛み締めなければ耐えられなかった程だ。
しかし、そこに追い打ちをかけるような攻撃は無い。クレッソンは変わらぬ表情のまま、状況を眺めているだけだ。
しかも、上級だとターヤはすぐに倒れてしまう事を予期してか、先程から彼は中級しか使ってはいなかった。じわじわと嬲り殺すつもりなのだろうか。
「まさか、これくらいでは倒れないだろう?」
ターヤの状況を理解した上での挑発に、彼女は顔を歪めるしかできなかった。
「〈光槍〉」
「っ――」
斜め上方向から落ちてきた光の槍を避けようと、ターヤは死にもの狂いで横方向へと転がる。直撃は避けたものの、それは左足を掠っていた。
「もう終わりか、《神子》よ」
荒い息をつくターヤとは対照的に、クレッソンは涼しい顔のままだ。未だその足は、根が生えたかのように一歩も動いてはいない。
何かしら言い返したくはあったが、ターヤには口を開いている余裕などなかった。最早、彼女は杖を支えにして何とか身体を起こしているだけで、立ち上がる事すら難しいような状態である。これでは詠唱の為に集中できるかどうかも甚だ不安であり、何より現在、自らの中どれ程の〈マナ〉が残っているかも解らなかった。
〈マナ〉は万物を構成する物質である為、例え全く魔力に変換しておらずとも、身体がダメージを受けたり疲労を受けたりすれば、体内に有していた分は回復に回されてしまうのだ。
そして、クレッソンから集中打を浴びていたターヤには、魔術を行使できる程の〈マナ〉など残されてはいなかった。ましてや、ニルヴァーナを呼べるくらいの量など。
(これが、クレッソンの狙いだったんだ)
全身を襲う痛みと疲労に意識を持っていかれないように踏ん張りながら、ターヤは相手の真意にようやく気付けた。
オーラを狙わなかったのは、何も彼女の戦闘能力の方が高いというだけでなく、体内に有する〈マナ〉の量が比べものにならないくらい膨大でもあるからだろう。故に、ターヤから先に潰しておいた方が効率的なのだ。
途轍もなく、悔しかった。胸を張るつもりは無いが、自分は成長できたと密かに実感できていただけに、現状はターヤの自負を見事に打ち砕いてみせたのだ。ここまで自分が何もできないとは、思ってもいなかったのだ。
(せっかく、みんなが信頼してくれてるのに、お姉ちゃんが力を貸してくれてるのに……!)
ぎゅっと杖を握る両手に力が入る。
オーラはまだマンモスと相対している。マンモス自体が物理攻撃よりも魔術に強く、攻撃力が高い上、クレッソンが〈星水晶〉の力で防御壁を張っているようで、なかなか思うようにいかないらしい。
「〈闇の庭園〉」
新たな魔術を向けられた為、再びターヤは何とかして避けようとする。
だが、今度は効果範囲が広すぎた。足元から生じてきた棘を模った闇は、中規模くらいの庭となって、完全にターヤを取り囲んでしまっている。元より動きが良い訳でも足が速い訳でも出なく、ましてやぼろぼろになった身体では回避など無理でしかない。咄嗟に彼女は身を竦めて目を瞑る。
「〈反魔術〉」
けれども、それがターヤを襲う事は無かった。
なぜなら、直前でオーラが打ち消してくれていたからである。ただし、その代償として、彼女は腹部にマンモスの頭突きを受けていた。突進並みの勢いが付けられていた為、その身体は前のめりになり、足の裏が地面から離れかける。
「オーラ!」
顔を蒼白にしてターヤは叫び、クレッソンは口角を上げた。
しかし、彼女の両足は地面へと吸い付くかのように逆戻りする。そうして持ち上げられたその顔には、笑みが宿っていた。
「ようやく、捕まえました!」
この時を待っていたとばかりに叫ぶや否や、彼女は自らに支援魔術をかける。
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